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引っ越し先は、孤独な自分を受け入れてくれた街。

最近引っ越してきた街は、僕が大学に入学した最初の1年間、通っていたキャンパスがある街だ。

街を歩いていると、まだ18歳だったあの頃に通い詰めたいくつかのラーメン屋がしっかり営業中な一方で、チェーン店の顔ぶれが変化したり飲み会をやった居酒屋が閉店したりもしていて、もうあれから10年以上も経ってしまったんだなあ、と少し感傷的な気持ちになる。

この街のキャンパスに通っていた1年間は、思い返せば結構苦味が残っている。

その頃の僕は今以上に、すぐ物事を諦めてしまう癖があって、かつプライドも異常に高くて、サークルにいくつか入ったけれど、少しでも違和感を感じると嫌気が差して、ことごとく幽霊部員になってしまった。

その一方で、自分から人を嫌う癖に、好かれたいなどとも思っている甘ちゃんだったので、誰かが「太、またサークル来いよ〜」なんて言ってくれることを期待して、でも期待していたよりもそんな声を掛けてくれる人は遥かに少なかった。
結果、一年生の夏休みに差し掛かる頃にはサークルを綺麗さっぱり辞めてしまった僕は、打ち込むべきものが見つからずに日々を過ごすことになった。

授業や共通の趣味を介して知り合った友だちはいたのでそこそこ遊んではいたけれど、彼らはみんな部活やサークルを夢中でやっていて、居酒屋で彼らの話を聞いた帰り道は「僕は何もないなあ」と恥ずかしくて情けない気持ちにもなったものだ。

そんな風に、無駄な自意識で自分の行動に変な制限を掛けて、頭の中でぐちゃぐちゃに考えてばかりいたその一年は、自分の人生の中でも最も孤独感を感じた時期だと言えるかもしれない。

そんな苦味の残る時期を過ごした街にもかかわらず、僕は抵抗なくこの街に住むことを決めた。

付き合ってくれた友人たちとの良い思い出が苦い思い出を上書きしてくれていること、好きなサッカーチームのホームタウンであることも、2年生から通った別のキャンパスで自分の大学をそこそこ好きになったことも、要因だと思う。

だけど一番の理由は、この街の雰囲気にあの頃の自分が救われていたからなのではないかと思う。

授業を終えてサークルや部活に行く友人たちと別れて1人になった夕方、駅前の商店街を歩いていると、小さな古本屋や古い喫茶店を見つけて立ち寄った。
こじんまりとした駅ビルもあって、あてもなく歩いていると気が紛れた。
帰宅途中のサラリーマンや親子連れが多い駅前の雰囲気には、自分もここにいていいのだと思えるような気がした。

規模は小さくてもやっていけると思える街、たくさんの人が過ごしていることを実感しやすい街。
そんな街に、僕はとても安心感を感じる。

新居の周りには、団地がたくさんある。
朝起きてバルコニーに出ると集合住宅がたくさん見えて、ベランダには布団や洗濯物がたくさん干されている。
夕方になると学校帰りの子どもたちの声がたくさん聞こえて、夜に窓越しに外を眺めると帰宅する人たちの姿が見える。

その人たちは全く知らない他人だけれど、同じように朝を迎えて、寝るまでの時間をそれぞれの形で過ごし、生活を営んでいる。

僕は、18の頃と同じような安心感をいま感じている。
良い思い出も、良くない思い出も両方できるかもしれないけれど、この街でならやっぱりやっていける気がするのだ。


BUTTERSAND / Homecomings


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@futoshi_oli
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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