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あめふりのうた

「いらっしゃいませ。3名様ですか?」

竹内の声が店内に響く。
そちらの方向に『いらっしゃいませ』と声を出し、そのまま接客へ。
座ったのは3人。父母娘、ってとこだろうか。

ここは新幹線改札口から徒歩0分の、カフェ兼ケーキ売り場。

だからだろう。春休みのこの時期は多彩なお客さんがやってくる。
今日は朝からライブに行く3人組、遠距離恋愛のカップル、卒業旅行のグループを見た。

それぞれドラマがあるんだろうな、なんて思い出しつつ注文を取り、厨房へ戻る。この3人は旅行かな、とぼんやり考えながら。

程なくして注文の品を運び、少々空き時間。
片付けをしていた竹内も戻ってきた。

彼は同い年でバンドのボーカルをやっている。この柔和な顔から、まさかのデスボイスが出るとは思えない。

「さっきの親子、今から引っ越し先だな」
「え?なんで解るの?」
竹内の声に、厨房から松本さんがひょこっと顔を出した。彼女は同じ大学の先輩で、2人の憧れの人だ。

「手元に傘が無いから今降りてきたとこ。で、なんかあの子緊張してるからっす」

説明になるほど、と納得。
自分も1年前の今頃、不安な気持ちと一緒にやってきた覚えがある。なんて考えてたら。

「なあ、梅ちゃんもあんな感じだった?」
急に聞かれ、一瞬ビクッとなった。
「……ま、まあ、最初は超緊張した。私鉄って概念が解んなかったし」

他にも解らないことが多過ぎて、スマホで色々調べたことを思い出す。もっと昔はどうしてたんだろ?


「地方、って感じ……」
「うるさい。松本さんも進学で来た組ですっけ?」
「うん。何個か迷ってたけど、海が近いから今の大学にしたの」

海が好きだなんて、初めて聞いた。それは竹内も同じようだった。
「そういや海なし県出身ですよね」
「海好きでそれは辛い」

「でも今は見放題だよ!今日みたいな雨の日が特に好き」

「なんでまた雨の日?」
「晴れてる方が綺麗なのに」
“雨の日“が良いなんて、と2人揃って思ったんだろう。反射的に疑問が飛び出した。

でも長い指が1本ぬっと出てきて、それを否定するよう横に振れる。

「楽しいの。傘差して全然人が居ない海辺の公園を歩いて、ちょっと歌ったり。あのでっかい橋の下のベンチで、雨宿りしながらおにぎり食べたり」
「……なんか良いな」
「楽しそう……」

「でしょ。ぼーっと海見て。冷えてきたら古い喫茶店でコーヒー飲んだり、銭湯寄ったりするの」
「そんな楽しそうな遊び1人でしてるなんてズルい」
「なんで誘ってくれないんすか」
詰め寄られて、細い首を傾げる。手元ではコーヒー豆を補充しながら。

「誘うも何も、行ったらいいじゃん」
すぐ近くだよ、と言われて竹内が身を乗り出した。
「俺ら松竹梅トリオなんですから、仲良くしましょうよ」
「何それ」
「店長が付けたんですよ。明日の朝は松竹梅だなとか」
乗っかって続けて言うと、知らなかったとクシャッと笑う。それを真似して竹内もクシャッと笑うもんだから、釣られて吹き出した。

「もうすぐバイトは上がり、小雨……。行く気でしょ」
「バレたか。じゃ、一緒に行く?」
お誘いに小さな声で色めき立つ。

「やった!おにぎり買ってこよ。梅ちゃんは?」
竹内が遠足の前のように声を弾ませる。でも憧れの人からのお誘いだ。その気持ち、よく解る。
「パンかな……あ、いらっしゃいませ」


その2時間後。
1人、海沿いの遊歩道を歩いている。

到着してすぐ松本さんが
『まずは個人行動!で、13時に橋集合!』
と宣言し、一旦解散したからだ。

言われるまま、さっき習ったまま傘を差し、1人で歩く。
弾かれる雨がパラパラ音を奏でる。
教わった通り、耳にイヤホンをねじ込んで歩いてみる。

周りには誰もいなくて、雨と海だけがあって。
世界を独り占めしたみたいな、不思議な感覚。
つい歌いたくなって、歌ってみた。
濁った色の海。鼻を擽る磯の香りと、好きな歌。妙な多幸感。



あの頃、1人があんなに不安だったのに、今はこんなにも楽しい。



気が付いたら時間が経っていて、慌てて橋の下へ。今度は3人でピクニックだ。
「結局パン買っちゃった」
竹内の手には総菜パンが3種類。で、こちらはと言うと。
「逆におにぎり買っちゃった。枝豆じゃこに、鮭に、高菜」

「梅ちゃん、チョイス渋っ」
「だって好きだし。で、松本さんのそれは?」
「ん?ケーキ」

「ピクニックでケーキ!」
「ちょっと違くないですか」
「食べたい物を食べるのが楽しいんです~」
箱を開けると見慣れた姿。うちの1番人気のケーキだ。

「ひよちゃんだ」
「可愛い」

「こちらを紙皿に乗せまして……」
すっと差し出したフォーク。そしてそのまま。

「どーん!」
「「あああ!ひよちゃん!」」

一刀両断され、真っ二つ。
あまりの勢いに絶叫したものの、段々笑えてきて。強くなってきた雨足の中、声を上げて笑った。

雨、海、1人、ピクニック。


「あ、梅ちゃんのネイル、私の傘と御揃いだね」
「ホントだ〜。いいな!」

楽しさを全部一緒くたにして、おにぎりと噛み締めた。

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