第335話 深読み『千と千尋の神隠し』vol.34「銀河鉄道の夜⑰時計塔の秘密 前篇」
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
嘘でしょ… 何なのよ、いったい…
これで宮沢賢治がフラ・アンジェリコの『受胎告知』から『銀河鉄道の夜』を着想したことが理解してもらえたと思う。
では次に、これを宮崎駿がどう再現したかを解説しよう。
『銀河鉄道の夜』の第四幕「ケンタウル祭の夜」に登場する「時計屋」が、どのように『千と千尋の神隠し』の「時計台」になったのか…
あの「時計台」には、いったいどんな仕掛けが施されているのか…
そういえば、あの建物の外観…
行きと帰りで少し違ってましたね…
そして内部は、大きく違っていた。
そうそう。
最初にトンネルを抜けて来た時は、時計塔の中が「待合室」みたいになっていたわ。
だけど帰りの時は何も無かった。
奇妙なトンネルを抜けて千尋が入って来たのは、3つある出入口の「左側」から。
これは重要なことじゃったな。
なぜなら…
あの「待合室」の元ネタが、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の第三幕に出て来る「母が待つ家」だったから…
そしてその「母が待つ家」の元ネタは、フラ・アンジェリコ『受胎告知』の「マリアの家」…
大天使ガブリエルは、室内にいるマリアの側から見て、3つの出入口の一番左側から中に入って来た…
その通りです。
部屋の奥の壁の高い所にある小さな窓まで再現されていました。
『受胎告知』フラ・アンジェリコ
ジョバンニの家は「小さな家」なのにもかかわらず、なぜか出入口が3つもあった…
しかも3つの出入口が横に並んでいるという意味不明の造り…
そして、外から見た時、一番左側の出入口には、さまざまな植物が植えられていた…
これらはすべて、フラ・アンジェリコ『受胎告知』に描かれる「マリアの家」の特徴…
絵の手前にある2つの空いたスペースは「2つの窓」に喩えておったな。
それを開けることで、家の中の様子が見えるようになるという仕組みじゃ。
つまり『千と千尋の神隠し』で「行き」には存在した「待合室」が「帰り」に消えていたのは…
『銀河鉄道の夜』で「行き」には描かれた「母の待つ家」が「帰り」には描かれていなかったから…
そこまでして『銀河鉄道の夜』を…
だけど、それだけのために、あんな時計塔を?
他にも「秘密」があるのよ、あの時計塔には…
何だかわかる?
秘密? そういえば、あの時計塔…
「砲塔」がついてたわ…
宝塔?
宝塔じゃなくて「砲塔」よ。
軍艦とかについてる、こうゆうやつ。
は? 何言ってるんですか?
だって、屋根の左右に…
ほら。
あれ? ホントだ…
いったい何のために?
本気で聞いとるのか?
敵機を迎撃するために決まっとるじゃろ。
迎撃?
きっと、あの時計塔はマクロスなのよ…
マクロス?
普段は時計塔なんだけど、戦いの大一番では変形するのよ…
こんなふうに…
何ですか、これは?
知らないの?
これは『超時空要塞マクロス』の宇宙要塞よ。
普段は空母の形をしてるんだけど、戦闘モードになると人型に変形して敵機を迎撃するってわけ。
あたし、高校生の時に、めっちゃハマった(笑)
文代さんもマクロス観てたのね。さすが同世代。
部屋にロイ・フォッカーのでっかいポスター貼ってた(笑)
やっぱり。うちの妹もそうだった。
ロイ・フォッカーみたいな金髪に憧れて本当に金髪にしちゃって、パパにすっごく怒られたわ。
うふふ。わかる、その気持ち(笑)
何の話をしてるんですか…
あの時計塔が戦闘空母のわけないでしょう。
迎撃だとか変形だとか、ふざけるのもいい加減にしてください。
別にふざけてるわけじゃないわ。
ただ屋根についてる飾りが「砲塔」に見えるって言っただけ。
しかし、よく似ている…
というか、もうそうとしか思えない…
ジョーまで何を言うんですか…
じゃあ、あれは何なの?
うーん… 何だろう…
きっと昔の建物には、ああいうのがついてたんですよ…
ほら、あなたもわかんないんじゃん。
そんなことよりも、注目すべきは「時計の文字盤」ですよ。
文字盤?
尖塔の四方に付いている時計を見てください…
明らかにオカシイでしょう…
何この時計?
片方は13時まであるじゃん…
しかも、どちらの時計も「3時」と「9時」の位置が逆になってます…
ホントだ!どういうこと?
1つは「12時間」の時計で、もう1つは「13時間」の時計…
そしてどちらも「3時」と「9時」が入れ替わっている…
いったい何のために…
宮崎駿は何を伝えようとしてこんなことを…
Hayao Miyazaki(1941- )
これは祟りじゃ!駿翁の呪いじゃ!
斧琴菊(よきこときく)のメッセージじゃ!
また『犬神家の一族』ですか?
