シン・日曜美術館『夏目漱石の坊っちゃん』⑪
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1989年5月某日(日曜)午後
藪蔦屋 りうていの間
次に語られるのは、母親の死後6年目の出来事だ。
まず正月に父親が卒中で急死する。
母親が亡くなった時と同様に、漱石は坊っちゃんに父親の死を追悼するようなことを一切させなかった。
「おやじが卒中で亡くなった」の一言で終わりだ。
4月に坊っちゃんは私立の中学を卒業し、6月には兄が商業学校を卒業する。
おそらく官立の東京商業学校、今の一橋大学のことだろう。
兄は「何とか会社」に就職が決まり、いきなり九州の支店へ配属されることになった。
そして家長である兄は独断で家を金満家に売却し、家財も二束三文で道具屋に売ってしまう。
これに関して下女の清(きよ)さんは「坊っちゃんがもう少し年をとっていれば相続できたのに」と悔しがった。
しかし坊っちゃんは「年は関係ないだろう」と心の中で突っ込む。
第二次世界大戦以前の日本における相続は原則的に長男のみだから、清の言ってることは世迷言、完全に間違っている。
家長の長男を差し置いて次男が家を相続するなんてことは無いからな。
坊っちゃんがツッコミを入れたのも当然だ。
だけどなぜ漱石は、こんな誰でも間違いだとわかるようなことを、わざわざ清さんに言わせたんだろうね?
清さんに一般常識がないことをアピールするため?
いくら一般常識がなくても、この時代の人間なら「長子相続」くらいは知ってるだろう。
そうだよね…
それに下女や家政婦というのは古今東西「お家の事情通」と決まっている。
一日の仕事が終わると近所の甘味処で他家の奉公人とドロドロとした噂話に花を咲かせるものだ。
樹木希林が演じる金田さんも、そうだった。
「かねださん」ではなく、かね「た」さん、だ。
あっ、そうだった…
クリス君は『ムー一族』も知ってるの?
もちろんだ。劇中歌の回文ソング、日吉ミミの『世迷い言』は最高だよな。
♬よ~のな~か ばかなのよ~♬
まさかイギリス人の口から「世の中バカなのよ(よのなかばかなのよ)」の駄洒落を聞くとは…
君のオタクぶりは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
ははは。
イギリスにはマニアックな番組ばかりを放送するチャンネルがあるんだ。たとえば日本のTVドラマやアニメなんかをね。
『ルパン三世』や『西遊記』なんて、その筋ではかなり有名だぞ。
なるほど。サイトー先輩の影響だけじゃなかったのか。
では『坊っちゃん』に戻ろう。
家が無くなった坊っちゃんは、神田の小川町にある下宿屋の四畳半の部屋に引っ越し、下女の清は、裁判所の書記をしている甥の世話になった。
そして坊っちゃんの兄は、九州へ出発する前に、坊っちゃんへ600円を渡す。
今の価値にすると、だいたい600万円~1000万円くらいかな。
ちなみに兄との別れのシーンは素っ気ないもので、「新橋の停車場で分れたぎり兄にはその後一遍も逢わない」と綴られるだけだ。
両親を失った坊っちゃんにとって兄は残された唯一の肉親なのに、この兄に対して何の感情も抱いていない。
というか、坊っちゃんは清さん以外の人に対して、まったく関心がないと言っていい。
これは普通じゃないよな。ここまでくるとギャグとしか思えない。
異常なまでの「乳母コン」だ。
次に坊っちゃんは600円の使い道を考える。
何か商売でも始めようかと思案するけど、兄のように高等学校を出てないから人に威張れないと、諦めてしまう。
かと言って進学するにも、坊っちゃんは学問が肌に合わなかった。
こんな愚痴を口にしていたね。
ことに語学とか文学とか云うものは真平ご免だ。新体詩などと来ては二十行あるうちで一行も分らない。
これを書いている漱石は語学も文学も一流だったのに、えらい違いだな。
しかも坊っちゃんは「新体詩」が全くわからないという。
深い教養が必要な「漢詩」が「わからない」ならわかるが、易しい現代語で書かれた「新体詩」が「わからない」とはどういうことだ?
これは日本語がわからないと言っているに等しいぞ(笑)
ちょっとふざけてるよね。
結局坊っちゃんは、たまたま通りかかった物理学校、現在の東京理科大学に入り、落第することなく三年後の6月に卒業する。
そして校長に突然呼ばれ、「四国辺のある中学校で数学の教師が入る。月給は四十円だが、行ってはどうだ」という提案をされた。
ちなみに「四国辺」というのは元々「中国辺」だったらしいぞ。
初稿から第二稿の間で物語のメイン舞台が変更されたそうだ。
え? そうなの?
