「ライフ・オブ・パイの中のスカボロー・フェア/詠唱 後篇」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
前回はコチラ
2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
いい歌よね『異邦人』って。
中学生の頃、久保田早紀みたいな大人の雰囲気の女性に憧れたなあ。
子供たちが空に向かい両手を広げていた…
その姿は昨日までの何も知らない私と同じ…
私はあなたにこの指が届くと信じてた…
古い石畳の街を市場へと向かう人の波…
歌のように聞こえる人々の祈りの声…
なぜか心の傷を埋めてくれる道…
そして、時間旅行…
これって、もしや…
はいはい。
言いたいことはわかるけど、今は『ライフ・オブ・パイ』と『スカボロー・フェア/詠唱』の話をしましょ。
あちこち話が飛んだら、いつまでたっても終わらない(笑)
あ、はい… そうでした…
じゃあ4番の深読みに行くわよ。
念のため、もう一度歌っておきましょうか?
そうね。そのほうがいいかも。
よろしく。
はい…
さて、4番。ここは「闘い」がテーマ。
Tell her to reap it in a sickle of leather
(War bellows, blazing in scarlet battalions)
Parsley, sage, rosemary and thyme
(Generals order their soldiers to kill)
And to gather it all in a bunch of heather
(And to fight for a cause they've long ago forgotten)
Then she'll be a true love of mine
まずは「皮の柄(え)のついた三日月形の鎌で刈り取れ」ですか。
『ライフ・オブ・パイ』に、そんな場面あったかな?
これって「ミーアキャットの島」のことじゃない?
トラのリチャード・パーカーが、ミーアキャットを「刈り取って」いたシーン。
え?
虎の牙や爪って「三日月状の鎌」みたいでしょ?
そして「皮の柄」がついている。
あ、たしかに…
ふふふ。すっかりパターンが読めてきたようね(笑)
War bellows, blazing in scarlet battalions
「咆哮と共に始まる殺戮、激しく燃える緋色の軍団」
これも再現されていたでしょ?
咆哮と共にミーアキャットの群れを殺し始めたリチャード・パーカーで。
でもミーアキャットは「緋色」ではありません。
赤じゃなくてキツネ色です。
ああいう毛の色を「赤毛」と呼ぶのよ。
アカギツネもそうでしょ?
あ、そうか…
Parsley, sage, rosemary and thyme
今度の「パセリ、セージ…」は「食べられる植物で出来た島」ね。
Generals order their soldiers to kill
「最高指揮官は配下の兵に殺戮の指令を出した」
これもわかるでしょ?
パイのことね。
漂流中にパイは、虎との「主従関係」を逆転させた。
圧倒的な存在だったリチャード・パーカーを手懐けて、自分が「主」になったのよね。
そしてパイはリチャード・パーカーの欲望を満たすために、ミーアキャットの虐殺を止めなかった。
止めるどころか、笑みを浮かべて見ていたわ…
そしてパイは「ミーアキャットの島」を出る時に、縄で海藻を束ねていました!
これは「それを集めてヘザーの束にする」の再現ですね。
And to gather it all in a bunch of heather
「ヘザー」とは、不毛な荒地に生い茂る植物のことを意味します。
あの島はまさに「不毛な大海原の中に生い茂った島」でしたから。
その通り。
それじゃあ、最後のこれもわかるでしょ?
And to fight for a cause they've long ago forgotten
「遠い昔に忘れ去られた原因のために格闘する」ですか…
わかった。あの島の秘密を知った時の「心の葛藤」よ。
あの島に留まれば、当分パイも虎も飢死の心配はなかった。
だけどパイは花の中から「人間の歯」を発見し、あの島が夜になると泉で生き物を溶かしてしまう「食人島」だということに気付いた…
「食料には困らなかったかもしれないが、あのまま島に留まれば、誰にも知られることなく忘れ去られていた」とパイは作家に語っていたわ。
4番も完璧に映画の中で再現されていたんですね。
まだ終わりじゃないよ。
4番は「二度」再現されるんだ。
え?
うふふ。さすがは深読み名探偵さん(笑)
その通りよ。4番は二度再現される。
Tell her to reap it in a sickle of leather
(War bellows, blazing in scarlet battalions)
Parsley, sage, rosemary and thyme
(Generals order their soldiers to kill)
And to gather it all in a bunch of heather
(And to fight for a cause they've long ago forgotten)
Then she'll be a true love of mine
どこで?
貨物船の食堂の中で。
ええ!?
パイの家族は父親以外が菜食主義者だった。
しかしフランス人のコックは、パイの母に対して肉料理を出す…
パイの母は「菜食主義者用の食事を」と頼むが、コックはそれを茶化して無視した。
パイの母は怒りに震えながら黙り込み、それを見たパイの父はコックと言い争いを始める。
パイ父「私の妻は菜食主義者だ!」
コック「このソーセージは菜食主義だった豚のレバーから作られている」
パイ父「面白い。だが妻はレバーを食べない!」
この「レバー問答」で、4番の最初のフレーズが再現されている。
Tell her to reap it in a sickle of leather
「liver を取り去れ」のダジャレですか…
「sickle(三日月形)」はソーセージの形…
「in a sick of liver」のダジャレでもあるわね。
「レバーにうんざりしている」だから(笑)
それでパイのママは、このシーンで「緋色の服」を着ていたのね。
納得(笑)
どうしてですか?
