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Sonic Youthの軌跡を辿る④ 「オルタナティヴ」とは?(中期 pt.1)

Sonic Youth(以下、適宜SY)について、主要アルバム16枚(+α)を振りかえる企画記事。

前回記事、「初期アルバムレビュー」はこちらから(Daydream Nationはまた今度)。企画の趣旨は「プロローグ」をどうぞ。

今回は、メジャーデビューからミレニアム前までの「中期」、その見取り図アルバムレビュー(前編)

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注記
・引用や補足は※にて記事末尾。印無しはこちらが引用、参照元です。
・アルバム画像はAmazonリンクに飛ぶので、気になる方はご注意。
・曲名を装飾して、個人的な評価やらを表しています。
 普通 < 太字(良い) < 赤字(素晴らしい) <赤太字(名曲)
 目安なので、雰囲気程度に。
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フロントマンであるThurston Mooreは、バンドの音楽性の変遷を、3つに分けて端的に語っている※1。

1. 初期のノー・ウェイヴな攻撃的サウンド
2. 90年代の過激なコード進行と曲構成
3. より焦点の定まったコンテンポラリーな音楽的訴求

「中期」に当たるのは2.の箇所だ。具体的な年代は1990~1999年とする。


「中期」の見取り図 - 「オルタナティヴ」とは……

SYの功績の大部分は前記事で書いたとおり。今回は時代にあわせて、90年代ロックのキーワード、「グランジ」「オルタナティヴ」について。どちらも定義のあいまいな面倒くさい言葉だ。個人的にはジャンルでなく主に概念の語として使うことが多い。まずはこの記事での定義、捉え方を書きだす。

「グランジ」は、いちおう"ハード・ロックとパンクの融合"やら、Black Flag、Black Sabbath……といった音楽性の形容があるけども、実際は「Aではないもの」ある仮想敵(A)に対するカウンターの"スタイル"を指して名付けた側面が強い言葉だと思う(だからジャンルとしては人それぞれ好きなバンドでイメージが異なる)。その「A」は例えば80年代に栄華を極めた煌びやかなMVスターたちだったりする※2と思うが、ジェネレーションXやら、詳しくは『オルタナティブロックの社会学』などの書籍を読むといい。


この記事で取りあげたいのは「オルタナティヴ」の方だ。この概念は「パンク」とおなじく考えなおす価値がある。「Alternative」を単純に辞書でひくと、「代替」「別の」といったワードが出てくる。つまり、何かしらの「A」について、「A'」や「B」の存在を指そうとする言葉、概念だ。なんだか面倒くさい言いかた。佐々木敦『「批評」とは何か?』の「ポスト・ロック」についての記載が参考になるので引こう※3。ポスト≒オルタナティヴのイメージで見てほしい。

「ポスト」という言葉は、むしろ「ポスト」という言葉が冠せられるという運動性の中にこそ起爆力があるわけです。ロックが実際に終わってその後ポスト・ロックというものが出てきた、ということではない。「ポスト」って言うことによって、ロックの方が相対化される。

(中略)「ポスト・ロック」という言葉をぶつけた時点で、はじめて「ロックとは一体どういうことを示しているのか」ということが逆説的に見えてくるわけです。(中略) 定義出来ているわけではありません。でも、「ポスト」と言った時点で何かが動き出すということが重要なんです。

ものすごく適当にブン投げると、「ポスト」・「オルタナティヴ」は、要は「次にいこうぜ!」・「違うもの目指そうぜ!」みたいな変化の活性をうながす言葉(態度、概念)だと。

だから例えば「オルタナティヴ・ロック」なら※4、まず「ロック」の方に「どういうものだっけ?」という眼差しが向くものになる(A = ロックが何か把握しないと、A'やBへと差分をつくれない)。それはWireが言った(かもしれない)「ロック以外なら何でもいい」というポスト・パンクのいちスタイルで、Sonic Youthが継承したものだ。

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すこし面倒くさい話になったけども、ある意味わかりやすいのは、The Smithのモリッシーが憎んだ英首相サッチャー氏の発言だ。

「There Is No Alternative」(この道しかない)

いちおうロックやパンクが好きな身なので、こんなことを言われると、なんとなく反抗したくなる。The Beatlesだけ聴けばいいと言われるような、あるバンドの最高傑作を勝手に断言されるような。格闘ゲームで完全上位互換のキャラを使われるような、自販機の缶コーヒーが1種類しかないような……。「他にもあんだろ」と言い返したくなる気持ち。ともかく、No Alternativeはきっと面白くない。それは間違いない。