最初から「四国・松山」じゃなかったんだ…
でも、どうしてだろう? 夏目漱石が英語教師をしていたのは松山でしょ?
謎だよな。
しかしまあガセという可能性もある。物書きという人種は、人を煙に巻くのが趣味だから。
だけど宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』という例もある…
『銀河鉄道の夜』の最終稿では、不思議な出来事はすべて主人公ジョバンニの見た夢だったけど…
初稿から第三稿までは、すべてはブルカニロ博士による夢の実験だった…
ブルカニロ博士はヤバいよな。
「私はこんな静かな場所で、遠くから私の考えを人に伝える実験をしたいと考えていた」だからな。
そして「お前は夢の中で決心したとおり、まっすぐに進んで行くがいい」とジョバンニに諭す。
サラッと書いてあるが、かなりSFやオカルトの世界だ。
なんか『坊っちゃん』っぽい気もする。
清さんは自分の考えを坊っちゃんの脳内に植え付け、坊っちゃんも自分の考えを遠く離れた清さんの脳内に直接伝えられると真顔で言っていた。
そして清さんは坊っちゃんのことを「あなたは真っ直ぐでよいご気性だ」と褒めた。
『銀河鉄道の夜』といい『春と修羅』といい「天麩羅蕎麦と三ツ矢サイダー」といい、やっぱり賢治は漱石を意識していたのかなあ…
子供の頃のあだ名が「石コ賢さん」だからな。「石」つながりで親近感があったのかもしれん。
それに賢治が生まれたのは1896年、つまり「明治29年」だ。
明治29年? それがどうしたの?
明治29年は、漱石が3月まで四国松山で英語教師をして、4月から九州熊本の高等学校へ転勤した年だよ。
つまり「九州への赴任」がキーワードになっている『坊っちゃん』は、明治29年春までの松山時代と、明治29年春以降の熊本時代の体験をミックスしたものということ…
愛媛県尋常中学校教師の漱石
明治29年(1896年)3月
ええっ!?
宮沢賢治は漱石が「坊っちゃん」だった時代に生まれたってこと?
偶然とはいえ、面白いよな。
僕が賢治の立場なら、『坊っちゃん』を意識せずにはいられない。
ますますホントっぽくなってきたなあ…
『春と修羅』の「四十雀とターナーの緑」は、やはり『坊っちゃん』の「ターナー島の松」こと「四十島の松」なんだろうか…
ここまで来れば間違いないだろう。
さて、校長から四国での数学教師の職を紹介された坊っちゃんは、いつもの通りあまり深く考えずに「行きましょう」と答えてしまう。
そして後から地図で調べてみて、自分が大変な場所に行かされることを知る。
坊っちゃんは東京から外に出たことがほとんどなく、鎌倉までしか行ったことがなかった。
だから地図で松山の場所を見て驚いた。
「松山」とは書いてなかったけどな。
というか作中に一度も「松山」なんて言葉は出て来ない。
そうだったっけ?
ああ。間違いない。「松山」も「愛媛」も「伊予」も、一度も出て来ない。
だから初稿は「中国辺の中学校」だったのかもしれないな。
だけど「温泉」や「蜜柑」が出て来るだろ?
温泉と蜜柑と言えば、どう考えても「愛媛・伊予」の「松山」なんだから、別に伏せる必要はないのになあ。
あの「ぞな、もし」の「方言」だってそうだし。
その方言も、最初は滅茶苦茶なものだったらしい。
文芸誌『ほとゝぎす(ホトトギス)』を正岡子規から継いだ松山出身の俳人で、精神を病んでいた漱石に治療の一環として小説を書かせた高浜虚子が「正しい伊予弁」にすべて直している。
高浜虚子
1874年(明治7)- 1959年(昭和34)
俳句「更級や 姨捨山の 月ぞこれ」を詠んだ人だね。
彼は漱石の恩人だったのか。
そういえば高浜虚子の「虚子(きょし)」って、本名の「清(きよし)」をもじったものだったよな。
坊っちゃんにとって恩人ともいえる「清(きよ)さん」と同じ名前だ。
その通り。
そして漱石が松山時代の明治28年の暮れに見合いし、明治29年の熊本赴任後に結婚した妻「鏡子(きょうこ)」とも同じと言える。
「境子」の本名は「キヨ」だからな。
境子(キヨ)と夏目漱石(金之助)
なるほど…
漱石が小説家としてやっていけるかどうかわからない時期を支えてくれた2人の名前が、どちらも「きよ」さんか…
これは興味深いな…
だけど「松山・愛媛・伊予」の文字を伏せた理由は?
