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戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』⑫ 悲劇


 悲劇



研究所前広場。

朝礼の立ち位置。

ミヤタ・ムラカミの足元には荷物。
 


ゴトウダ え~、みなさん、昨日ご紹介したミヤタさんとムラカミさんですが、え~、今日、ファームを去られることになってしまいました。

研対1 え、もう帰るの?

研対2 もう帰るって。

研対3 ……。

研対4 ムラカミさん。

研対2 ミヤタさん。

ゴトウダ あ、一言。お願いします。

ミヤタ あの……。言いたいことがあり過ぎて……うまく言葉では伝えることができませんが……。


ミヤタ、ベジタブルマンたちを見る。

ベジタブルマンたち、次第に何かを感じ始める。

長い間。


 
ゴトウダ ミヤタさん?

ミヤタ ……僕からは以上です。

べジタブルマン一同 はい!


 
不可解な顔をする研究所職員たち。


 
ムラカミ なにやってたんだよ?

ミヤタ 気持ちを伝えたんですよ。

ムラカミ 気持ちを?

ゴトウダ よろしいですか?

ミヤタ はい。

ゴトウダ では、ムラカミさん。

ムラカミ はい。


 
ムラカミ、意気込んだポーズでベジタブルマンたちに念を送る。

戸惑うベジタブルマンたち。何とかムラカミの想いをくみ取ろうとする。


 
ムラカミ ……以上だ!

べジタブルマン一同 (バラバラに)……はい。

ゴトウダ よろしいでしょうか?

ムラカミ ええ。

ゴトウダ では、最後にお二人に、みんながどれだけ立派な志を持ったベジタブルマンか、しっかりと見ていただきましょう!博士、よろしくお願いします。

ザイゼン じゃあみなさん、今朝も人間の役に立っているところを想像しましょう。

べジタブルマン一同 はい!


 
ベジタブルマンたち、想像の世界へ。


 
クボ どういう状況で、どういう風に、どういう人間の役に立っているのか具体的に想像しましょう。

ザイゼン 何を想像しているの?

研対1 はい!貧困にあえいでいる親子が、生活保護で支給された僕の太ももを、おいしいねと言いながらとてもうれしそうに食べてくれるところを想像しました!

ザイゼン 素晴らしいことだわ!でも明日は違うことを想像しましょうね。

研対1 はい!

ザイゼン あなたはどういうところを想像しているのかしら?

研対3 わたしは……わたしは早くここを出たい……。

ザイゼン え?

ミヤタ ……。

研対3 ……早くこの施設を出て、人間の赤ちゃんを産みたいです。

ザイゼン そうね。一日でも早くファームに復帰して、立派に立派に育ちましょうね!

研対3 ……はい。

クボ 元気がありませんね。少し不安定なんでしょうか?

ザイゼン みたいね。じゃあ想像を続けてね。あら、あなた今日はいつもより一層うれしそうな顔をしてるわね?

研対2 はい!

ザイゼン 何を想像しているの?

研対2 はい!わたしのおいしいおいしいお肉が、大好きなミヤタさんに食べられるところを想像しました!

ザイゼン あら、それは素敵ね!そうやって具体的に想像するのはとてもいいことよ!

研対2 はい!わたしは一生懸命おいしくおいしくなって、ミヤタさんがわたしを食べた時にビックリするくらいおいしくなって、それで、わたしがあんまりおいしいので、ミヤタさんはずっとわたしのことを覚えていてくれて、わたしはミヤタさんの栄養になって、ずっとミヤタさんとひとつでいて、ずっとずっとつながります!それはとてもとても、わたしの幸せです!

ザイゼン わかったわ。

研対2 だから、それはわたしの幸せだから、その時はミヤタさんは、ごめんねじゃなくて、ごめんねじゃなくてありがとう!って言ってくれて、だからわたしは幸せだから――

ザイゼン もうやめなさいっ!下がっていなさい!


ザイゼン、研対2を下がらせる。


研対2 はぁ……はぁ……。

クボ 何かあったんでしょうか?

