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シン・日曜美術館『深読み 夏目漱石の坊っちゃん』⑫


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1989年5月某日(日曜)午後
藪蔦屋 りうていの間


クリス君 ノーラン 浴衣

それでは、いよいよ第一章のラスト、坊っちゃんと清の別れのシーンだ…

出発の三日前、坊っちゃんは清が居候している甥の家を訪れた。

いきなり清は坊っちゃんに「いつ家をお持ちなさいます?」と聞く。

清の前のめり過ぎる質問に呆れた坊っちゃんは「おれは単簡に当分うちは持たない。田舎へ行くんだ」と答える。

清が露骨なまでに落ち込んだ仕草を見せたため、気の毒に思ってしまった坊っちゃんは、「行く事は行くがじき帰る。来年の夏休みにはきっと帰る」と言い、清を慰めようとした。

おかえもん 17歳 浴衣

坊っちゃんとしては「1年で帰るよ」と言えば清さんも安心すると思ったんだろうね。

しかし清さんにとっては、その1年さえも長過ぎた。

漱石は清さんが「それでも妙な顔をしている」と書いている。

我が子のように思い続けた坊っちゃんと、1年も離れて暮らすのは、清さんには無理なんだ…

クリス君 ノーラン 浴衣

重苦しい空気になったので、坊っちゃんは咄嗟に話題を変える。

問題の「土産」の話だ。

坊っちゃんは清に「何を見やげに買って来てやろう、何が欲しい」と尋ねた。

清は「越後の笹飴が食べたい」と即答する。

おかえもん 17歳 浴衣

なんか引っかかるな。

なぜ清さんは「越後の笹飴」と即答したんだろう?

「越後製菓!」じゃないんだから…

クリス君 ノーラン 浴衣

「越後の笹飴」は、夏目漱石にとって「命の食べ物・縁起物」だったらしい。

おかえもん 17歳 浴衣

どういうこと?

クリス君 ノーラン 浴衣

明治43年(1910年)に漱石は、修善寺で胃潰瘍の療養中に大量に血を吐き、重態に陥ってしまう。このとき治療にあたったのが医師の森成麟造(もりなりりんぞう)で、彼は故郷の越後高田(今の新潟県上越市)の名物で胃腸にやさしい「笹飴」を漱石に食べさせた。

この笹飴パワーによって漱石は奇跡的に回復し、その後も森成は故郷の越後高田から東京の漱石宅へ「越後の笹飴」を送り続けたという。

漱石だけでなく、漱石の子供たちも「越後の笹飴」が届くのを楽しみにしていたそうだ。

おかえもん 17歳 浴衣

だけど、漱石が「越後の笹飴」を初めて食べたのは「明治43年」だろう?

『坊っちゃん』が書かれたのは「明治39年」で、作中の時代は「明治28~29年」だぞ。

漱石も「越後の笹飴なんて聞いた事もない」と書いている。

おかしいじゃないか。

クリス君 ノーラン 浴衣

越後高田の老舗菓子「髙橋孫左衛門の笹飴」は、江戸時代の頃から上流階級やセレブの間では有名だったんだよ。

明治天皇も髙橋孫左衛門を贔屓にしていて、特に笹飴の水飴バージョン「粟飴」が大好物だった。

大正天皇や昭和天皇も幼少期から髙橋孫左衛門の「粟飴」を食べて育ったので、昭和天皇は病床で最期に「越後の水飴を」と所望したと言われている。

おかえもん 17歳 浴衣

そんなに有名だったんだ…

それなら清さんが名前を挙げるのもわかるな…

全然方向違いで、土産に頼むのは不適当だけど。

クリス君 ノーラン 浴衣

本当にそうかな?

おかえもん 17歳 浴衣

だって「四国」と「越後」じゃ方角が全く違うだろ?

坊っちゃんも「おれの行く田舎には笹飴はなさそうだ」と言っている。

だけど方向音痴な清さんが「そんなら、どっちの見当です」と質問し、坊っちゃんは「西の方だよ」と答え、さらに清さんは「箱根のさきですか手前ですか」と聞き返す。

坊っちゃんは清さんを「随分持てあました」と言ってたぞ。

クリス君 ノーラン 浴衣

「随分持てあました」なんて言ってるが、そうさせたのは自分だ。

すべては坊っちゃんの蒔いた種、自作自演だよ。

おかえもん 17歳 浴衣

え?

