深読み『千と千尋の神隠し』⑧(第309話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
文代さんの言う通りです。
まだ「釜爺」の名前には、重要なことが隠されている…
重要なこと? いったい何なの?
それは…
釜爺の現実世界での姿「アウディA4クアトロ」に関する秘密だ。
アウディA4クアトロの秘密?
『千と千尋の神隠し』の冒頭シーンでは、アウディのエンブレム「4つの輪」のマークが何度もアップで映し出される。
なぜだか分かるか?
そんなの決まってるじゃん。お金もらってるからでしょ?
映画やドラマの中に企業ロゴや商品名がこれ見よがしに出て来るのはタイアップの宣伝。
アウディ社がスポンサーに入ってるんじゃないの?
アウディジャパンは『千と千尋の神隠し』に関わってはいるが、出資したり協賛はしていない。
あくまで「走行音などの提供」という協力レベルの立場だ。
映画のクレジットでも、豚の鳴き声を提供した養豚農家などと同じカテゴリーに名を連ねている。
えっ?そうなの?
何億円も協賛金を出してスポンサーになったネスレの主力商品キットカットは、ほんのちょっとしか映ってなかったのに(笑)
なんだ、この差は…
そういえば、宮崎駿監督作品には車がよく出てきますが…
あそこまでエンブレムが何度もアップで映し出されるのは見たことありません…
なぜなんだろう…
なぜなら、あの車が「釜爺」だからだよ。
それを暗に伝えるために「アウディ・A4クアトロ」とブランドマークを何度も映したんだ。
車名やエンブレムが関係あるんですか?
釜爺の手足は何本あるかな?
えーと、手が6本で足が2本だから、合計8本です。
「A4クアトロ」は「アウディ4・4」という意味。
つまり「8」ね。
あっ、確かに…
そして、何度もアップで映し出されるアウディの「4つの輪」のマーク…
そもそもこの「4つの輪」の意味、知ってる?
意味ですか?
自動車の四輪かなあ…
車だから四輪って幼稚園児じゃないんだから。
たぶんこれはトンチの穴埋め問題よ。
この4つの空欄の中に入る文字を答えよ、みたいな。
4つの文字? 何でしょうか?
本気で聞いてるの?
そんなの「AUDI」に決まってるでしょ!
それなら「AUDI」のままの方がいいと思いますが…
わざわざ四文字全部を伏せる意味がわかりません…
じゃあ何なのよ。あの「4つの輪」の意味は。
あれは「4つのもの」からなる「1つのもの」という意味なんだよ。
「4つのもの」がバラバラになっているのではなく、それぞれが相互にリンクして、大きな「1つのもの」を構成するという意味だ。
「マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ」からなる「新約聖書」ってことかなあ?
そんなわけないでしょ。
「4つのもの」からなる大きな「1つのもの」って、いったいどういうことなの?
それにはアウディの歴史を説明する必要がある。
アウディの始まりは、ドイツ人のエンジニア「August Horch」という人物が立ち上げた小さな自動車工場だった…
報知?
「Horch」と書いて「ホルヒ」と読む。
August Horch(1863-1951)
ホルヒさん? アウディはアウディさんが作ったんじゃないの?
もしかして「アウグスト⇒アウグゥ⇒アウディ」ってことでしょうか?
まあ、しまいまで聞いてほしい。
うまい。
は?
鍛冶職人の修業を積んだホルヒは、造船所で働いた後、ドイツの自動車王カール・ベンツのもとで自動車作りを学び、ベンツの工場長を務めるまでになった。
そして自分の理想の自動車を作るために独立。1899年にホルヒ社を立ち上げ、大手メーカーの大量生産車とは一味違う個性的な車を次々と発表した。
しかし、理想が高くコダワリが強かったホルヒは、「採算重視」を求める他の役員たちと衝突を繰り返すようになってしまう。
なんだか、どこかで聞いたような話ですね…
完璧を追い求めるあまり孤立化し、周囲との軋轢を生む…
結局、両者の溝は埋まらず、ホルヒは自分が作った会社を飛び出してしまった。
そして新会社「アウグスト・ホルヒ自動車」を立ち上げる。
自分の名前が会社名にもなってる創業者が追い出されて、今度はフルネームを社名にした別の会社作っちゃったの?
(株)山田から山田さんが追い出されて(株)山田洋行を作ったみたいに?
