シン・日曜美術館「深読み プリンス⑥ SMALL CHANGE(Tom Traubert's Blues)」
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1989年5月某日(日曜)午後
藪蔦屋 りうていの間
TOM WAITS (トム・ウェイツ)のアルバム『SMALL CHANGE(スモール・チェンジ)』と…
PRINCE(プリンス)のアルバム『PURPLE RAIN(パープル・レイン)』…
この2つのジャケット写真を、よーく見比べてみるんだ…
何か気付くことがあるだろう?
ん?
そういえば、どちらも左側に「もたれかかった女」がいて、右側に「座った男」がいるな。
トム・ウェイツは椅子にまたがって後ろの台に座り、プリンスはバイクにまたがって座っている。
しかも左側へ傾けたバイクを左足で支えているプリンスは、反対側の右足を地面につけていないので、おそらくトム・ウェイツの右足の形と同じようになっているはず。
こんなふうに。
そういえば、あの椅子とバイクの前輪も似てるかも…
白っぽい色の脚に、水色の支え…
そして極めつけは、バイクに描かれた「マーク」だ。
まさに『SMALL CHANGE』ジャケ写のトム・ウェイツそのもの。
あれは男を表すシンボル「♂」と、女を表すシンボル「♀」が一体になったマーク…
「雌雄同体」とか、男女の区別がない「ユニセックス」という意味だよな…
なぜそれが、あのジャケ写のトム・ウェイツそのものなんだ?
無言の圧をかけてくるストリップ嬢の前で、いたたまれない顔をしているトム・ウェイツは、どう見ても100%男だろう?
やれやれ。まだ気が付かないのか。
それでは「もたれかかった女」の共通点は?
『SMALL CHANGE』の女は、下腹部だけ隠して、胸を大胆に露出していている…
『PURPLE RAIN』の女も、よく見たら、かなり胸を露出している…
それだけじゃないよな?
どちらも、もたれかかっている背後が「赤っぽい枠」になっている。
確かにそうだな…
特に『SMALL CHANGE』の方は、鏡の上枠が赤く目立つ感じだ…
そして『SMALL CHANGE』の女は、「右手首」にだけブレスレットのような「飾り」が巻かれている。
なぜ「右手首だけ」って言い切れるんだ?
見えていないだけで左手首にも付いてるかもしれないだろう?
実は別のショットに左手首が映っている。
飾りが巻かれているのは「右手首」だけだ。
ホントだ…
だけどそれがどうしたって言うんだ?
右手首にだけ飾りが巻かれてることに、いったい何の意味があるというんだよ?
そして、この別ショットを見ると、化粧台の上に「大きなポスター」が貼られているのが見える。
あんな高い場所に貼る意味があるかな?
何が言いたいんだクリス君?
ここまで言っても、まだわからないとはな…
これのことだよ。
「右手首だけに付けられた飾り」と「化粧台の上に貼られた大きなポスター」の正体は。
こ、これは…
カール・ブロッホの「磔刑図」。
『SMALL CHANGE』のジャケット写真は、これを模したものなのさ。
『The Crucifixion』
Carl Heinrich Bloch
下腹部の下着以外は裸のイエス・キリストを表現するためにストリッパーを…
嘘だろ…
でも、確かに似てる気もする…
カール・ブロッホの絵の左端で「折りたたまれた亜麻布」を持っているのは誰かわかるか?
あれは、エルサレムの議院の長ニコデモだ…
『ヨハネによる福音書』によるとニコデモは、イエスの遺体を包むための亜麻布と、遺体を清めて腐敗を防止させるための没薬と沈香を持ってゴルゴダの丘に現れた…
堀辰雄『風立ちぬ』では「サナトリウムの院長」として登場していたよな…
だからトム・ウェイツは、同じく画面左端に「地位の高い男の写真」を立てかけ、その前に「紙の束」と「香水瓶」を置いた。
あれはニコデモが持ってきた「折りたたまれた亜麻布」と「没薬と沈香」だな。
しかも、ご丁寧に「はしご」のようなものまで置かれている。
なんてこった… 確かにあれは「はしご」だ…
もう、そうとしか思えない…
ここまでくれば、あのジャケ写のトム・ウェイツが「誰」なのかわかったよな?
