見出し画像

「対岸の彼女」角田光代著を読みました。心の壁は越えられるという前向きな感じがいい。

専業主婦の小夜子は、旅行代理店の求人に応募した。そこで初めて会った社長の葵とは、偶然にも同い年しかも同じ大学の出身だった。現在の小夜子が社長葵と一緒に働く話と、高校生の葵が友人と過ごした夏の思い出ストーリーがオムニバスに描かれている。現在の葵と小夜子の話と、葵の夏話は、やがてつながり結末に向かってゆく。

小夜子には、他人と比べてみる性向が子供のころからあった。些細なことを意識してしまう小夜子は、社交的な友達に憧れた。
いっぽう、高校2年の夏休みに友人ナナコと葵は民宿に住み込みアルバイトをした。高校生の日常にはない経験をして、2人とも初めて味わった充実したアルバイト生活を満喫した。ところが新学期を前に、日常生活の現実に愕然として、もとの生活にもどる気になれなかった。
高校生のグループ、職場、女性社長と専業主婦、育児する母親が集まる公園、人が生活し行き交う社会にある、わずかな認識の違いによる言葉のすれ違いが描かれている。
それらは、日常によくある既視感を覚える。中には、主婦や女性の視点に、夫である男性として教訓とすべきことがあった。

高校生のとき親友ナナコに寄り添った葵は、自分らしく生きたいという欲求から、現実を受け入れられず、危険な逃避行に走った。
小夜子の癖である他人との疎外感と、ナナコと葵が陥った現実に幻滅する心理は、その因果が似ていると思った。小説のモチーフは高校生の交友関係や、主婦と働く女性社長となっているが、心のあり方を変える何かを、読者に問いかける物語となっている。

自分らしくありたいという渇望が、自己肯定感をもって現実を受け入れ、そこに踏みとどまったまま、壁となっている心理の因果から解き放すことがある。
心理的な壁を乗り越えるために、葛藤の末に小夜子がした決断とは何か。対岸にいる彼女とは誰なのか。他人と自分、現実と理想の彼我を隔てる川にかかる橋をみつけて、小夜子と葵は川を渡り、心かよわすことができるのか。物語はその答えに繋がるように結末へと向かっていく。

躊躇する気持ちが日常に芽生える瞬間に、ためらう気持ちを断ち切り新たな境地を引き寄せる気づきと、少しの勇気と、閃く感覚を感じられる、明るい前向きの感じがする物語だ。年を重ねる意義を考えさせてくれた作品と、作者に心より感謝します。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?