山田は苗字だが洋行は名前ではない!
え? 違うの?
じゃあ内山田洋は?
うふふ。
実はこの歌、長崎に「雨」は降っていなかったって知ってる?
え? 降ってないの?
「長崎は今日も雨だった」なのに?
「淡い初恋 消えた日は 雨がしとしと降っていた 傘もささずに桟橋で ひとり見つめて泣いていた」と歌われる森昌子の『せんせい』と同じ。
全部ダジャレ。本当は「雨」なんか降っていない。
駄洒落? 嘘でしょ?
嘘じゃないわよ。
そもそも『長崎は今日も雨だった』の舞台は「長崎」ではないし(笑)
ええっ!?長崎の歌じゃないの?
じゃあいったいどこなのよ?
うふふ。
「石畳」と「丸山」がヒント。
石畳と丸山?
何を関係ない話をしてるんですか。
今は「ホルヒ自動車」から創業者のホルヒさんが追い出されて「アウグスト・ホルヒ自動車」を立ち上げた話でしょう?
ホンダから本田宗一郎が追い出されて「ホンダ・ソーイチロー自動車」を立ち上げるみたいな感じってことですよね?
まさにそんな感じだ。
しかしホルヒ社が、これに噛みついた。
商標である「ホルヒ」の名前を勝手に使うな、とね。
勝手にって… 自分の名前なのに…
いくら自分の名前でも、こればかりは仕方がない。
全くの他業種なら大丈夫だけど、同じ自動車という商品で紛らわしいブランド名は駄目だからね。
ホルヒは幹部を集め、社名と車名をどうするか何日も考えた。
だけど全くいいアイデアが浮かばない…
すると、役員の息子で、たまたまその場にいた少年が、こんな提案をした。
「アウディというのはどうでしょうか?」
そして少年は、その理由をホルヒと役員たちに説明した。
ホルヒはそれをとても気に入り、すぐさま会社名を変更…
こうして1910年、「アウディ」という名の車が世に出ることになった。
どっから「アウディ」なんて言葉が出て来たの?
ラテン語だよ。
当時、というか今でもそうだけど、ドイツの進学校ではラテン語の授業があった。
この少年はラテン語が得意だったので、「Horch(ホルヒ)」をラテン語にすればいいと提案したんだ。
ラテン語が得意な少年って『MONSTER』のヨハンみたい。
「Horch(ホルヒ)」という名は、ドイツ語で「耳をすます・耳を傾ける・しっかりと聴く」という意味の「horchen(ホルヒェン)」を連想させる。
これは「audio」の語源でもあるラテン語の「audi」と同じ意味。
ここに少年は目を付けた。
しかも「audi」の「au」は「金」のことでもあるから見栄えがいいし、ホルヒのファーストネーム「August」とも共通するので、ホルヒはこれをすっかり気に入ってしまったというわけ。
すごいじゃん、少年。ほんとにヨハン並みの天才ね。
「ホルヒ」や「アウディ」という名は「耳をすます」という意味…
これって、イエスの十字架を代わりに背負って歩いた「キレネのシモン」や…
イエスの筆頭弟子「シモン・ペトロ」の「シモン」と同じじゃないですか。
その通り。
「倒れた主の代わりに十字架を背負ったシモン」や「主のために礎の岩となり殉教したシモン・ペトロ」の「Simon」は「listen」という意味だったわね。
元々のヘブライ語では「主は耳を傾ける」という意味。
だからポール・サイモンは、こんな曲を書いた…
映画『ライフ・オブ・パイ』でも、虎からパイへのサインとして使われとったな。
そして『耳をすませば』や、その同時上映作『On Your Mark』でも…
うふふ。話が長くなっちゃいそう。
アウディの話に戻しましょ。
そうですね、すみません。
ホルヒのアウディ社は順調に成長を続けた。
しかし1929年、アメリカに端を発する世界恐慌の波が、ヨーロッパにも押し寄せる。
ドイツの自動車産業は壊滅的なダメージを受け、生き残りを賭けて業界再編成が行われた。
そして、ホルヒが作った2つの会社「ホルヒ社」と「アウディ社」は、中堅メーカーだった「DKW(デーカーヴェー)社」と「WANDERER(ヴァンダラー)社」と4社連合「Auto Union」を組むことになる。
こうして誕生したのが、互いにリンクする「4つの輪」だ。
あの「4つの輪」って「4社連合」という意味だったんですか?
