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シャカに説法

ここのところ、友人で画家の赤羽宣彦くんとヒット作を連発している

その名も「シャカ劇場」

手前味噌になるが非常に素晴らしい作品だ
この作品制作は彼が描いてくれたイラストに僕がインプレッションで音をつけてスライドショーににするというもの
お互いが楽しんでやっている

この作業には大切な一つの取り決めがある。それは、何も決めないこと。
「〜をしなければならない」と決められた時点でやる気が失せてしまう2人にとって、課題や義務というものは無駄なものでしかない

だから、赤羽くんが描きたいときに描いたものが突然送られてくる
僕も彼の描いたものに音を付けたい時に作ってスライドショーにしてYouTubeにあげている
いつ飽きてやめてしまうかもわからない
それでいい

誰に頼まれたわけでもなく、誰にも望まれているわけでもないものをただ勝手に作ってあげている

冒頭にヒットしていると書いた
「社会性」を持って厳密に言うと、2人の中でヒットしているだけで、世間の人は誰も知らない

誰に見られることもないかもしれないものを、大の大人の男2人が喜んで作り、笑いながら「ヒット作完成」と叫んでいる
ハッキリ言おう、頭がおかしい(笑)
しかし、それで誰にも迷惑をかけるわけでもない

世間では、「生産性」や「労働と対価」、「効率化」など、色々な言葉が飛び交い、いつの間にか年収が人の価値を付けるようになってしまった

それもわかる
お金がないと生きてはいけないし、何かにつけてお金が必要だ
息をするのもお金がいるらしい

では、僕らはすべてにおいてお金を儲けることを考えなくてはいけないのか?
お金にもならないものを作ってはいけないのか?

答えは否である
これは断言する

僕らの価値は、自分で決めていい
誰かに点数を付けられる必要はないのだ

「生産性」や「労働と対価」「効率化」、それは誰のためだ?
儲け話に人が群がる
「音楽は当たれば大きいですね」と人を見下したように薄ら笑う

だけど、僕らはお金のために生きていない

命は決して尊くはない
蚊が止まったら容赦なく叩き殺し、ゴキブリが出たら抹殺する
そんな人間が命を説く
愚の骨頂じゃないか

生まれてすぐ亡くなってしまう命、生まれてさえもこれない命
それに比べて、生まれた瞬間から死ぬまで使い切れないくらいのお金がある家に生まれる命

残念ながらそこに平等はない

唯一尊いもの、それは生きている時間なのだ
これも決して平等ではない
必ず死ぬという限りある時間の中で、いつ死ぬかわからないという約束されない時間を生きている

すなわち、今生きている時間だけが尊いのだ
それをどう生きるかは人それぞれ

辛気臭い話になってしまったが
要するに、好きに生きたらいいじゃない!
って話

我々のヒット作である「シャカ劇場」を見ると
本当にそう思う

ヒットしすぎてついに第四弾まで作ってしまったよ!

ここに貼っとこ
せっかくだから全シリーズ
世界を視野に入れてるから、ちゃんと英語タイトルも入れてるんだぜ(笑)

待望の第四弾「シャカ劇場Ⅳ」から

今日も平和である


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