クリス君 ノーラン 浴衣

よく考えてみろ。

坊っちゃんは清に「行き先」を告げていないんだ。

「田舎へ行く」と言っただけで、一言も「四国へ行く」とは言っていないんだよ。

おかえもん 17歳 浴衣

あっ…

クリス君 ノーラン 浴衣

僕もずっと清は方向音痴だと思っていた。

しかし今回あらためて読んでみて、そうじゃないと気付いた。

坊っちゃんが行き先の地名を伏せているんだから、清に「適切な土産」がわかるはずがない。

というか、そもそも坊っちゃん自体が鎌倉から先に行ったことがなく、地図で調べるまで松山がどこにあるのか知らなかった。

「西の方だよ」と言われて「箱根の先か手前か」と聞いた清を笑えない。

おかえもん 17歳 浴衣

ああ、確かにそうだ…

坊っちゃんは清さんに行き先を言っていなかった…

そして「遠さ」の基準が「鎌倉」の坊っちゃんと「箱根」の清さんは、大して変わらない…

クリス君 ノーラン 浴衣

そういうことだ。そしてついに別れの時がやってくる。

清は朝から坊っちゃんの下宿に来て、いろいろと世話を焼いた。

途中で買ってきた「歯磨き」と「楊子」と「手拭い」を、坊っちゃんのズックの革鞄に無理矢理入れようとする。

おかえもん 17歳 浴衣

ズックの革鞄(かわかばん)?

クリス君 ノーラン 浴衣

金田一耕助や寅さんやメーテルが持っていたような大型のカバンのことだろう?

銀河鉄道999 メーテル 3

おかえもん 17歳 浴衣

「ズックの革鞄」なんてものは有り得ない…

「牛の馬車」と同じくらい有り得ない…

漱石ともあろう人が、日本語的に矛盾しているアイテムを登場させるとは…

「ズック」というのは「革」ではなく、綿や麻の平織りの厚布のことだ…

『3年B組 金八先生』の生徒たちが使っていたカバンのような、ああいう素材のことを言う…

クリス君 ノーラン 浴衣

そんなことは些細な問題だ。誰も気になんかするもんか。

担当編集者の高浜虚子だってスルーしたんだからな。

おかえもん 17歳 浴衣

まあ確かにそうだけど…

クリス君 ノーラン 浴衣

頼むから感動のシーンに水を差さないでくれ。

ここからいいところなんだから。

おかえもん 17歳 浴衣

すまん。

クリス君 ノーラン 浴衣

神田の下宿から二人は人力車で新橋の駅に向かった。

汽車に乗り込む坊っちゃんを、清はひとりプラットフォームから見つめる。

そして震えるような小さな声で「もうお別れになるかも知れません。随分ご機嫌よう」と言った。

その目に涙を浮かべながら。

そんな清を見て坊っちゃんは、こんなふうに思う…

おれは泣かなかった。しかしもう少しで泣くところであった。汽車がよっぽど動き出してから、もう大丈夫だろうと思って、窓から首を出して、振り向いたら、やっぱり立っていた。何だか大変小さく見えた。

おかえもん 17歳 浴衣

なんだか泣ける場面だよね。

ようやく坊っちゃんが人間らしい感情を見せた。

クリス君 ノーラン 浴衣

だよな。

母の死にも、父の死にも、兄との今生の別れにも、まるで他人事のようだった坊っちゃんが、初めて涙をこぼしそうになる。

おそらく、清と離れるということを現実として実感したことによって、坊っちゃんの中で何かが変わったのだろう…

おかえもん 17歳 浴衣

別れも愛のひとつ…

さらば少年の日、だな…

クリス君 ノーラン 浴衣

バイロンか?

おかえもん 17歳 浴衣

いや、ぎんがて…

ん?

クリス君 ノーラン 浴衣

どうした?

おかえもん 17歳 浴衣 汗

今… 掛け軸のマドンナ像の目が…

うなずいていたよ…

クリス君 ノーラン 浴衣

あのマドンナの目が、うなずいていた?

奥原晴湖 梅窓佳人図 マドンナ せいこ

おかえもん 17歳 浴衣 汗

うん、確かに今…

クリス君 ノーラン 浴衣

何言ってるんだ?

そんなのは幻覚や妄想じゃなかったのか?

アニメの見過ぎだと君は笑っただろう?

おかえもん 17歳 浴衣 汗

そうだけど… でも…

クリス君 ノーラン 浴衣

考え過ぎて知恵熱でも出たんじゃないのか?

少し外の風にあたって来たらいい。

ついでに、おせいさんのところへ行って、スキヤキの〆うどんを催促してきてくれ。

すぐに持ってくると言いながら、ちっとも来やしない。

おかえもん 17歳 浴衣 汗

うん… わかった…




廊下


千と千尋の神隠し 宴会


おかえもん 17歳 浴衣 汗

相変わらず賑わってるなあ…

それにしても おせいさんは、どこにいるんだろう…

あれ?上に行く階段もあったんだ…

ここの建物は何階まであるんだろう…

ん?

千と千尋の神隠し 坊 3

おかえもん 17歳 浴衣 汗

えっ?