画面左端で、崩れた石垣みたいなところに座り込んでいる人物…
ショックのあまり立ち上がれなくなった「イエスに最も愛された弟子」…
福音記者ヨハネ…
だからプリンスは「♂♀が混在するマーク」を付けたんだよ。
プリンスは『SMALL CHANGE』ジャケ写のトム・ウェイツが使徒ヨハネであることを見抜いたから。
僕の言ってる意味、わかるよな?
使徒ヨハネは男性なのに…
女性のように描かれることもある…
『ゲツセマネの祈り』ジョルジョ・ヴァザーリ
『最後の晩餐』レオナルド・ダ・ヴィンチ
そういうこと。
カール・ブロッホの『磔刑図』からトム・ウェイツの『Small Change』が生まれ、そこからプリンスの『Purple Rain』が生まれた。
信じられない…
これで『Tom Traubert's Blues』の副題が「Four Sheets to the Wind in Copenhagen」であることの意味もわかっただろう。
なぜトム・ウェイツは慣用句「Three Sheets to the Wind」を「Four Sheets to the Wind」と言い換えたのかな?
カール・ブロッホの絵の中で「sheets to the wind」つまり「足腰が立たなくなっている」のは「three」ではなく「four」…
聖母マリア、マグダラのマリア、ヨハネ、そして十字架で息絶えたイエスの4人だから…
もう間違いないだろう。
トム・ウェイツは1976年の6月、コペンハーゲン滞在中にカール・ブロッホの絵を見た。
コペンハーゲン郊外にあるフレデリクスボー城のMuseum of National History(国立歴史美術館)を訪れて。
そして、自身の4枚目のアルバム『Small Change』のジャケット写真のアイデアを思いつき、名曲『Tom Traubert's Blues (Four Sheets to the Wind in Copenhagen)』を書いたんだ…
Carl Heinrich Bloch(1834-1890)
それじゃあ本当にあの歌も、プリンスの『PURPLE RAIN』や『SOMETIMES IT SNOWS IN APRIL』と同じく、カール・ブロッホの絵を題材にしたものなのか?
歌詞をよく考えてみればわかること。
トム・ウェイツが何を言っているのか注意深く聴くんだ。
1番の前半は、こう歌われている…
いきなり「そのまんま」じゃないか…
Wasted and wounded,
it ain't what the moon did,
I've got what I paid for now
傷つき、力尽きた
それは月のせいじゃない
俺は今、代償を払ったところなんだ
この意味わかるか?
イエスが十字架に掛けられたのは「過越(すぎこし)の日」であるニサンの月13日もしくは14日、春分の後に来る最初の満月の日だった…
この日「旧約の民」は生贄の子羊を屠り、神の罰を過ぎ越すために門や玄関の柱と鴨居に子羊の血を塗る…
しかし「新約」では、神の子であるイエス・キリストが「贖いの子羊」となり、失楽園の際にアダムとイヴに科せられた原罪をたった一人で背負うことによって、人類を救うための「代償」を払った…
つまり、ここでの「俺」は、十字架上のイエス…
その通り。だからこう続くんだ。
See ya tomorrow
Hey Frank, can I borrow
a couple of bucks from you
また明日会おうぜ
おいフランク、俺に2ドル貸してくれないか
ん? なぜここで「俺」は2ドル借りるんだ?
しかも「フランク」って誰だよ?
そんなの決まってるだろう。
「フランク」はイエスの磔刑に立ち会った人物、カール・ブロッホの「磔刑図」に描かれている人物だ。
じゃあ使徒ヨハネか?