「怒号の中で戦いが始まる。緋色の服を着た vegetarian の怒りによって」よ。
War bellows, blazing in scarlet battalions
バタリアンとベジタリアン…
「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム」もバッチリね。
ソーセージの中には、これらのハーブが入れられる。
特にセージは重要。
ソーセージの語源は「sow(雌豚)」と「sage」の合成語だという俗説があるくらい、セージはソーセージ作りに欠かせないの。
そして「パセリ」は…
コックが「これでいいだろう」って、ふざけて出した…
そう。笑えるわよね(笑)
ちなみに、この俳優さん誰だか知ってる?
はい!フランスの超大物俳優ジェラール・ドパルデューです!
え? そうだったの?
1分あるかないか程度のシーンのために超大物俳優を起用したわけ?
あんなチョイ役の薄汚いコックなんて、別に名のある俳優じゃなくたって誰でもよかったのに…
そういうわけにはいかないわ。
アン・リー監督は完璧主義者だから…
どういうこと?
「Generals order their soldiers to kill」の再現のためだよ。
「General(ジェネラル)」と「Gérard(ジェラール)」のダジャレ。
ま…
それだけのために、あんなビッグネームを…
なんて人だ、アン・リー監督は…
だから二度目のアカデミー監督賞なのよ。
天才芸術家って、自分の表現したいことに対して、とことん妥協しないものなの。
次のフレーズの再現も見事ですよね。
And to gather it all in a bunch of heather
食堂シーンで「すべてをヘザーの束に集める」に該当する描写なんて、ありましたっけ?
これだよ。
完全アウェー状態だったパイの一家が、落ち込んで、うつむいてるところ?
in a bunch of heather(ヘザーの束)
じゃなくて
in a bunch of hazer(モヤモヤしたグループ)
なんだよ。
また駄洒落か!
だから最初に言ったじゃない。
『ライフ・オブ・パイ』は「ジョークと嘘」の物語だって。
パイの話は冗談が9割9分5厘6毛(笑)
では、このフレーズは?
And to fight for a cause they've long ago forgotten
これは「戒律問答」だね。
落ち込んでる一家を見て、ハッピー・ブッディストを自称する水夫がやって来た。
そして彼はこう語る。
水夫「僕も仏教徒だけど、肉汁がついた米を食べる。船上では肉汁は肉と見なさない。それは《肉の風味》に過ぎないんだ」
どういうことですか?
この物語における「ヒンドゥー教徒」とは「ユダヤ教徒」のことだった。
つまり「ベジタリアンのヒンドゥー教徒」とは「カシュルートを厳守するユダヤ教徒」を意味している。
カシュルートはコーシャやカシェルとも呼ばれる「食に関する戒律」で、正統派ユダヤ教徒が守るべき戒律とされている
じゃあハッピー・ブッディストは?
改革派のユダヤ教徒だね。
改革派?
ディアスポラで世界各地に散らばったユダヤ教徒は、次第に各地の風習に適応することが求められるようになった。
大昔に中東の地で作られた厳しい戒律を守り続けていると、その社会から浮いてしまい、自分たちへの偏見を助長してしまうことになってしまうからね。
だから彼らは独自の考え方を持つようになったんだ。
「今は《旅の途中》にあるのだから、戒律を柔軟に考えるべきではないのか?」と…
俗にいう「ピッツバーグ網領」です。
え? ピッツバーグ?
19世紀末、世界中から改革派のラビ(宗教指導者)がアメリカのピッツバーグに集まって、新時代のユダヤ教徒のあるべき姿を議論し、それを「ピッツバーグ網嶺」として採択したんだ。
そこでは、約束の地におけるユダヤ人国家建設よりも、神に与えられた《旅の試練》ディアスポラの大切さが謳われ、《旅先》の風習に馴染まない厳しい食物規定カシュルートは《絶対》ではない、ということが確認された。
なるほど…
あの「ハッピー・ブッディスト」というキャラの意味がイマイチわからなかったのですが、こういうことだったのですね…
そしてピッツバーグ網嶺では、こんなことも宣言された…
ユダヤ教から派生したキリスト教とイスラム教は《血を分けた家族》みたいなものだから、否定するのではなく「共存」しなければならない、と…
パイのスタンスですね…
よく出来てるでしょ?この映画。
なんか重い話だったから、歌でも歌ってリフレッシュしようかしら。
せっかくだから旅の歌でも…
よし。深代、歌いまーす!
じゃあ私も!
旅と言えば、やっぱりこれでしょう!
途中で分割される画面って十字架の形じゃない?
じゃない。
そうよね。あたしったら(笑)
まあ、とにかく…
『ライフ・オブ・パイ』の中には、ポール・サイモンの『スカボロー・フェア/詠唱』が再現されているということが、これでわかってもらえたと思う。
なにしろ原作小説でのパイのモデルは、ポール・サイモンだったわけだから。
だけどさ、岡江クン…
何?
ヤン・マーテルの原作小説では、中年になったパイが住んでいた場所は、カナダの「スカボロー」という町だったでしょ?
そうだよ。
それなら歌詞の再現ってわかるんだけど…
なぜ映画では「モントリオール」に変わっちゃったの?
モントリオールの中の「スカボロー」という地域じゃないんですか?
違うのよ。
さっき『異邦人』の文学ネタが出たついでに小説『ライフ・オブ・パイ』をググってみたんだけど、パイの住むところは「トロントの隣町スカボロー」なの。
トロントとモントリオールって、ぜんぜん違う場所じゃん。
トロントとスカボローはオンタリオ州、かたやモントリオールはケベック州。500km以上離れているのよ。
東京と大阪くらい別世界。
いいところに気がついたわね。
確かに映画『ライフ・オブ・パイ』では、物語の「舞台」が変更されている。
どうして?
これって大事なことじゃないの?
その通り。
大事だから、変更されたんだよ…
え?
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?