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愛の元気主義。

実はあれが最後の旅行だった。
唐突の家族旅行。
母も、姉も、僕も誰も旅行なんて行きたいと思っていなかった。
「いいから、きっと楽しめるから」

半ば強引に、父親に誘われ四人での家族旅行。
箱根。
電車に揺られ、駅から送迎のワゴン車に乗り、旅館へ。
「これ全部父さんが予約したの?」
と、僕が訊ねると、
「ネットサーフィンしてたら、止まらなくなってさ、予約しちゃったよ」
宿も物凄く高級なわけではなかったけれど、悪くはない。
けれど、唐突に連れてこられて、何かしら文句が言いたい姉は、
「どうせなら、もっと広いところにしてほしかった」
と、憎まれ口を言ったり、
母は、
「まあ、家の家計でなら贅沢な方よね」
なんて言ったり。

僕は少し、別のことを考えていた。
大学を休学して、どこかへ一年ぐらいブラブラしてみたいと思っていた。なんだか、予定を立てない時間が欲しいなと。

父親だけが妙に積極的な旅行は、誰も乗り気ではない観光地巡りをして、少し贅沢なステーキをランチに食べ、そして、それぞれが旅館で暇をつぶした。

僕は外を眺めながら椅子に座り、スマホで音楽を聴いていた。
すると、僕の隣に父さんが座った。

「何を聴いてる?」
僕はイヤホンを外し、
「浅香唯」
僕は子供の頃から、父さんの影響で80年代アイドルの浅香唯の音楽ばかり聴いていた。
家の中でも、車の中でも、父さんはいつも浅香唯を聴いていたから、僕もいつのまにか、当たり前のように聴くようになっていた。
「浅香唯は面白い。特に今の浅香唯は面白い」
と、父さんは言った。
「面白い?」
「ああ、人気絶頂を経て、もう三十年以上経つんだ。でも、人前に出て今も歌う。みんな三十年以上前の面影を感じながら、だけど、時間が流れている。そこに、いろんな感情が刺激される」
「ふーん」
「曲は?」
「愛の元気主義」
「ライブ盤の?」
「そう、ボックスの特典」
「最高だな」

旅行では終始、父さんは笑っていた。
母も姉もそのうち、笑っていた。

父さんはその一年後、死んだ。
心筋梗塞だった。

何であの時、父さんは旅行に行こうって言ったんだろうねぇと、母と姉と話したりした。

僕は大学を一年休学して、十二万円の軽自動車を買って、旅に出た。車内では、ガンガンに浅香唯を流した。
「最高だな」
と、僕は呟く。
そして、たまに、父さんを思い出し、あの旅行の意味を考えたりしている。


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