![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/24957822/rectangle_large_type_2_05328ebb5f791e1edb2173eba0fde172.jpg?width=1200)
第150話 ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ⑲「THINK TOO MUCH (a)」Ⅳ~『深読み ライフ・オブ・パイ&読みたいことを、書けばいい。』
前回はコチラ
1983年xx月xx日
狭山丘陵 坂本博士の屋敷
さて岡江君。
君の部屋は中二階に用意した。荷物を持って、ついてきたまえ。
こちらだ…
はい…
以前はうちにも住み込みの使用人や家政婦がいてね…
彼らが使っていた部屋なんだが、幼い君には十分すぎる広さだと思う。
僕… 自分の部屋なんてもったことないから…
ちょっとドキドキします…
そうか。さあ、ここだ。
今日からここが君の部屋になる。
うわあ… ベッドも、机も、ギターも…
ここが僕の部屋… 僕だけの部屋…
1ヶ月後
屋敷の庭の樹上
バッチリ…
ここからなら中二階の岡江ッチの部屋が丸見え…
ちょうどいいところに登りやすい木が生えててよかったわ。
日頃の行いの賜物です。
だけど1983年ってホント楽しいわね。
街も人も浮かれまくってて、まさにバブル前夜って感じ。
みんなの服装も髪型も喋り方もテレビ番組も超ウケる。
また日曜には原宿行こ。竹の子族 見たい。
ええ。いいですよ。
それにしてもヒロくん、よく気付いたわよねYOUに…
アタシ全然わからなかった。
ギバちゃんも見かけましたよ。哀川翔と歩いてました。
うっそ~!写真一緒に撮りたかった!
なんで教えてくれなかったのよ!
だって歴史を変えてしまったら大変でしょう…
「一世風靡に入ってくれ」とスカウトされたらどうするんですか。
それは… 困るわね…
芸能界デビューしてトレンディ俳優になっちゃったら、アタシ…
未来に帰れなくなっちゃう…
じゃあ今度は、 こっそり教えて。横目でチラッと見るから。
わかりました。
ところでヒロくん…
なんでしょう?
なんで裸に革ジャン1枚なの?
それが… 何か問題でも?
だって変でしょ。お尻丸出しで。
色も色だし、どう見ても…
ターミネーターのコスプレをしてる、くまのプーさん(笑)
ほっといてください。
そういえば…
前に言ってた「プランB」って、いつなの?
岡江ッチが深読み探偵になることを阻止できる次のタイミングって。
今度の満月の夜です。二週間後。
満月の夜? 何が起こるの?
コンコン
(ノックする音)
「岡江クン、入ってもいい?」
あ、はい。どうぞ。
ごめんね、こんな夜遅く。
いえ、いいんです佳世美さん…
全然眠れなくて、起きてましたから…
それはちょうどよかった。
ところで、どう? もうここの暮らしには慣れた?
はい。でも…
父のことでしょ?(笑)
・・・・・
まだ相手が12歳だってのに、容赦ないんだから…
古今東西の探偵小説にはじまり、世界の文化・神話・宗教・哲学・古典文学、そして言語、特にラテン語とギリシャ語とヘブライ語…
あと、音楽もです…
まさか深読み探偵にあそこまで音楽の素養が必要だとは…
父の持論なの。
事象と心象が交わるところに生まれるもの、それが音楽…
だから音楽は深読みの原点(笑)
坂本博士の言ってることは、僕にはまだ… 難しくて…
大丈夫。16年間一緒に暮らしてるあたしにも理解不能だから。
よくついていってると思う。だから自信もって(笑)
はい…
だけど、どうして博士は…
佳世美さんと深代さんに深読みを教えないのでしょう?
血も受け継いでるし、僕なんかより、絶対に才能あると思うんですが…
初めて会った日に聞いたでしょ?
「女に深読みは不要だ!深読みは女を不幸にする!」
これも父の持論(笑)
なぜ女の人は深読みをすると不幸に?
知らない。いくら聞いても理由を教えてくれないの。
たぶん適当に言ってるだけなのよ。
本当は娘じゃなくて、息子が欲しかったから…
息子を…
あ~あ…
あたしも男に生まれればよかった…
佳世実さん…
ところでさ…
岡江クンにちょっとお願いがあるんだけど…
お願い?
どうしても弾きたい曲があって、いま練習してるんだけどね…
どんな感じか、岡江クンに聴いてもらいたくて…
客観的な意見が聞きたいの。
あ、はい。僕でよければ…
それじゃあギター借りるね。
岡江クンも知ってる曲だと思う。最近よくCMで流れてるから…
・・・・・
どうだった? まだここまでなんだけど…
す、すっごく… よかったです…
そう? そう言ってもらえると嬉しいな。
もっと練習しよっと。
せっかくだから、ちょっとアレンジも加えてみようかしら…
もっとアンニュイな感じに…
・・・・・
夜遅くにありがとね、岡江クン。
それじゃ、おやすみ~♡
お、おやすみ… なさい…
ええーーーっ!?