何か出せない事情があったんだろう。よくはわからんが。
坊っちゃんは歯に衣を着せない正直者という設定で、ストレートな物言いというか、ほとんど毒舌のレベルだったから、さすがに悪いと思って明言を避けたのかなあ。
大方そんなところだろう。
「大方(おおかた)」といえば…
どうして「土方」は「ひじかた」と読むんだろう?
は?
「坊っちゃんセット」を待ってる時に君は「十回クイズ」を僕に出しただろう?
肝心の「ひじ」を「かた」と間違えてさ。
うむ。あれは忘れてくれ。
なぜ「土方」と書いて「ひじかた」と読むのかなと、ふと思って。
「どかた」が今は差別用語だからじゃないのか?
『坊っちゃん』にも使われる「下女」や「小遣い」みたいに。
そんなわけないだろ。
昔も今も「土方歳三」は「ひじかたとしぞう」だ。
というか「土方」の読みなど、どうでもいいだろう。
『坊っちゃん』には何の関係も…
ん?
どうした?
あれは…「土方」だったような…
あれって何が?
僕が見たベイビーフェイスの座敷わらし「トシちゃん」だよ…
赤い前掛けに「土方」と書かれていたような…
土方? おせいさんは「漢字一文字」って言ってなかった?
そうだったな… では僕の記憶違いか…
「ひじかた」のことは、もう忘れよう。
そんなことよりも『坊っちゃん』第一章のラストだ。
就職が決まった坊っちゃんは、清さんの居候する甥御さんの家を訪問する。
風邪をひいて寝込んでいた清さんは、坊っちゃんを見ると途端に元気を出し、甥御さんに坊っちゃんの自慢話を始めた。
目の前でそんなことをされて坊っちゃんは居たたまれなくなる。
将来は皇居のそばの豪勢なお屋敷に住んで宮勤めをするなんていう「未来像」を馬鹿の一つ覚えのように繰り返すのだから、そりゃあ恥ずかしいだろう。
坊っちゃんは学問がからっきし苦手で、ようやく田舎の教師になれた程度なのに。
「贔屓の引き倒し」とは、まさに清のことだ。
そんな清さんのことを坊っちゃんはこんなふうに言う。
自分とおれの関係を封建時代の主従のように考えていた。自分の主人なら甥のためにも主人に相違ないと合点したものらしい。
これも有り得ないだろう。
「自分の主人なら甥のためにも主人に相違ない」なんて考える人は、どう考えても頭がオカシイ。
漱石は自分の過去に重ねていたんじゃないだろうか。
夏目家は複雑な家庭で、漱石も子供の頃、ヤスの家に養子に出されていた。
ヤス?「やすひこ」か?
それは『ポートピア連続殺人事件』の真犯人。
ちなみに、あのゲームの名言「犯人はヤス」の意味を知ってるか?
意味? 犯人はヤスってことだろう?
バカだな。それじゃあ何のヒネリもないじゃないか。
「まの やすひこ」のニックネーム「ヤス」というのは、「犯人」の「けものへん」を取った形「㔾人」の変形なんだぞ。
ほら、こんなふうに…
なるほど…
確かに「㔾人」は「ヤス」だ…
ハハハ。君はこんな初歩的なトリックに気付かなかったのか?
僕はゲームが始まってすぐ、彼が自己紹介をするところで気付いたぞ。
「まの やすひこ」なのに、わざわざ片仮名で「ヤス」と書かれていたからな。
すごいな… 僕はまんまと最後まで騙されたよ…
さて、話を戻そう。
幼い頃に漱石が養子に出された「ヤスの家」とは、夏目家で下女をしていた女性「ヤス」の嫁ぎ先のことだ。
ちなみにヤスの夫である塩原昌之助も、元々は夏目家に親類同然の存在として世話になっていた人物。
漱石は夏目家の下女と親類同然の人の養子になったのか?
そうなんだよ。
だから「自分の主人なら甥のためにも主人に相違ない」は成立するというわけさ。
それでは、いよいよ第一章のラスト、坊っちゃんと清の別れのシーンだ…
つづく
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