ザイゼン ……。


ザイゼン、ミヤタを見る。


ミヤタ ……。

研対4 うう……うう……。

ザイゼン ……どうしたの?

研対4 牛丼屋で僕のお肉を食べた子供が、牛肉じゃないと牛丼じゃないといって泣き始めました。

ザイゼン あら……どうしてこうネガティブなイメージばかり浮かべるのかしら?

クボ 他の個体に影響が及ぶ前に、はやくつぶしてブタの餌にでもした方がいいんじゃないでしょうか?

研対4 ううう……!

ザイゼン 何てこと言うの!(研対4に)大丈夫よ。

クボ なぁ、もうそのままブタに食べられるか?

研対4 うう……!

ザイゼン やめなさいクボ君!

クボ ブーブー、ブーブー……。


 
クボ、「ブーブー」と言いながら手をブタの口に模し、研対4の腹や腕の肉を掴む。

怯える研対4。


 
研対4 ううう……!

ザイゼン 何やってるのあなた!

クボ ブーブー……。

ザイゼン クボ君!いい加減に――

研対4 うううぅぁあああ~!!


研対4、クボの首をつかむ。


ザイゼン ああっ!

研対4 ううあぁあ~!!



研対4、クボを投げ飛ばす。


ザイゼン 落ち着きなさ――

研対4 ああ~!

ザイゼン ああ!


 
ザイゼン、研対4をおさえようとして吹っ飛ばされる。

研対4、クボに馬乗りになり首を絞める。


 
ミヤタ ちょっ……!

ムラカミ まずいキレちまった!

研対4 ううぅぅ~……!

ゴトウダ 何やってんだ!

ミヤタ やめろ!

ムラカミ 落ち着け!
 


三人、研対4をクボから引き離そうとする。


 
ゴトウダ やめろ!

ミヤタ やめるんだ!

ムラカミ 何だこいつ!ビクともしねぇ!

研対4 うああああ~っ!(三人を突き飛ばす)

ムラカミ 何だこの力……!

ミヤタ ムラカミさん、さっきの銃で威嚇射撃してください!

ムラカミ バカ野郎!ニセモンだよあんなもん!

ゴトウダ お、おい!麻酔銃持ってこい!

看守 はい!


 
看守、上手にはける。

再び、研対4を止めようとする三人。


 
ゴトウダ やめろっつってんだろ!

ミヤタ 放せ!

ムラカミ やめろ!

研対4 ああ~!(ムラカミを突き飛ばす)

ムラカミ いて……!
 


上手から銃を持った看守が戻ってくる。


 
看守 皆さん、離れてください!

ゴトウダ 離れて!ミヤタさん!


ゴトウダ・ミヤタ、研対4から離れる。


研対4 うう……ううぅ……。


ムラカミ、看守の構える銃をおさえ、


ムラカミ まて!様子がおかしい!

看守 え?

研対4 ううう……うう……できません……やっぱりできません……ごめんなさい……ごめんなさい……。
 


研対4、クボから離れる。

激しく咽るクボ。


 
研対4 ごめんなさい!ごめんなさい!もう人を殺したくありません!ごめんなさい!ごめんなさい……ごめんなさいクボさん……うわぁ~ん!
 


子供のように泣く研対4。

ベジタブルマンたちゆっくり研対4のもとへ。


 
クボ ……何でだよ……何でできないんだよ……。
 


一同沈黙。


 
クボ これだけ目撃者がいるんだ……せっかくベジタブルマンが人間を殺したって情報が……隠ぺいされずにファームを駆け巡るはずだったのに……。

ザイゼン 何?何を言ってるの?

ミヤタ ……昨日この近くでみつかった死体も、彼がやったんですか?

クボ 僕がやらせたんですよ。三日前にね。

ゴトウダ な……。

クボ そこらじゅうでリンチに虐待。この施設に来る前、何度もそういう場面を見ましたよ。

ザイゼン だからってなぜ彼に……。

クボ 惨殺ゲーム……。

ムラカミ 惨殺ゲーム?