つ、つ、次の満月の夜に…
お、お、岡江ッチと佳世実ちゃんが…
キ、キ、キスするの!?
しっ!声が大きい!
だってビックリの展開じゃん…
だけど、なぜその日が…
深読み探偵の誕生阻止に?
二人のキス現場を…
坂本博士に目撃させるのです…
は?
大切な娘に手を出された坂本博士は…
「この恩知らずが!」と激怒し…
岡江君をこの屋敷から追放するでしょう…
そうすれば、未来に深読み探偵 岡江門は…
存在しなくなる…
マジで…?
岡江ッチの淡い初恋をズタズタにするってわけ?
まあ、結果としてはそうなります…
しかしこれは仕方のないこと…
危険な芽は、早く摘み取っておかなければ…
ソンナコトハサセナイ…
はい?今何か言いましたか?
あたしの目の黒いうちは…
そんなこと絶対に許さないんだから…
残念ながら、もう手遅れです…
そのためにわたしは様々な準備を行いました…
だから、すでに歴史は…
そういう流れになっているんですよ…
あとはその瞬間を待つだけ…
そんなのわかんないじゃん。
未来に絶対はないわ…
ん? どこへ行かれるのです?
バイバイ、ヒロくん…
今からアタシたちは敵同士だから…
日曜の原宿デートも、とうぶん無理…
ごめんね…
え? 敵同士?
三日後
・・・・・(絶句)
それでは紹介しよう。
今日からうちで働いてもらうことになった、沢…
沢尻エリカと申します。どうぞよろしく。
こちらこそ、よろしくお願いします。
えーと、佳世実お嬢様?
あたしは深代(笑)
佳世実ちゃんは、目の下に「ほくろ」があるの。
佳世実です。よろしくエリカさん。
よろしくお願いします。
で、こちらが…
岡江 門です。どうぞよろしく…
そうそう。もん坊ちゃまでしたね。
困ったことがあったら、この沢尻に、何でもお申しつけください。
はい…
だけどお父様、なぜ急に住み込みのお手伝いさんを?
お前たちも来年からはセント・オーガスティンの高等部…
部活も忙しくなるだろうし、海外短期留学も予定されている…
岡江君の深読みレッスンも、来年からはもっとハードになるだろう…
そうなると私の身の回りの世話をする人間がどうしても必要だ。
ちょうどいいタイミングで紹介があったので、彼女を雇うことに決めた。
なるほどね。
あたしたち居なくなったら、岡江クンだけじゃ大変だもんね(笑)
沢尻君の部屋は、中二階…
岡江君の部屋の隣に、もう一部屋、使用人部屋がある。
そこに今日から寝泊まりしてもらう。
はい、旦那様…
あ、あのバカ…
いったい何を考えてるんだ…
2019年9月19日
スナックふかよみ
中二階で… チュウ…?
♫だ~れかさんと~ だ~れかさんが~ 中二階~♫
♫こっそりチュウした、い~じゃないか~♫
え?
考え過ぎじゃ。ポール・サイモンの話じゃぞ。
ふぉっふぉっふぉ。
・・・・・
(今、あの女… 一瞬だけ表情を変えた… なぜだ?)
で、2番のトリックって何なの?
ポール・サイモンの「初めての口づけ」って?
早く教えて、岡江クン!
あ、うん… わかった…
それでは解説しよう…
その前に、もう一度『考え過ぎかな(a)』を聴いておきましょう。
歌詞はこちらです…
この歌は、当時12才だったポール・サイモンが、13才になる直前に起きた出来事を歌ったもの。
ポールは8月13日生まれだから、おそらく7月から8月初旬あたり、夏休み期間中の出来事だろう。
「12才の夏」というのは、『ライフ・オブ・パイ』の「高原シーン」における主人公パイの年齢設定と、まったく一緒ですね。
その通り。
実は、あの高原シーンは、この歌が元ネタになっているんだ。
ポール・サイモンは1番でこう歌ったよね。
「中二階で聖オーガスティンから来た少女と神の話をした」
これが『ライフ・オブ・パイ』では、
「高原のカトリック教会で神父とキリストの話をした」
になった。
なるほど…
そういえば1番で説明されたポールの性格も、パイそっくりだわ…
僕の子供時代は幸いにも短いものだった
疑い深い性格に育ち
何事も考え過ぎるようになっていた
パイは「3つの宗教を同時に信じる方法」を、こう語っていた…
3フロアある館だと思えばいい。1フロアに1つの宗教。混乱しないコツは、それぞれを疑うこと…
信仰を生きたものにするには「疑い」が重要なんだと…
2番の冒頭も高原シーンにピッタリですね。
Have you ever experienced a period of grace
When your brain just takes a seat behind your face
今まで君は神の愛を感じた経験はある?