だけど、そもそも「See you tomorrow」じゃないよな。
会うのは「明後日」だ。
やれやれ。トム・ウェイツは「see you tomorrow」とは言っていない。
「see ya tomorrow」つまり「see you a tomorrow」と言っているんだ。
「a tomorrow」とは「すぐ近い将来」だから「二三日後に会おう」ということ。
なるほど。それなら合ってるな。
だけどフランクに2ドル貸してくれと頼む意味が分からない。
なぜ十字架上のイエスが、最も愛した弟子ヨハネにそんなこと言うんだ?
なぜ「フランク」を「男」と決めつける?
は?「フランク」は男だろう。
フランク・シナトラもフランク永井も男だぞ。
「フランク」は「女」だ。
ああ、なるほど。
君が言わんとしてることはわかった。「イワン」だけに。
多くの絵の中でヨハネは「女」でもあるもんな。
そうじゃない。
トム・ウェイツは「Frank」と「Can I」をつなげて「フランキャーナイ」と歌っているんだ。
「フランク」とは言っていないんだよ。
だから何なんだ?
つまり「フランク」ではなく「フランキー」ということ。
フランキー?
「フランキー」は「フランク」の愛称なんだから男に決まってるだろう?
フランキー堺もフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドも男だ。
じゃあ、ジャズのスタンダードナンバーにもなっている、エルビス・プレスリーの映画で有名な『Frankie and Johnny』の「フランキー」は?
あれ?
この「フランキー」は女だな…
「フランキー」という愛称は、男性名「フランク」だけでなく、女性名「フランシス/フランセス(Frances)」の愛称としても使われる。
あの『Frankie and Johnny』という歌は、夫の浮気に嫉妬した「Frankie Baker」という女性が、夫を殺してしまった1899年の事件を歌にしたものだ。
実際の事件を歌にしたものなのか…
それにしても当人が生存中に実名で歌にするなんて…
昔は歌が新聞やラジオの代わりだったんだよ。
しかも、夫を殺害した女の歌は『Frankie and Johnny』だけではない。
1831年のクリスマスに夫を殺害し、アメリカで初めて死刑になった女性とも言われる「Frankie Silver」の歌もある。
世間を騒がせた「フランキー」という名の女性の歌が2つもあるなんて、ちょっと縁起悪いよな…
だからかつてアメリカでは「フランキー」が「罪深い女」の代名詞のようになってしまった。
トム・ウェイツは、これを踏まえて「フランキー」と言っているんだ。
フランキーは罪深い女?
もしかして「マグダラのマリア」のことか?
カール・ブロッホの絵で、イエスの足元にもたれかかるように描かれている「罪の女」マリヤ・マグダレナ…
そういうことだ。
だから「俺」は「フランキー」に「borrow a couple of bucks from you」と言ったんだよ。
スラングで「2ドル」のことを指す「a couple of bucks」とは、本来「一組になった二体のオスの動物」という意味…
「俺」が「ニ三日後に会おう」と言った「マグダラのマリア」と「一組になった二体のオスの動物」といえば?
空になったイエスの墓の中を覗き込んだマグダラのマリアに話しかけて来た、2人組の天使…
そして最後の「bucks from you」は、同じ「バック」の「back from you」に掛けてある。
復活したイエスはマグダラのマリアの背後から現れた。
つまり1番の歌詞を要約すると、こうなるってことか?
「俺は精魂尽きた。俺がこうなったのは満月(ニサンの月の過越の日)のせいではない。俺は人間の原罪に対する代償、贖いの子羊なのだ。ニ三日後には戻って来る、2人組の天使と共に、罪深い女の背後から」
その通り。完璧だ。
そしてあのサビが歌われる。
オーストラリアの国民的愛唱歌『Waltzing Matilda(ワルチング・マチルダ)』のサビの部分が…
つづく
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