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空飛ぶブラジャーを見つめて

目の前のグラビアを見て思う。
もしこのアイドルの胸がGカップでなくCカップだったら、僕はここまで熱心に彼女のことを見つめているだろうか、と。

決して胸の大きさで女性の価値が変わるとは思わないものの、この子の現在の売りはその豊満なバストなわけで、それが失われるというか、魅力として打ち出していたものが少なくなってしまうことは、彼女の捉え方を変えてしまうことになるのではないか、と思うのだ。

以前同級生の女が「私、Dカップあるからね!」と文字通り胸を張って言っていたのを覚えている。彼女曰くDカップのDはDreamのDらしい。

しかしながら、彼女も調子がいい時はDカップだが、アベレージはCカップであるらしい。そのあたりのバストサイズの細かい事情は分からず、僕は彼女のことはCカップだと思うようにしていたが「いいの。CカップのCはCuteのCだから!」とこれまた何故かサイズダウンをしているにも関わらず胸を張って主張していた記憶がある。

そんな彼女も、夢に満ちたバストは手に入らなかったものの、代わりにキュートなバストを身にまとい、そのキュートさで彼氏を作り、結果的に結婚という一つの夢を見事に叶えた。だから、DカップでもCカップでも、彼女にとってはさして関係なかったのだ。


そういえば、まだ実家に住んでいた時のこと。

休みの日に近所を歩きながらボーッと空を見上げていると、近所のマンションの2階に洗濯が干してあった。裏道に面した物干し竿の下に一際目立つものが浮かぶ。

真っ赤なブラジャーだった。
堂々と干されたそのブラジャーは、とても大きかった。分からないけど、Zカップくらいあったんじゃないか。流石にそりゃないか。しかし、Gカップくらいは。その存在は圧巻だった。

青空の下、風に揺らめきながら存在感を放つ真っ赤なブラジャー。

男性の性だろう。自然と目がいってしまった。そこまで綺麗なマンションでもないし、こんなに堂々と干されているのだから、あまり若い人のものでもないだろう。そう思う一方で、そのブラジャーはさしてよれている様子もなく、ハリがあり、適度に上品に装飾されながら、僕の上空を優雅に泳いでいた。

あのブラジャーの持ち主はどんな人なのだろうか。

もしかしたら、めちゃくちゃ美人かもしれない。美人じゃないかもしれないけど、若いかもしれない。美人かもしれないけど、自分よりも少し年上かもしれない。もう全然検討外れで、とんでもないモンスターかもしれない。

色々な可能性が頭に浮かぶけれど、やはり最終的にはとんでもなく美人でナイスバディで、もし会うことが出来たら、なんだかたぶらかされてしまうんじゃないか、素晴らしいことが起きるんじゃ無いかと思っている自分がいた。

赤い、真っ赤な、情熱的なバラのようなブラジャーだった。


それから、その道をよく通るようになった。

すると、あるのだ。
またブラジャーが。

赤だけじゃない。青や黒や、バリエーションにとんだラインナップで勝手ながら僕のことをもて遊んでくる。ブラジャーよ、俺のことをどうしたいんだ。そんなに俺を夢中にさせて、どうしたいんだ!

昼過ぎにその道を通り、夕方に帰ってくると洗濯は取り込まれている。ブラジャーの姿はもうそこには無い。

ブラジャーの持ち主が窓の外に現れていたというのに。俺は一体何をしていたんだ。もう少し早く帰ってきていたら、その瞬間に立ち会えたかもしれないというのに!

しかしだ。その瞬間に立ち会えたとして、僕はどうすれば良いのだろうか。

目の前に浮かぶ真っ赤なブラジャー。それを取り込む女性。その様子を僕は見つめている。まぁヤバイやつだろうが、それはさておき、きっとその女性と目が合うだろう。

僕はなんと言えばいいのだろうか。

「素敵なブラジャーですね」
アウト。絶対だめ。

「赤がお好きなんですか?」
ダメじゃ無いけどダメ。

「何カップですか?」
もう捕まれよ。

どうしたら良いのだろう。何を言っても、文京区・本富士警察で事情聴取を受けている画が浮かんでくる。

こんな時、文豪・夏目漱石はなんていうだろう。

『吾輩は猫である』や『三四郎』の舞台がすぐ近くにあるのだから、この近所に住んでいたはずだ。この道だって通っていたかもしれない。夏目漱石も誰かのブラを眺めていたのかもしれないのだ。

彼の言葉を思い出してみる。

「ブラが綺麗ですね」
いや、ダメだろ。

「あせってはいけません。ただ、牛のように、図々しく進んで行くのが大事です。」
図々しいよ。

「君、弱い事を言ってはいけない。僕も弱い男だが、弱いなりに死ぬまでやるのである」
ブラのために命をかけるなんて。

あぁ。どうすれば良いのだ。僕は途方にくれた。

しかしだ、原点に戻ってみたんだ。

ブラを眺めていた僕は、下着を取り込んでいた女性と目が合う。
その時、僕はこう言うんだ。

「月が綺麗ですね」

女性は不思議な顔をして僕の方を見ている。僕はブラを見つめながら、もう一度、女性に語りかける。

「とても綺麗な月が出ています」

女性は上を見上げる。まだ空は青い。そして言うんだ。

「月なんて見えませんよ?」

僕は彼女に優しく微笑み、こう返すんだ。

「そこからじゃ見えないのかもしれませんね」と。

これならなんとかなるかもしれない。
夏目漱石。さすがである。


地元の文豪の手を借りながらここまで想定してみたものの、そんな機会がくることもなく、僕は後に実家を離れ、真っ赤なブラジャーとも距離を置くことになってしまった。グッド・バイ・ブラジャー。

思えば、あのブラジャーを見つめていたのは、ちょうど僕がモノ書きになりたいと思っていた頃だった。夢を見つめ直し、今までの人生からまた違う景色を見たいと思っていた頃だ。

もしかすると、あのブラジャーは僕の夢そのものだったのかもしれない。空飛ぶブラジャーをただ見つめることしか出来なかった日々。あれから、どれだけの時間が経っただろうか。

まだ僕はあの真っ赤なブラジャーの持ち主に出会っていない。それがどんな女性かさえも分からない。もしかしたらずっと会えないかもしれないし、会えたとしてもガッカリしてしまうかもしれない。

それでも僕は、追いかけるのだ。
いつかその女性が優しく僕に微笑みながら、豊満なボディで僕のことを抱きしめてくれる日を夢見ながら。

追いかけ続けていれば、違うブラジャーに出会うかもしれない。サイズも小さいかもしれない。もしかしたらパンティーかもしれない。でも、それでもいいのだ。

僕が辿り着く先は、Cuteな女性か、Dreamに溢れた女性か、それともGreatな女性だろうか。

なんだっていい。

僕は、夢を、浪漫を追い続けていきたい。

空飛ぶブラジャーを見つめながら。
夏目漱石のような文豪になる日を夢見ながら。

Bra  in  the  SKY .



#キナリ杯


大久保忠尚

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