クボ ファームの職員連中が始めたんですよ。どれだけ残酷にこいつらを殺すことができるかってね。

ミヤタ そんな……。

クボ ダメでしょ?そんなことしちゃ?

ムラカミ その内人間が殺されるかもしれないって噂はあんたが流したのか?

クボ あんまり効き目はなかったですけどね。

ミヤタ 噂だけじゃベジタブルマンへの惨殺が止まらなかったから、本当にベジタブルマンが人間を殺す事件を起したんですね。

クボ (研対4に)せっかく頑張って殺したのになぁ?特対の奴らが交通事故だなんて言うもんだから。

ムラカミ それで今度は俺たちが見てる前で自分を殺させようとしたのか。

クボ 最後の一回。これで最後だって言ったのに。


 
ザイゼン、立ち上がってクボの頬を打つ。


 
ザイゼン 許せない!……許せないっ!


 
ザイゼン、もう一度手を振り上げる。

ミヤタ、ザイゼンを止める。
 


ミヤタ 落ち着いてください!

ザイゼン あなたがやったことも他の連中と同じじゃない!この子が拒まないのをいいことに、人を殺させるなんて!

クボ 人を殺せるベジタブルマンを作ろうとしてる人が何言ってるんですか?

ゴトウダ クボ君!

ミヤタ え?

クボ いつまでたっても研究成果が出ないのに、助手の僕に先を越されて悔しいんですか?

ゴトウダ やめろ!

ミヤタ ちょっと……人を殺せるベジタブルマンってどういうことですか?

ゴトウダ ……ミヤタさん、ムラカミさん。もうここまでです。今すぐお帰りください。

ミヤタ そういうわけにはいきませんよ!

ゴトウダ あなたたちの為に言っているんだ。

ミヤタ 人を殺せるベジタブルマンを作るってどういうことですか!?

ゴトウダ 帰るんだっ!これ以上のことは知らない方があなたたちの為だ!

ムラカミ もう無駄ですよ!……まったく、こいつを大人しくファームから引き上げるよう説得するの、どれだけ大変だったと思ってんですか?

ミヤタ ムラカミさん?

ムラカミ ここはベジタブルマンを兵士に変える為の施設なんですね?

ミヤタ え?

研対3 ……。

クボ そのとおりですよ。
 


研対3とミヤタ、目を合わせる。


 
ミヤタ ちょ、ちょっと待ってください!どういうことですか?

ムラカミ 昨日彼らと話した時にピンとこなかったのか?

ミヤタ え?

ムラカミ 彼らは周囲から浮いてしまうことを極端に恐れている。だからこちらが何か質問したことに対してすぐに答えることができない。互いに周りの反応をさぐりながらみんなで一つの答えを出そうとする。

ミヤタ 確かにそうでしたね。でもそれが……。

ムラカミ これは絵にかいたような全体主義だ。

ミヤタ 全体主義……。

ムラカミ そして仮想敵としての牛や豚への憎悪の扇動。しかもご丁寧に施設の周辺に牛や豚を放してある。

ミヤタ あの牛や豚はスケープゴードとしてわざと放されていたってことですか?

ムラカミ この施設でなされている教育もまるで戦時中だ。人間は尊いというのを日本人に、牛は野蛮で下品だってのをどこかの国に変えちまうなんてたやすいことだ。そうでしょう皆さん?

一同 ……。

クボ おしいですね、ムラカミさん。そもそもこのファーム自体に兵隊を生む基盤ができているんですよ。肉になるか兵士になるかの違いで、命を捧げろということに違いはないんですから。

ミヤタ じゃあこの施設では一体何をしているんですか?

クボ 彼らはこのファームの社会で落ちこぼれた危険因子なんです。その落ちこぼれを再教育し、立派な兵士に育てる為のプログラムを開発することがこの施設の目的なんですよ。ところがこのザイゼン博士は、この施設に来て三年、未だに有効なプログラムを何一つ開発できないでいる。

ムラカミ 開発できないでいる――か。なるほど。こりゃ本当に悲劇だ。

クボ ……?