君の頭の中に、まさに脳が腰かけている感じ
「頭の中に陣取る脳」とは「神」のことで…
『アダムの創造』ミケランジェロ
神父から「父である神によって殺される子キリスト」の話を聴いたパイは、そのことが頭の中から離れなくなってしまいました…
そうだったね。
そして『ライフ・オブ・パイ』を書いたヤン・マーテルと、映画を監督したアン・リーは、あの謎めいた歌詞もきちんと再現した。
You take out your money
And walk down the road
お金を手にしたら
この道を歩いて行こう
もうわかったよね?
「2ルピーやるから、あの教会まで行って聖水を飲んでこい」(笑)
そして次の歌詞は…
That leads me to the girl I love
The girl I'm always thinking of
この道は僕を愛するあの子へと導く
いつも僕が夢中だったあの女の子
「僕」が夢中だった「女の子」とは、初恋の相手アーナンディであると同時に…
出会えたことを神に感謝していた「キリスト」のことですね。
その通りだ。
そして2番の後半も見事に再現されている。
But maybe I think too much
And I ought to just hold her
Stop trying to mold her
Maybe blindfold her
And take her away
たぶん僕は考え過ぎ
彼女を捕まえればいいことなんだ
彼女を思い通りにしようとするな
溶かして鋳型に入れて鋳造するな
目隠しをして連れ去っちゃうだけのこと
あの島のことだわ…
「mold」とは「溶かしたものを鋳型に入れて鋳造する」という意味…
まさに、泉の中で生き物を溶かして「歯の実」をつける、あの島のこと…
うまい… うますぎる…
愛する存在を、型にはめようとしては、いけない…
自分の思い通りの形にしようとしては、いけない…
・・・・・
「彼女を溶かして鋳型に入れて鋳造するな」は…
ポール・サイモンの、ちょとしたジョーク…
そうでしょ? 深読み探偵さん(笑)
え、ええ…
この歌の中でポール・サイモンは、最も肝心な事実「口づけをしたこと」に触れていない…
わざと伏せたわけですね…
そして、彼女のことを「イエス・キリスト」に喩えることで、「口づけ」が導き出されるという仕組みにした…
だからポール・サイモンは「彼女を鋳型に入れて鋳造してはいけない」と歌ったんです…
キリスト教における「偶像」の問題は、長年、議論されてきましたからね…
ちょっと待って…
彼女が「イエス・キリスト」だとしたら…
口づけをしたポール・サイモンは…
ユダだよね。
十二使徒の元メンバー、イスカリオテのユダ。
この歌の中でポール・サイモンは、自分のことをユダに喩えているんだ。
あっ…
「お金を手にしたら、道を歩いて行こう」は…
ユダはイエスを売った代金をずっと手にしていた…
最後の晩餐の間も手に持っていたし...
イエスから「しようとしていることを、今すぐするがよい」と言われて夜道を急いだ時も、お金の入った袋を手に握りしめていた…
『最後の晩餐』より
レオナルド・ダ・ヴィンチ
だから「彼女を hold すればいい」とか「目隠しをして連れ去る」とか、ちょっと物騒な言い回しだったんですね…
あの口づけは、イエスの逮捕・連行につながるものから…
『ユダの接吻』
ジョット・ディ・ボンドーネ
なるほど。すっかり腑に落ちたわ。
「彼女と口づけした事実」を隠すために、こんな「THINK TOO MUCH」な歌詞になったというわけね…
そういうこと。
だけどさ…
たかがキスしたことくらいで、大袈裟じゃない?
え?
別に隠さなくてもいいと思うんだけど…
そうよね、岡江クン?
あ… うん… そうだよね…
それとも、すっごく特別な人だったのかしら、ポール・サイモンにとって彼女は。
あの歌詞の雰囲気からすると、ちょっとお姉さんって感じがするけど…
年上の女子にドキドキしちゃう年頃なのかな、十二、三歳の男子は(笑)
そ、そうかも… しれないね…
そういえば…
岡江クンがうちに来たのも、それくらいの頃だったわよね。
ほら、父に一目惚れされちゃって(笑)
あ… そうだね…
た、たぶん… それくらいだったかな…
・・・・・
少年にとって、ちょっと年上のおねーさんは永遠の憧れ…
オトナになっても、心の中にしまっておきたい特別な存在じゃ…
そうじゃな、男子諸君。
異議なし。
おとなもこどもも、おねーさん大好き。
そ、そうです… よね…
(どうした岡江君? こんな当たり前のことに、なぜそこまで動揺する?)
♫だ~れかさんと~ だ~れかさんが~ 中二階~♫
♫こっそりチュウした、い~じゃないか~♫
・・・・・
・・・・・
(まただ… この空気… あの老人が何かを言うと… なぜ?)
ふぉーっふぉっふぉ。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?