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No.219 うどんのような人生観?

 「なにごとの おはしますをば  しらねども かたじけなさに なみだこぼるる」
 (どういう方がいらっしゃるのかは知らないけれども、恐れ多く、そしてありがたい気持ちで一杯になり、涙がこぼれてくるよ)
 この歌は、西行(1118年~1190年)が「伊勢神宮」に参拝された時の歌だと言われています。神宮の神々しいたたずまいに深く感動して詠んだ歌なのでしょう。神秘の杜の静寂さの中に、目には見えず耳にも聞こえないにもかかわらず、凛として漂う不思議な気配や魅力を「かたじけなさ」の6文字に込めた詩人の感性には、惚れ惚れとさせられます。

 ところで、「かたじけなさ」には、実際に恩恵を受けた「有り難さ」の意味もあります。先日、知る由から「伊勢うどん」を頂戴しました。「麺にコシは命」と言い、のど越しや噛み応えを楽しむ人は少なくないと思いますが、「深夜食堂」の亭主役の俳優小林薫は、「うどんにコシは不要です」と言い切るほど、柔らかい麺が好きだそうです。京都生まれだからでしょうか、無類の「きつねうどん」派でもあるのは、京都伏見稲荷の「きつねうどん」からの影響もありそうです。子どもの頃に食べたものの記憶が、しっかり刷り込まれているのでしょう。祖父母が健在だった子どもの頃の私も、柔らかく茹で上げた麺をどんぶりに盛って醤油を垂らして食べるうどんの美味さを覚えており、オマケのついたキャラメルのように幼き日の思い出も箱の中からよみがえります。

 ところで、「伊勢うどん」の名称は意外にも新しく、1960年代(昭和40年代)以降に定着したそうです。伊勢では、江戸時代以前から地元の農民たちが地味噌の溜まりをかけたうどんを食べていたそうですが、これを食べやすく改良したものが「伊勢うどん」だそうです。

 「日本一柔らかいうどん」と称される理由は、「伊勢参りに訪れる旅行者に、消化のいいものを食べて疲れを癒してもらいたい」というおもてなしの心からだそうです。うどんと甘辛さの絶妙なダシを絡めて食べるというシンプル・イズ・ベストな優しいうどんです。

 私が戴いた「伊勢うどん」は、高校生レストラン「まごの店」(三重県多気郡多気町)の相可高校調理クラブと江戸時代創業の老舗醤油屋がコラボした「たれ」を使ったもので、胃にじんわりと染みました。このところ、めっきり歯の弱ってきた小生には、まことに「かたじけなき」伊勢の恵みでした。柔らか麺がお気に入りの俳優小林薫も納得の伊勢うどんかも…。

 うどんは、太くて、つかみにくくて、味がある。そんな人生観にあこがれてしまいます。

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