ムラカミ (ミヤタに)おい。

ミヤタ え?……あ、はい。
 


ミヤタ、鞄のところへ。


 
ムラカミ クボさん、ザイゼン博士があなたや所長さんが帰った後、夜な夜なベジタブルマンたちを集めて何やらこそこそやってたの、ご存知ですか?

クボ え?


 
ミヤタ、鞄の中からヘッドギアを出し、ムラカミにわたす。


 
ザイゼン それは……!

ムラカミ すいませんザイゼン博士。黙って一つ拝借していくつもりでした。

ザイゼン な……。

ムラカミ クボさん、博士はこんな危険なものを、ベジタブルマンたちに見せてたんですよ。
 


ムラカミ、クボの頭にヘッドギアをかぶせ、スイッチをおす。

映画モダンタイムスの曲『smile』が流れる。


 
クボ ……これは?

ムラカミ 古い古い、映画ですよ。

クボ 映画?

ムラカミ まだ、映画が一部の強者ではなく、作り手と見る人たちの為のものだったころの作品ですよ。作り手がそれを守る為に闘っていたころの。

ミヤタ 僕もムラカミさんに教えてもらって初めてこういうものの存在を知りました。

ムラカミ こういったものが、我々の目から遠ざけられるようになって随分久しい。若い人たちは知らないのも無理はありません。

クボ ……博士はこれを何の為に。

ムラカミ それはザイゼン博士の口から説明してもらいましょう。博士、法に触れてまで、何の為にこんなものを彼らに見せてたんです?

ザイゼン ……他に……何も思いつかなかった……この子たちに、自分がしてやれることが何も思いつかなかった!

ミヤタ つまり博士は、表向きはプログラムを進めることを装いながら、裏ではまったく逆のことをしていた、というわけですね。

ゴトウダ でも博士、あなた自分で……。

ムラカミ プログラムの開発を一日でも遅らせる為に、あなたはここへ来た。そうですね?

ザイゼン ……。

ムラカミ でもそれじゃあ何の解決にもならない、そうは思いませんでしたか?博士。

ザイゼン わかってる……あなたに言われなくてもわかってるそんなことっ!でもわたしに何ができるの!?この子たちは生まれたときから人間の犠牲になるのが幸せだって思い込まされてる!このファームをわたし一人で変えることなんてできるわけないじゃない!

ムラカミ そこが間違ってるんですよ!!……博士。なぜあなた一人でファームを変えなければならないんです?

ザイゼン だって……だって!

ムラカミ 現にこのクボ君も、一人で悩み続け、いきどおり続けた結果、こんなことをしでかしたんですよ。

一同 ……。

ムラカミ 所長さんは所長さんで、ベジタブルマンへの罪悪感に耐え切れず、彼女を古い厩舎に連れ込んで、毎晩自分をムチで打たせていた。

ゴトウダ 何でそれを……!

ミヤタ ムラカミさん、罪悪感からってどういうことですか?

ムラカミ 所長さん、あなたあれはどう見てもマゾヒストの態度じゃありませんよ。

ミヤタ じゃあ所長はただ自分を痛めつける為に?

クボ 所長、本当にそんなことしてたんですか?

ゴトウダ (皆に背を向けながら)……不器用な、男ですから。

ミヤタ 不器用過ぎですよ!もっと他にやり方なかったんですか?

ムラカミ つまり!あなたたち全員がベジタブルマンについて、このファームで行われていることについておかしいと思っていた!だがそれを誰一人、ただの一度も口にしなかった。互いを恐れて表向きは従順なファームの職員を装った!あんたたちのそのあり方が、彼に人を殺させるという悲劇を生んだんだ!

ザイゼン そんな……(研対4に縋り付き)ごめんね……ごめんね……ごめんね……。


 
音楽。『smile』が流れる。

皆が、それぞれの想いを抱えながら、

溶暗。
 
 



戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』⑬につづく。

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