この記事では、メジャーへと自身の存在を広げたところで、中期SYが表明してきた「オルタナティヴ」についても少しふれていきたい。中期の軌跡について、伝記の章名は"侵入"としている。見ていこう。

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「中期」アルバムヒストリー

■『Goo』 ('90) - 異物の宣誓

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メジャーデビュー作であり一般的な代表作。よく取り上げられる1枚なので、アートワークなどの諸々は検索しよう!メジャー移籍に対して、彼らは非常に冷静なコメントをだしている。

「あぁ、僕たちは次のThe ReplacementsやHüsker Düだ。契約し、切られ、ちょっと混乱することになるだろうが、でも行くよ。」

当時の関係者「彼らは自分たちのやっていることを別の領域に持ち込むことに強い関心があった」と語る。オルタナティヴ!『Goo』はメジャーデビューを逆手にとってアンダーグラウンドを叩きつけた、宣誓の1枚だ。前作の反省からコンパクトにその魅力をパッケージしているので、初聴きにもオススメ

ザッと追うだけでも、先の「別の領域に持ち込む」試みが多岐にわたって展開している。音楽では、80年代の煌びやかで派手なサウンドに慣れていると違和感しかない、埃っぽくて霞んだバンドサウンドの「Dirty Boots」から始まる。一時代まわった新鮮なロックンロールの感触。表現では、自身のメジャーデビュー作にて、まさにメジャーの構造に精神を病んでしまったCarpentersのカレンを追悼する「Tunic (Song for Karen)」が続く。ノイズカーテンのような間奏に木霊する歌声はSY流のレクイエムだ。そして先行シングル「Kool Thing」ではPublic EnemyのChuck Dが登場し、対話のなかで男尊女卑からの解放を謳う。90年代初頭で、人気Hip-Hopグループとインディ出のロックバンドが.featのように邂逅を遂げ、しかも表現として意味もあるのは珍しい。また、全11曲にはそれぞれMVが作成され、SYと関わりのあった映像作家をメジャー作に乗り込ませてもいる

その活動姿勢のブレなさは、メジャーに旅立っても、インディ時代に築いてきたシーンとの信頼関係を壊さなかった。伝記では、これまで通り「カレッジ・ラジオ」と「インディペントの小規模なレコード店」がSonic Youthを支持し続けていたことが強調されている。そうやってSonic Youthは、異物のまま佇み転がっていくことで、様々なフィールドを接続していったのだ。そして「グランジ」のムーヴメントの下地が築かれていった……。


外観的な話はこの辺で。ここでは簡単に、自分が推したいのは「Disappear」の間奏部「プロローグ」でかいたように、SYのバンドサウンドは基本的に軽い。例えばハードロック耳からすると不安で物足りないだろう低域には腰を落ち着けられないし、苦手なひとも多いと思う。ただ、SYはその低域の弱さゆえにギターのトーンが宙に舞う。そしてそのトーンは、変則チューニングのツインギターという耳慣れない和音感にまみれているのだ。自分はこのバンドサウンドこそSonic Youthの醍醐味だと思っている。それがよく表れていると思うのがこの曲。間奏部6小節の聴きどころを簡単な打ち込みで作ったので(?)、まずはその和音感覚が伝わったらうれしい。

ピアノロールに慣れている人にしか伝わらないが、音の連なりは下のかんじになっている(和音の雰囲気だけを採ったかなり適当な耳コピですが)。赤が主旋律で、緑がサブ。両ギターで緊張感あふれるアルペジオの絡みを作っている。ベース合わせての、Fm7(9) ~ Fm7(9) on G → Em7(9)!のような不穏な進行がザ・ソニックユース。これがヒビ割れたように細い音の怪しいピッチで鳴るのがホンモノ。RadioheadのJonny Greenwoodが『Goo』をフェイバリットにあげている※5のもそんなツインギターのテンションの絡み、トーンの妙に理由があるんじゃないかと思う。

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90年代型の新しいロックンロールとしても聴けるが、そんな不可思議な響きも聴きどころにしてみてほしい。

Rating: 82/100 ★★★★+

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『Goo』はのちのグランジブームもあって最終的にはGold(50万枚以上)認定を得た。その注目度の急上昇にともなって、SYはNeil Young御大の前座に選ばれる※6など、これまでとはスケールの違う話が舞い込むようになった。