千と千尋の神隠し 坊 4

おかえもん 17歳 浴衣 汗

ヒイ…







おかえもん 17歳 浴衣 夢

どうしても行くのか…

きまた 木俣先生 浴衣 夢

私は時の流れの中を旅してきた女…

でも、昔の体に戻るために…

おかえもん 17歳 浴衣 夢

じゃあ、やっぱり日向の延岡へ…

きまた 木俣先生 浴衣 夢

・・・・・・

おかえもん 17歳 浴衣 夢

俺、待ってるよ…

きまた 木俣先生 浴衣 夢

・・・・・・

おかえもん 17歳 浴衣 夢

もう、会えないのか?

きまた 木俣先生 浴衣 夢

いつか私が帰って来て、あなたのそばにいても…

あなたは私に気が付かないでしょうね…

おかえもん 17歳 浴衣 夢

・・・・・・

きまた 木俣先生 浴衣 夢

・・・・・・


おかえもん 17歳 浴衣 きまた 夢

!?


ジリリリリリリリリ…


おかえもん 17歳 浴衣 夢

・・・・・・

きまた 木俣先生 浴衣 夢

私は、あなたの思い出の中にだけいる女…

私は、あなたの少年の日の中にいた、青春の幻影…


ボオーーーーーー
シュッシュ…シュッシュ…


おかえもん 17歳 浴衣 夢

木又せんせーーーーっ!

きまた 木俣先生 浴衣 夢

岡江クン…


シュッシュ…シュッシュ…シュシュシュシュシュシュ…


おかえもん 17歳 浴衣 夢

木又先生! 木又せんせーーーーっ!

きまた 木俣先生 浴衣 夢

・・・・・・


シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュ…
ガタンガタン…ガタンガタン…


おかえもん 17歳 浴衣 夢

木又せんせーーーーーーーーっ!


田辺聖子 清

今、万感の思いを込めて汽車が行くぞな、もし。

おかえもん 17歳 浴衣 汗

えっ?

クリス君 ノーラン 浴衣

ふゥ。やっと正気に戻ったか。

おかえもん 17歳 浴衣 汗

あれ? 僕は…

田辺聖子 清

階段にしがみついて、ずっと寝言を言うてたぞな、もし。

「きまたセンセー、きまたセンセー」と。

おかえもん 17歳 浴衣 汗 赤面

・・・・・・

クリス君 ノーラン 浴衣

あの寝言から察するに、大方『銀河鉄道999』のエンディングの夢でも見ていたのだろう。

君が鉄郎で、ミス・キマタがメーテルか。

さきほど植え付けられた坊っちゃんと清のイメージが脳内で増殖したのだな(笑)

おかえもん 17歳 浴衣 汗 赤面

・・・・・・

クリス君 ノーラン 浴衣

さてと、部屋に戻るとするか。

おせいさんが饂飩を持ってきてくれたぞ。

おかえもん 17歳 浴衣 汗

クリス君… 僕、見たよ…

クリス君 ノーラン 浴衣

見た? 夢をか?

おかえもん 17歳 浴衣 汗

そうじゃない…

全裸に前掛けをしているベイビーフェイスの巨大な座敷童を…

クリス君 ノーラン 浴衣

君も見たのか?

何色だった?近藤か?沖田か?

おかえもん 17歳 浴衣 汗

赤い前掛け… トシちゃんだ…

田辺聖子 清

・・・・・・

おかえもん 17歳 浴衣 汗

おせいさん… 僕、はっきりと見ました…

彼の赤い前掛けに描かれている文字は…

田辺聖子 清

・・・・・・

おかえもん 17歳 浴衣 汗

「土方」ではなく「坊」ですね…

田辺聖子 清

・・・・・・

クリス君 ノーラン 浴衣

坊? 坊トシちゃんがフルネーム?

おかえもん 17歳 浴衣 汗

ああ、間違いない。

クリス君 ノーラン 浴衣

なんだそれは? どういう意味なんだ?

おかえもん 17歳 浴衣 汗

そこまではわからない。だけど確かにそう書いてあった。

おせいさん、そうですよね?

田辺聖子 清

あんれまあ、わてとしたことが、すっかり忘れとったぞな、もし…

漱石の間のお客さんから酒を早く持ってこいと言われてたぞな、もし…

それでは失礼をば…

おかえもん 17歳 浴衣 汗

ま、待って下さい、おせいさん…

ああ… 行ってしまった…

クリス君 ノーラン 浴衣

前掛けの文字がわかったんだから、とりあえずは良しとしようじゃないか。

さあ、スキヤキの〆うどんだ。

腹が減っては戦が出来ぬ。まだまだ『坊っちゃん』の第一章が終わったばかり、先は長いぞ!

おかえもん 17歳 浴衣 汗

うん…


つづく





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