『紅の豚』の「空賊連合」みたいよね(笑)
だけど、元々のアウディのロゴって、初めて見たかも…
あんなんだったんだ…
そう。アウディの元々のロゴは「三角形と1」…
「3つのものは1を表す」とも読める…
「三位一体」ってことですか?
『千と千尋の神隠し』の英語タイトルは『SPIRITED AWAY』…
まさに「天の父」が「聖霊(SPIRIT)」となってAWAYして「人の子」になったみたいよね…
あっ!
そういえば、ホルヒ自動車のロゴも…
なんだ、これ…
まるで「鳥居」じゃないですか…
だからアウディA4クアトロは…
千尋たちを鳥居のある場所へ導いたというわけだ…
なんということだ…
そして、釜爺がボイラーのエキスパート、凄腕のボイラー室長であることも…
アウディの「4つの輪」から来ている…
釜爺が凄腕ボイラー技士である理由もアウディ?
どういうことですか?
「4つの輪」の1つ「DKW(デーカーヴェー)社」だよ。
は? なんで?
「DKW」とは「Dampf Kraft Wagen」の頭文字…
つまり「Dampf Kraft 自動車」という意味だ。
Dampf Kraftさんが作った会社ってこと?
「Dampf Kraft」は人名ではない。
直訳すると「蒸気の力」、つまり「ボイラー」という意味。
えっ… どうして!?
DKW社は「蒸気自動車」つまりボイラーの力で動く車を作っていたメーカーなんだ。
まさに釜爺にピッタリだね。
どうなってるんですか、これは…
宮崎駿監督、凄すぎる…
驚くのはまだ早い。
「4つの輪」の最後の1つ「WANDERER(ヴァンダラー)社」の意味は、わかるかな?
WANDERER? これも知らない会社だなあ…
「Oh, WANDERER!WANDERER Ah!」じゃない?
何ですかそれ?
チェッカーズの『ワンダラー』よ。知らないの?
「嘘でお前を引き止めた 愛せば愛すほど ブタブタブタ」ってやつ。
ブタブタブタ?
「ブタブタブタ」じゃなくて「But But But」ね(笑)
「WANDERER社」と聞いてもほとんどの日本人はピンと来ないけど、当時のドイツで「WANDERER」といえば、お洒落で可愛い小型車のシリーズ「Puppchen(プップヒェン)」のことを指していた。
女性がひとりでも気軽にお出かけ出来る車として、絶大な人気を博したんだ。
プップヒェン?
「Puppchen」とは「お人形さんみたいに可愛い子」という意味。
「WANDERER社」は、それまで「男性が主役」というイメージが強かった自動車の世界に「可愛い女の子が主役」という新しい風を吹き込み、まさに旋風を巻き起こした。
それ、宮崎駿監督とジブリじゃないですか…
うふふ。これでわかったでしょ?
宮崎駿がアウディのエンブレム「4つの輪」をこれでもかとアップで映していたわけが(笑)
アウディは「三位一体」と「耳をすます」…
ホルヒは「鳥居」と「耳をすます」…
DKWは「蒸気の力」…
そしてWANDERERは「ひとりで歩く可愛い少女」…
まさに、目にうつるすべてのコトはメッセージだ…
そして「4つの輪」が重なる部分には「魚」がいる。
さかな?
ジーザス・フィッシュのことですよ。
ああっ!
『ライフ・オブ・パイ』と同じトリック…
『スリー・ビルボード』もそうじゃった。
まさかアウディのエンブレムでジーザス・フィッシュを表現するとは…
「してやったり」と満面の笑みを浮かべる宮崎駿監督の顔が目に浮かぶわ…
映画の冒頭シーンで「アウディA4クアトロ」があそこまでフューチャーされた意味が、ようやくわかりました…
あれは決して「お金絡み」なんかではない…
純粋なる芸術表現だったんだ…
その通り。
だから、千尋たちを乗せたアウディは「国道21号線」を走っていたんだよ。
チェッカーズの『WANDERER』じゃないけど「嘘でお前を引き止めた」だからね。
は? 何のことでしょうか?
ほら。標識に「国道21号線」って書いてあるでしょ?
ホントだ。あれって実際にある道路だったのね。
ところで国道21号線って、どこだったっけ?
そんなものはない。
え?
つづく
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