一方で、親交の深いDinosaur. Jr、Soundgardenらも躍進をとげた。そしてSYが前座としてピックアップし熱心に推していたNirvana(じっさい彼らはSYの勧めによって同じDGCレーベルと契約した)が、大爆発を起こす。『Nevermind』の空前の大ヒットだ。80年代にSYがいたシーンはいま、メジャーへの侵略を果たした。Michael Jackson『Dangerous』からNirvana『Nevermind』にチャート首位が切り替わった週。「グランジ」。何かが確かにひっくり返った――間違いなくその下地を作ったSYも、その転覆※7を祝福するような新作をリリースした。この頃はグランジ自体が音楽シーンにとってオルタナティヴだった。

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■『Dirty』 ('92) - "汚れ"の存在表明

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メジャー2作目、通算8th。猟奇殺人事件を取りあげた前作に対して、意表をつく一見キュートなアートワーク。だが、これはMike Kelley「捨てられたぬいぐるみ」たちにフォーカスした作品だ。一見ふつうだが、よく見るとどこかが壊れていたり汚れているぬいぐるみたち――がこちらを見つめ返す視線――は、「グランジ」の精神性を端的に表す素晴らしい引用で、タイトルもずばり『Dirty』。「グランジ」をキーワードにSonic Youthを聴き始める方には本作をオススメしたい。

『Dirty』は、シティポップの視点とは異なる「汚れた都会」の表現、そしてバンドの地力が分かりやすい1枚となっている。

まずはやはり先行シングル、代表曲のひとつ「100%」を。いつになくボトムの太いベースとギターの協力者は、『Nevermind』に携わったプロデューサーButch Vig、ミックスAndy Wallaceのコンビ。とはいえNirvanaとは異なって制作の手綱はSYが完全に握っていたようで、出音も"『Goo』からすると寄せた"具合の変化だが、彼らなりのグランジへの賛同だったわけだ。ここでのノイズは、トーンの試みというよりは興奮剤として扱われている。奇しくも同時期にUKで評価された(初期参照)JAMCが、同年作『Honey's dead』で近いアプローチをとっている。ロックンロール・クリシェの90年代(グランジ・オルタナティヴ)解釈として並べられるだろう。

「Swimsuit Issue」の排気ガスのような(←褒めてる)ノイズと16ビートの組み合わせは、EBMやインダストリアルに接続できそうな仕上がりだ("ボディ"が分かりやすい作品としてDie Warzau『Engine』を挙げたい)。インディ時代よりもグッと引き締まった形で静と動を展開する「Theresa's Sound-World」、メタル的な半音リフをジャンクに刻む「Drunken Butterfly」も強烈。

いつもながら込められたメッセージも多い。「It's the song I hate」のリフレインが耳に残る、その名も「Youth Against Fascism」ではFugaziのIan MacKayeが参加し、次曲「Nic Fit」とともにハードコアへのリスペクトを捧げつつ、ブッシュを批判する。「100%」の歌詞は友人が銃殺された事件に捧げられているし、ゴードンが歌う「Shoot」は路上の娼婦の哀歌であり、「Swimsuit Issue」は所属レーベルで起きたセクハラ事件を大胆にも取りあげている。あと地味に押したいのが、後半の「Chapel Hill」がめっちゃカッコイイこと。この辺のストレートなロック回帰、そして先述の政権批判・リアルの事件の取り上げ方といい、音楽性は異なれど後年の『Sonic Nurse』に通じるものがある。外に開かれたアルバム(『Goo』、『Murray Street』)の次作という点も似てる。どちらも訴えているのは「都市部の汚点」だ。巻き散らかされた数々のノイズとともに、『Dirty』は汚れの存在証明みたいな一作になっている。

第2弾シングル「Sugar Kane」も人気曲のはず。耳に残るイントロ1、パワフルなパワーコードリフ(不協和音アルペジオ添え)のイントロ2、どキャッチーなロックチューンだ。好きなのはやっぱり間奏の鮮やかな曲展開、からイントロ2に戻るこの構成!クソ長間奏からイントロに戻られるとウワ~ってなる癖<へき>が自分に染み込んだのは間違いなくこいつらのせい。

(余談だが、この「Sugar Kane」は何が由来なんだろうとずっと思っていたのだけど、伝記をみたら、サーストンが好きな映画「お熱いのがお好き(Some Like It Hot )」に出演したマリリン・モンローの役名「シュガー・ケーン」にちなむらしい。それで「I love you, sugar kane」連呼してるのかと。なるほど~~精神年齢BUMPの「アルエ」か??)

