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それでも社会は回っているから

これまで書いてきたことと矛盾するが、自分の中には多様性が当たり前にそこにあるということを理解している部分と正解と不正解を白黒はっきりさせないと気がすまないという部分が共存している。
2つの考えは併存できるが、時に「こうしなくてはダメだ」と強く感じ、多様性というフィルターが機能しなくなる。目の前の出来事を「不正解だ」と断じてしまう時がある。
ただ、その強迫観念にも似た”正解を決めてしまう癖”が、ここのところ緩んできたように思う。


2021年4月、転職をしたことが大きな転機になったと思う。
前職のマスコミ業界と比較し、何百分の1しか社員がいない会社に勤めている。平均年齢も20~30代と若い。そして、仕事で接する人も10~30代がほとんど。前職では40~60代の男性と接することが多かったため、仕事で関係する人と話す内容はがらりと変わった。その中で特に驚くのは、社会的な常識とされることから外れたり、漏れたりする人が多いことだ。

「俺さ、しばらく仕事休むことになった。ちょっとメンタルがきつくて」
仕事で知り合った肇(はじめ)がぽつりと言った。
肇は初めて就職した会社で一生懸命働いていたが、自分がなぜこの仕事をやっているのかわからなくなってきて精神的に辛くなってしまったという。
私は最初に聞いたとき、「働いてまだそんなに年数もたっていないのに仕事の何がわかっているんだ?」と疑問だった。
精神的に辛いのは可哀想だが、そこに至るまでの経緯がよくわからなかった。「若いころから休んでしまったら会社内での扱いも変わってしまい、いづらくなるだろうな。あと周りもいつ戻ってくるかわからないから大変だろうな」と思った。

ただ、肇の話しを聞いていくうちに、自分が知らなかった事情があることがわかった。
思っていたようなところに就職できず、得意な外国語を活かすこともできず、今の環境に落ち着いたこと。
在宅ワークが増えコミュニケーションが減っていること。
家族との関係でも悩んでいること。
色々なことが肇の身に重なっていたのだった。
話しを聞けば聞くほどその事情に共感や寄り添いの気持ちが生まれ、今はゆっくり休んで自分らしく生きられるところまで回復することを祈るようになった。
ただ、肇自身と会社の事情は違うだろうから、あまり関係ない部署に異動とかになって、肇もいつかは仕事を辞めてしまうのだろうと冷たくも考えている自分がいた。

私の予想とは反し、数ヶ月経ったころ、肇は普通に元の会社の同じ部署に戻り働き出した。
特に社内で腫れ物に触れるような扱いもされず、プロジェクトの一員として頑張りだした。
仕事での成果もしっかりだし、「最近は仕事のやりがいもあるし楽しいね」と笑顔だった。
私は「異動して退職するだろう」と思っていたこと恥じた。「なーんだ、普通に休んだ会社に戻れているじゃん。よかったな」

私が肇に感じていた「精神的が不安定になって休んだら元の会社・ポジションに戻れない」というのは、そのまま私が前の会社で考えていたことや言われていたことなのだと思う。
また、自分の体験だけではなく、友達の話を聞いていても「精神病んじゃった子がしれっとやめていた」とか「あの人急に来なくなったと思ったら別の部署に異動になったらしい」という話をたくさん聞いていたからだと思う。
そんなことが多くある会社員という就業形態の中で、肇は元の場所に戻り働き、ましてや昔より良い仕事をして輝くことができたのだ。


これに似た話は肇だけじゃなかった。
他にも、仕事のお客さんである20代女性も「実は昨日二日酔いがひどくて有給を使っちゃって」と、内緒話として私に教えてくれた。
また他の人も「在宅ワークで働いていなくてもバレないので夜やったり朝やったり都合のいい時に働いていますよ」と言っていた。

彼ら彼女らの自由で無理をしない姿勢がなんだか羨ましいと思った。
もちろん迷惑を被っている人はいるだろうし、傷ついている人もいるかもしれない。
ただ彼ら彼女らにも事情があり、その中で精一杯生きているだけなのだと感じた。
良い面も悪い面もあるが、どこまでも自分らしく、脅迫観念に掻き立てられている自分がどこか滑稽に思えた。
だってそれで社会はなんとか回っているじゃないか。

私が持っている”正解を決めてしまう癖”は、あくまで自分が選んでいる道なのだ。
良い意味でも悪い意味でも常識に縛られず自分らしく生きられる道を踏みしめている人たちを見ると、自分とは違う道だけどその道があってもいいのだと思えた。

これを書き終わったころには、いつもの雑踏の中へ戻る。
でも、肇をはじめ色々な人がいることをちゃんと思い出して、自分がやりたいことを脅迫観念ではなく意思と自覚して生活をしていこうと思う。




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