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臆病な表現者たちと住めたら

 初めて大型ロックフェスに行ったのは、2012年夏のロックインジャパンフェスだった。東京から会場の茨城・国営ひたち海浜公園まで約100キロの道のりをクロスバイクでこいでいき、有り余る体力を武器に好きなアーティストを見て回った。そのうちの一つがメジャーデビューしたばかりの赤い公園だった。

 私にとってガールズバンドといえばチャットモンチーだった。中学高校とMDやMP3プレイヤーにイヤホンを挿し、ギターの音と女性特有の鋭く可愛い声に熱狂した。大学生になり、赤い公園を聞いた時は衝撃だった。初めて聞いた曲は「塊」。太く強いボーカルの声に耳が止まり、ギターの目立つ曲だった。そこからいろいろな曲を聞いていくと、ギターの音を聞けば赤い公園だとわかるようになった。雑誌だったかYouTubeだったか、曲を作っているのはギターの津野米咲だと知った。彼女は平成3年生まれで、私や太と同い年だ。また、私たちと同じように都立高校出身。若さや都立高校出身という部分をアイデンティティーとして認識していた私は、その共通点たちにどきっとした。

 「おい、前列にいる奴ら大体私たちの知り合いじゃねえか」。ロックインジャパンフェス2日目のシーサイドテント。夏の日差しは午後4時になっても強かった。少し遅れて会場に到着した私は客席の後ろ側だったが、堂々と演奏する赤い公園に圧倒された。ボーカル・佐藤千明のMCに会場からは笑いが起き、彼女が思いっきり投げたドラムスティックは回転しながら弧を描いて、私の目の前で客席に消えていった。

 フェスが終わってからも私は赤い公園を聞き続けた。どんどんメジャー街道を進んだ彼女たちは、SMAPに楽曲提供し、「絶対的な関係」がドラマとのタイアップ曲に決まった。「絶対的な関係」は、音楽をそこまで聞かない部活の後輩たちが好んで聞き、会話の中にバンド名が出てくるようになった。音楽が好きで能動的に聴く層以外にも自分の好きなバンドの曲が届いているのは誇らしく、嬉しかった。

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 私には毎年末、友人たちと「今年の曲ベスト10」を披露しあうというイベントがある。メンバーは高校の同級生4人組(環、行天、美香、桃香)で、育ってきた場所も趣味も似ているが、好きな曲は何ともいい感じにズレている。それが面白くて披露しあうことになったのだ。2017年末、桃香のプレイリストに赤い公園の「恋と嘘」が入っていた。赤い公園を少し前よりは熱狂的には聞いていなかった私にとって、久しぶりに赤い公園を聞く機会になった。

「会いたい気持ちを抱えきれない小さな胸じゃ」


 ボーカルの声は変わっていなかったし、やっぱりあのギターが鳴り続けていた。歌詞は女性的で、結婚を控えている桃香の気持ちにマッチしているなと思った。桃香はロックバンドを主に聞くタイプではなく、アイドルやテクノなどが好きだ。そして、音楽を聞くときに「可愛い」を物差しにしているタイプでもある。その桃香が赤い公園を選んだことにじんと来たのだった。

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 理由はわからない。ボーカルの佐藤千明はバンドを脱退し、津野米咲もいなくなった。佐藤の中で何があって、津野は何を最後に考えていたのか。わかる機会もないし、詮索するつもりもない。分かったところで一緒に悩み考え、抱えることはできない。解決に導いてあげることもできないだろう。そもそも私にとって、一番好きなバンドが赤い公園なわけでもない。それが彼女たちを傷つけるかもしれない。

 だけど、私の頭の中には赤い公園に割いているスペースがあったし、頭の中で鳴り続けているギターの音があった。赤い公園が好きだった。もし、もし近くで音が鳴り出せば、彼女たちの表現を何の偽りもなく楽しみ、吸収し、評論し、泣けたかもしれない。

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 先日、大事な人の一人である征(せい)に津野のことを話した。征は赤い公園も津野も知らなかったが、「環の気持ちはわからないでもないけど、そっとしておいてあげるしかないでしょ」と呟いた。 

 私は、どうしても納得できなかった。結果が同じでも、そのプロセスで何かできたのではないかと思いたい。弱っている人、悲しんでいる人にそういうことをして欲しいとも言わないよ。続く人は決して出て欲しくない。

 今、私は強いから、ちゃんと津野のことを受け止めて、考えて、泣いたり悔やんだりしたいと思えている。私は今、大丈夫だから、生きているから。津野の音楽で生かされた日もあったことを誇りに思っているから。あのギターの音を耳にいれて街中を闊歩できたことを後悔していないから。私は征の言葉に火をつけられた。

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 私は将来、シェアハウスを建てたいと思っている。入居者には一つ条件を設けようと思っていて、それは表現活動をしていること。小説でも漫画でも音楽でもいい。工業製品でも絵画でもファッションでもいい。自分の意思に基づき、作品として何かを表現している人たちと住みたいと思っている。ものを作り、表現する時、人は臆病になる。それは自分自身の経験でもそうだし、ファッションデザイナーの友人・美香、フローリストの友人・行天の話からもわかる。絵を描く桃香からもそう感じる時がある。シェアハウスの中で臆病さを共有し、時に乗り越える仲間ができればいいと思っている。それは表現者にとって絶対にプラスになると思っている。

 津野はどうだっただろうか。臆病な気持ちを共有できたら、孤独にならずに済んだだろうか。作品の幅も広がっただろうか。尽きることのない表現の欲が順調に満ちていってくれただろうか。邪推かもしれないが、彼女のことを考えている。

 津野のことを思い、一刻でも早くシェアハウスを始めたいと思った。
 


 もし、今からそんなシェアハウスを始めたら入居したい人はいますか?


NOW ON AIR 赤い公園


<環プロフィール> Twitterアカウント:@slowheights_oli
▽東京生まれ東京育ち。都立高校、私大を経て新聞社勤務。
▽9月生まれの乙女座。しいたけ占いはチェック済。
▽身長170㌢、体重60㌔という標準オブ標準の体型。小学校で野球、中学高校大学でバレーボール。友人らに試合を見に来てもらうことが苦手だった。「獲物を捕らえるみたいな顔しているし、一人だけ動きが機敏すぎて本当に怖い」(友人談)という自覚があったから。
▽太は、私が死ぬほど尖って友達ができなかった大学時代に初めて心の底から仲良くなれた友達。一緒に人の気持ちを揺さぶる活動がしたいと思っている。
▽将来の夢はシェアハウスの管理人。好きな作家は辻村深月

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