保健委員は魔女っ子なのです 第一話
あらすじ
第一話 素敵な保健室
その小さい街に唯一ある小学校には、とっても素敵な保健室がありました。半分くらいは温室で、一年を通してたくさんのハーブの香りがとても清々しく、時に華やかに漂います。
ガラスの扉をはさんで残り半分はベッドや薬品棚、テーブルや椅子のある清潔な部屋です。調度品は病院のように無機質なものではなくて、女の子に人気のカフェにあるような、少しおしゃれなデザインです。外がもう少し寒くなって暖炉に火が灯ると、さらに素敵なお部屋になります。
休み時間、校庭で遊んでいて膝に擦り傷をつくった男の子が、保健委員の女の子エーリに連れられて、保健室にやってきました。
「ママ……じゃなかった。先生ー! マージ先生! 怪我、診てください!」
温室にいる保健室の先生をエーリは大きな声で呼びました。魔女の証である三角帽子をかぶった保健室の先生は、すぐに温室から出てきました。お姉さんとは言えないけれど、実際の歳よりは随分若く見えます。ふわふわウェーブの髪が印象的で、笑顔が素敵な優しそうな女性です。エーリのお母さんでもあります。エーリの髪も、お母さんと同じ様にふわふわです。
魔女は自然の力を少し借りることができます。マージ先生は杖で綺麗な水を呼ぶと、まずは男の子の砂だらけの傷口を洗いました。そしてお手製の軟膏を塗ってテキパキとガーゼを貼りました。その上から優しく手を置いて、早く治るためのおまじないをします。怪我をした膝が優しい光に包まれると、ジンジンした痛みが和らぎます。
「先生は魔女なんだからさ、これくらいの擦り傷、魔法でパッパと治せちゃえないの?」
男の子は今すぐにでも格好悪いガーゼを取ってしまいたくて文句を言いました。マージは優しく答えます。
「どんなに偉い大魔法使いだって、怪我や病気を治すことはできないのよ。生物が生まれつき持っている“自分で治す力”を、ちょっぴり助けてあげるのが精一杯なの」
「ふーん。そうなんだ」
エーリはマージが手当てをしている間、道具を出したり片付けたりと助手としてお手伝いをしていました。保健委員の仕事です。
「ありがとう、保健委員さん。そろそろ休み時間も終わるし、二人とも教室に戻ってね」
学校ではもちろん、エーリは生徒でお母さんは先生です。しっかりけじめをつけてお互い接し方には気をつけます。もう十一歳になったエーリは、そんな大人の対応ができるのです。二人が先生にお礼を言って保健室を出ると、ちょうど休み時間の終わりを知らせるチャイムが鳴りました。
授業が全部終わって放課後になると、エーリは保健室に向かいました。今日は委員会活動の日です。エーリの他にもう一人保健委員がいて、その子も保健室にやって来ました。六年生のカレンという名の女の子です。赤毛をきっちりおさげに編んで、大きなリボンで留めています。
二人でまずは温室の植物の世話をしはじめました。温室にある植物は全て薬になるものです。収穫できるものは刈り取って、保存できるように乾乾かしておきます。温室の外にも、ハーブのための花壇があります。
温室と花壇の仕事をだいたい終えたころ、近所のおばさんが訪ねてきました。ここは学校の保健室でもあり、この街唯一の魔女のアトリエでもありました。魔女のアトリエにはちょっと困ったことがある人が相談に来ます。できる範囲のことはお手伝いするし、無理な時は専門家を紹介します。そして働きにみあったお礼をもらうのです。
魔法学校を卒業した魔女や魔法使いの多くは、こうやって地域貢献をします。魔女や魔法使いになるには生まれつきの素質が必要で、人数も多くありません。ですから、人々の相談ごとを解決してもらうのに、重宝されるのです。社会のもっと重要どころを担う魔法使いもいます。
エーリとカレンは魔法使いの家系に生まれた魔女見習いなので、この六年制の普通の小学校を卒業すれば、魔法学校に進学します。保健委員の仕事は魔女見習いとしての仕事でもありました。エーリはお母さんをとても尊敬していて、保健委員の仕事にも誇りを持っています。
おばさんにふわふわの肘掛け椅子をすすめると、エーリは色々なハーブティーとその効能が書かれた紙を見せました。
「こんにちは。ハーブティーをお入れしますが、ご希望はありますか?」
「あら、魔女っ子さん、こんにちは。選ぶからちょっとまってね」
おばさんは紙をしばらく眺めると、
「カモミールティーをお願いしますね」
と答えました。エーリとカレンはハーブティーを入れにキッチンに行きます。もちろん、ここで育てたカモミールです。
マージはおばさんの向かいの椅子に座ると、いつもの優しい笑顔で聞きました。
「お困りごとはなんですか?」
「腰痛がなかなか治らなくてね。医者にはかかってるんだけど、マージさんのところの薬が良く効くって聞いたものだから」
「それはありがとうございます。では、少し腰を診せて下さいね。それから、お医者様で処方されたお薬も教えて下さい」
マージはおばさんの腰に手を当てて状態を診て、処方の内容も確認しました。早く良くなりますように、とおまじないもしました。そして、薬品棚から粉状になった薬草を出して紙に包むと、おばさんに渡しました。
「次にお医者様にかかる時は、うちで34番のお薬を貰ったことをお伝えくださいね。飲み方は……」
マージはおばさんに丁寧に対応しています。エーリとカレンがおばさんの前のテーブルに、カモミールティーと数枚の小さいクッキーを置きました。おばさんは、「ありがとう」と、お茶を口にします。自分たちの入れたお茶を飲んでもらえたのが嬉しくて、エーリとカレンは顔を見合わせて笑い合うと、パタパタとキッチンへ戻りました。
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