話をもどして、本作のベストトラックはリーによる「Wish Fulfillment」。のちの「エモ」に通じる、珍しいSY流のエモーショナルロック。アートワークのアイロニーに始まり、都市の汚れを歌ってきたが、根底にあるのは、コーラス部「What’s real? What's truth?」という問いかけだ。その力強さと音の爆発は、Sonic Youthが「グランジ」に遺した3分間の名曲

洋楽聴きたての頃に買ったので思い入れが強い(持ってるCDが少なかったのでリピートも多い)のもあるが、粒ぞろいの楽曲が揃った強力な一作だと思う。

Rating: 86/100 ★★★★☆


■Sonic Youthで一番ヤバいのはKim Gordon(前説)

ところで『Dirty』で書いておきたいのは、SYで一番ヤバいのがKim Gordonというところだ。リーでもサーストンでもない。

本作のゴードンの声の存在感は"アンダーグラウンドの女王"みたいな域にある。特に「Orange Rolls, Angel's Spit」の絶唱は、後輩のHoleに全く引けをとらない。いっぽう「JC」でのポエトリーリーディングは、SYともよく比較される、2021年のサウスロンドンの興隆に登場したDry Cleaningに先立つ。

特に2019年、齢69でリリースしたソロ作『No Home Record』は明らかに現在進行形のものだった。そんな彼女がSYにさらなる貢献をもたらすのは後期以降……。

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ということで、Sonic Youthは"グランジ"の路を作り、Nirvana『Nevermind』からの転覆にともなって、『Dirty』にて自身も祝杯をあげた。しかし知ってのとおり、グランジは多くのバンドにとって決して幸せな季節ではなかった。その大渦にのまれたいずれのバンドもが喧噪に疲弊していった……Sonic Youthを除いては。

自分が一番好きなのは、『Dirty』以降の、シーンと冷静に距離をとって自身の音楽を煮詰めていく、一番面倒くさくて何をやってるのかよく分からない時期のSonic Youthである。

次回、クソ難解で印象を得ない『Experimental Jet Set, Trash & No Star』から。

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引用・注記・補足まとめ

今回は「オルタナティヴ」について概念の話をしたが、ジャンルのイメージのひとつとしてこの記事が参考になる。

※1. はからずもの最終作『The Eternal』('09)セルフライナーノーツより。

※2. 歴史の妙がまた面白い。1991年9月Nirvana『Nevermind』、10月Prince『Diamonds And Pearls』(最も商業的に狙った作)、11月Michael Jackson『Dangerous』がリリースという。80年代両雄の間からチャートを駆け上がっていく若手ロックバンド……。「何かが変わっていく」感がすごい。ただ、Nirvanaのビルボード首位獲得は翌年の92年1月なのは頭に置きたい。

※3. 佐々木敦『「批評」とは何か?』は、鑑賞全般についての面白い内容でオススメ。講義内容が元なので文体も平易。自分は元々「ポスト・ロック」やレーベル「HEADZ」、「ライナーノーツ」の存在が大好きだったのでその延長で購入して大満足した。

※4. 「オルタナティヴ・ロック」自体は、のちの「インディ・ロック」と同じで、じっさい「なんとなく新しい感じがする、売るのに都合の良い言葉」くらいのモノだと思ってる。ただ、先の佐々木敦氏も書くように、「でも、それ(その言葉)を真に受けたらどうなるか」という姿勢で話を展開している。

※5. 手元のものだと『Radiohead Style』。調べたらインタビューでも発言していた。『Goo』は兄コリンからプレゼントされたみたい。ナイスゥ!

※6. Neil Young御大とのツアーは、観客から歓迎されなかったようだが、伝記ではSY各位の親族がここでステージを見にきた話があって、バンド結成10年ごしに晴れ舞台を見せられたの、なんか、それは良い話やなって……。

※7. 「転覆」と書いたけれど、別に「80年代のスター(LAメタルなど)」と「90年代のグランジ勢」の対立軸をリスナーが意識する必要はないと思う。把握だけでいい。Princeはスターでありオルタナだし、Michael Jacksonはクラシックの頂点、Mötley Crüe『Dr. Feelgood』の音はヤバい。いくつか接続してみよう。

サウンドデザインにおいて、70年代にはなかったパワフルさをもったMötley Crüe、そしてMötley Crüeら80年代に対抗しての埃にまみれた生々しさを取り戻さんとしたSonic Youth……みたいな。どれもに時代と背景がある。


『Experimental Jet Set, Trash & No Star』へ続く→


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