「犬神」とは「DOGGOD」!
上から読んでも下から読んでも「DOGGOD」じゃ!
は? もののけ姫?
『犬神家の一族』の「斧琴菊」のトリックは、「佐清(すけきよ)」を逆さの「清佐(よきけす)」にするものだった…
おそらく横溝正史は、気付いていたのね…
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が「受胎告知」、つまり「良きこと聞く」を元ネタにしたものであり…
「ジョバンニ」という名が「ヨハネ」であると同時に、「涅槃の如し」を逆さにした「如槃涅(ジョバンニ)」であることに…
それと時計塔の文字盤の謎が、どう関係あるのですか?
「良きこと聞く」が鍵ってことよ。
あの時計塔の内部は「受胎告知」の「マリアの家」を再現したものだった。
それなら、塔についてる時計も「受胎告知」に関係しているはず…
確かにそうですね。
そもそも時計とは、時刻を知らせるもの、つまり「告知」ですし。
そう。時計とは「告知」するもの。
『銀河鉄道の夜』の「時計屋」でも「あること」が「告知」されてたわね。
何だったか覚えてる?
時計屋で?
えーと… なんでしたっけ?
『銀河鉄道の夜』の「本当の季節」でしょ。
もう忘れちゃったの?
たった15分前に話したばかりなのに(笑)
ジョバンニが時計屋を覗いた時…
「星座盤」に表示されていた夜空は、夏や秋ではなく「春」のもの…
3月25日に合わせられていた…
その通りです。
賢治は劇中でジョバンニに「もう秋だねえ」などと言わせてますが、それはすべて偽装工作…
その証拠に、時計屋の店頭に飾られていた星座盤は、夏でも秋でもなく「春」の夜空だった…
あの日は「3月25日」つまり「受胎告知日」だったんですね…
最初は「天の川」が見えない状態だったので、ジョバンニはダイアルを回して「天の川」を登場させる…
あの一連の流れは、フラ・アンジェリコの2枚の『受胎告知』のことを指していた…
「天の川」が見えないバージョンと、見えるバージョンを…
完璧すぎるトリックよね(笑)
賢治は、マリアが座る椅子の模様を「時計」に見立てたのじゃ…
時計がたくさんあるから「時計屋」と…
『BACK TO THE FUTURE(バック・トゥ・ザ・フューチャー)』の冒頭シーンと同じトリックですね…
「実験の成功」を告げるマシーンについてた無数の時計は、受胎告知の「マリアの椅子の模様」が投影されたもの…
ちなみに『千と千尋の神隠し』の「時計塔」の針の位置は、『BTTF』の「時計塔」の針の位置とクリソツ!
こ、これは偶然でしょ?
作画スタッフが適当に時刻を描いただけよ、きっと…
どうかな…
「神は細部に宿る」と言うよね…
宮崎駿監督のことだから『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の元ネタがフラ・アンジェリコの『受胎告知』であることくらい見抜いていたはず…
炎と光の帯の上を走る、扉がカモメの翼型のデロリアン!
元ネタは、光の帯の上を走る、姿形がカモメ型の聖霊!
文字盤の謎は?
なぜ「12時」までの時計と「13時」までの時計があって…
なぜ「3時」と「9時」が入れ替わっていたのでしょう…
うふふ。深読み探偵の助手だなんて、聞いて笑わせる…
そんなんじゃ絶対に宮崎駿が仕掛けたトリックを見破れない(笑)
そ、そんな…
いったいどういうことなのでしょうか?
『千と千尋の神隠し』を見た多くの人は…
あの塔についてるものを「時計」だと決めつけてしまった…
えっ!? 時計ではないのですか?
そもそも一周が「13時間」になっている時計なんて、あるかな?
そ、そんなものは…
ないです…
だよね。
つまりあれは「時刻」を表すものではない。
時刻を表すものではない?
しかし時計の他にも、一周のサイクルが「13」のものなどは…
本当に「ない」かな?
えっ…
なぜ宮崎駿は、一周が「12」のものと「13」のものを、並べて描いたのかしら…
目に映るすべてのコトはメッセージでしょ?
そこに何か意味があると思わない?
一周が「12」のものと「13」のものが並んでいることに意味がある…
何だろう?
では、大ヒントをあげよう。
あの「時計」は「3」と「9」の位置が入れ替わっている。
『銀河鉄道の夜』や『千と千尋の神隠し』でも、「3」が「9」にすり替えられていたよね?
3が9に?
あっ!
どちらも「3月」が「9月」にすり替えられていたわ!
本当は「受胎告知」を再現してる話なのに、夏の終わりや秋の初め頃に季節が偽装されていた…
その通り。
あの文字盤の数字は「time(時刻)」ではなく「month(月)」を表していたんだよ。
『銀河鉄道の夜』も『千と千尋の神隠し』も、物語の中で「大切なもの」がすり替わっていた。
本当は「3月」の話なのに、あたかも「9月」のように描かれていたんだね。
あの奇妙な文字盤は、それを暗に伝えるためにあったんだ。
しかし月のサイクルも「12」です。13月なんてものは…
「ある」んだよ。旧暦にはね。
旧暦?
