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原宿に親戚でもいたっけ?


大学生の頃、なかなかアルバイトが決まらなかった。理由は明白で、大学の体育会系の部活に入っていたからアルバイトをできる日が平日2日間しかなく、しかも融通が効かない。テストや部活の大会などで、アルバイトを休む可能性もある。それを馬鹿正直に伝え続けていたから、アルバイトを20社くらい受けても、採用とはならなかった。

大学一年生の年末、原宿にある大型の中華料理店の面接を受けた。そのお店はなかなかの高級店で、店の中もかなり落ち着いている。「こんなところに中華料理店あったんだなー」と不思議に感じ、自分が来るようなところじゃないから存在に気が付かなかったのかもとすぐに恥ずかしくなった。

「こんにちは」
黒色のスーツに身を包んだ丸山支配人がそこにいた。小柄ながらがっしりとした丸山さんは、目を細めて優しい笑顔を浮かべていた。とても穏やかであることが瞬時にわかり、この人いい人そうだなと思った。接客業の鑑のような人だ。

丸山さんの面接は一味違った。店側の人手不足の様子とかシフトのこととかを伝えてくるのではなく、私が大学で学んでること、部活動の内容を主に質問された。面接中はずっとにこにこと聞いてくれて、優しい親戚のおじさんと話しているようだった。

「うん、うちは固定シフトだから部活の予定にも合うと思う。大型のお店だから人繰りもなんとかなるし。ぜひうちで働いてみてほしいな」
丸山さんはその場で採用を告げてくれた。驚く私を見て、さらに笑っていた。
「君なら大丈夫だよ。一生懸命やってくれたらいいから」
飛ぶように喜んだ私は、面接のあと親友の行天と美香と合流し、面接の一部始終を語った。



アルバイトは過度な負担なく、継続して働くことができた。幸いにも(?)一緒に働く人たちがみんな年上で、落ち着いた雰囲気の中で末っ子のように甘やかしてもらった。

そして丸山さんといえば、いつも柔和な笑みを浮かべてお客さんの対応をし、私を見つけると学校のことを聞いてくれる人だった。良い上司のもとで働くことがどれだけ安心をもたらしてくれるのかを知れた機会だった。

社会人として働き始めてから、今年で10年目になる。後輩も増えてきて、私が丸山さんのように下を育てる立場になることも出てきた。

自分にできるかは正直自信がないが、丸山さんの真似をして笑顔を見せることくらいはできるかもしれない。

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