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ピアノ。


美紗代が母を信じられるのは、ピアノ教室に通っていたころのことがあったから。

六歳の頃、自分から始めたいと言い、毎週火曜日と金曜日に通っていたピアノ教室。
美紗代は、十歳の頃、ピアノが辛くなった。
理由は分からない。音を聴くのも、形を見るのも、そばにあるだけでも苦しくなるほど、辛くなった。

それをどう伝えればいいのか分からず混乱した。
苦しい。近づきたくない。けど、自分がピアノをやめてしまうと誰かを悲しませてしまうのではないかという恐怖があった。

教室へ行こうと歩いたのだけれど、足が前に出ない。
そして、どうしていいかわからず、坂の途中の誰も通らない道で一人ジッとしていた。

夜になった。
何かが怖くて仕方なかった。
すると、母が迎えに来た。
どうしてここが分かったのか、という思いと、また時間が動き出してしまう恐怖が過った。

そして泣いた。
美紗代は、様々な感情に揺さぶられ泣いた。

母は、何も言わず、泣いている美紗代の手を握った。
そして、二人で、坂の上から街を眺めた。

美紗代が母を見ると、母も泣いていた。
なんで母が泣いているのか分からなかった。

美紗代と母は手をつなぎ、二人で泣いた。

その体験に美紗代はどれだけ救われたか。
次の日美紗代はピアノを辞めた。

最近になり、母がピアノを習い始めた。
美紗代は、あの日のことを思い出す。

そして少しだけ微笑む。





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