旧暦には、1年が12ヵ月の年と、13ヵ月の年があるのよ。
そうなんですか!?
今の若い子は知らないのね。
いわゆる「閏月(うるうづき)」ってやつ。
太陰暦である旧暦は、一年が二十四節気のサイクルになっていて、地球の公転周期よりも約11日短い…
だから3年に一度「閏月」があって、その年は13ヵ月になるの。
日本では明治時代にグレゴリウス暦が導入されたけど、今でも伝統的な風習や行事などは旧暦に沿って行われることが少なくない…
だけどなぜ宮崎駿は時計塔で「旧暦」を伝えようとしたの?
『銀河鉄道の夜』にも『受胎告知』にも「旧暦」は関係なくない?
それが関係なくないんだな。
宮崎駿は『銀河鉄道の夜』の中に「旧暦のキモ」が隠されていたことに気付いていた。
旧暦のキモ?
二十四節季の基軸となる「春分・夏至・秋分・冬至」のことだよ。
中国神話『書経』の「堯典」には、神のような統治者として「堯(ぎょう)」という帝が登場する。
この伝説の帝 堯が、中国に初めて暦をもたらしたという…
日中 星鳥 以殷仲春
日永 星火 以正仲夏
宵中 星虚 以殷仲秋
日短 星昴 以正仲冬
なんて言ってるの?
昼と夜が同じ長さで「鳥」の星が空に見えたら「春分」とせよ…
日が長く「火」の星が空に見えたら「夏至」とせよ…
夜と昼が同じ長さで「虚」の星が見えたら「秋分」とせよ…
日が短く「昴」の星が見えたら「冬至」とせよ…
鳥、火、虚、昴? 何それ?
ふ、深代ママ…
これは『銀河鉄道の夜』ですよ…
は?
「鳥の星が空に見えたら」とは、天空を飛んでいた「渡り鳥」のこと…
「火の星が空に見えたら」とは、天空で燃えていた「サソリ」のこと…
「虚の星が空に見えたら」とは、天空の暗闇「石炭袋」のこと…
「昴の星が空に見えたら」とは、天空の乙女たち「プレアデス」のこと…
あっ…
旧暦は今でも宗教行事には欠かせない暦じゃ。
宮沢賢治は「キリスト教・仏教・神道」の共存・融合を図った。
『銀河鉄道の夜』は、とんでもなく重層的な作品じゃ…
なんてこった…
そして、あの時計塔は…
ヨーロッパの「旧暦」も表している…
ヨーロッパの旧暦?
グレゴリウス暦の前に使われていたユリウス暦のことですか?
その通り。
ユリウス暦が使われていた17世紀頃まで、ヨーロッパのほとんどの地域では、1年の始まりの日を「3月25日」としていた。
3月25日? それって「受胎告知日」じゃないですか!
そう。「受胎告知日」が1年の始まり「新春」だったんだ。
1月1日は?
それは数字の並び上「最初の日」になるだけで、人々にとって特別でも何でもない日だった。
そもそも人類は太古の昔から「春」を1年の始まりとしていたからね。
この「ずれ」は、今もその形跡を残している。
本来「1月」だった月が2ヵ月ズレて「3月」になってしまったので…
「第7の月」という意味の「September」が「9月」に…
「第8の月」という意味の月「October」が「10月」に…
「第9の月」という意味の月「November」が「11月」に…
そして「第10の月」という意味の月「December」が「12月」になってしまったんだ。
1・2・3月が春で、4・5・6月が夏で、7・8・9月が秋で、10・11・12月が冬だった旧暦の季節が、新暦になって2ヵ月ズレてしまった日本と似てますね。
だけど知らなかった…
「受胎告知日」である「3月25日」が1年の始まり「新春」だったなんて…
だから湯婆婆は「回春」という字を指していたのよ。
「回春」とは「季節が一周し、新しい春が廻ってくる」という意味だから。
『銀河鉄道の夜』で再現されていた「3月25日」は…
『千と千尋の神隠し』に大きな影響を与えたのですね…
まだまだこんなもんじゃない。
『千と千尋の神隠し』における「3月25日」の影響は、とてつもないものだ。
あの「屋根の砲塔」も、そうだからね…
え? 砲塔?
あれは冗談じゃなくて、本当に「マクロス」なんだ。
は?
ちょ…
言い出しっぺのあたしが言うのも何だけど、さすがにそれは無いでしょ…
嘘みたいだけど、本当なのよ。
宮崎駿は「時計塔」で「マクロス」を表現したの。
文代さんまで…
そんなの絶対にありえないって…
アリエール!
いったい、これは…
では、解説しましょう。
『千と千尋の神隠し』と「受胎告知日3月25日」に隠された、重大な秘密を…
つづく
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