「パイの正体はポール・サイモン」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
ポール・サイモン?
そう。
パイの正体は、ポール・サイモン。
ちょ、ちょっと待ってください…
あまりに唐突すぎて、意味がわかりません…
パイが子供の頃「ピシン」と呼ばれていたのは…
「pissin'(おしっこ)」じゃなくて「PSin」だったのよ。
「Paul Simon」の略ね。
まさかァ(笑)
深代ママさん…
今こそアレを使う時ですよ…
滝川クリステルっぽくお願いします…
そうね! えいっ!
こ・じ・つ・け(微笑)
残念だけど、これは決して「こじつけ」なんかじゃない…
文代さんの言うことは本当だ…
パイの正体は「ポール・サイモン」なんだよ…
きょ、教官まで…
信じられないのも無理ないかもね。
ヤン・マーテルの原作小説を読めば、すぐにわかることなんだけど。
原作を? どういうこと?
映画『ライフ・オブ・パイ』は冒頭は、カナダの自宅でパイが作家に「自分の物語」を語っている場面から始まるんだけど…
小説『ライフ・オブ・パイ』では、最初に作家が「パイの印象」を語るんだ。
こんなふうにね…
He lives in Scarborough. He’s a small, slim man—no more than five foot five. Dark hair, dark eyes. Hair greying at the temples. Can’t be older than forty. Pleasing coffee-coloured complexion. Mild fall weather, yet puts on abig winter parka with fur-lined hood for the walk to the diner. Expressive face. Speaks quickly, hands flitting about. No small talk. He launches forth.
彼はスカボローに住んでいる。背が低くて痩せた男。160cmあるかないか。黒い瞳と黒い髪。こめかみには薄っすらと白髪。40手前くらい。珈琲色の肌は健康的に見える。まだ温暖な秋の季節だというのに、顔をすっぽり包むファーがついた冬用のパーカーを着こんで夕食に出かける。表情に富んだ顔。よく動く口。軽やかに動き回る手。余計な話はしない。彼はすぐ本題に入る。
まさか「スカボローに住んでいる」ってだけでポール・サイモンとか?
身長もピッタリだ。
160cm あるかないか?
ポール・サイモンって、そんなに背が低いの?
157cm のオノ・ヨーコと、ほぼ同じ。
あら、まあ…
「こめかみに薄っすらと白髪」も完璧よね。
まだ温かい秋なのに大きなファーがついたフード付きの冬用パーカーを着る…というのは?
ポール・サイモンは寒がりなのですか?
そうだよ。
ほらね…
なにこれ!?
あれって、名盤『Paul Simon』のジャケット写真のこと言ってたの?
その通り。
だから物語には全く関係のない「大きなファーがフードに付いている冬用パーカー」なんてものを、わざわざ持ち出したんだ。
このアルバム、あたし大好き。
ポール・サイモンが、すっごく楽しそうなの。
『Me and Julio Down by the Schoolyard(僕とフリオと校庭で)』なんて、元野球少年だった彼が子供みたいにはしゃいでる(笑)
ん? あの帽子…
ねえ、これはいったいどういうことなの?
どうもこうもも何も、そういうことよ。
パイはポール・サイモンなの。
物語の随所に「ポール・サイモン」ネタが散りばめられていて、彼の代表曲の歌詞がたくさん落とし込まれている。
動物園シーンで指摘した『AT THE ZOO』みたいにね。
あの…
さっきのミュージックビデオでポール・サイモンが被っていた帽子って…
だけど映画版のパイは全然ポール・サイモンっぽくないわ。
ファーのついた冬用パーカーも着ていなかった。
だって、冬でもないのに主人公がそんなの着てたら、誰から見ても超不自然でしょ?
文字なら読者もそこまで注意して読まないし、読み進んで行くうちに忘れちゃう。
普通の人は、そんな細かいところまで考えながら読まないものだから。
でも映像だと、そうはいかないわよね。姿が映った瞬間に違和感を与えてしまう。。
だから映画版では外見を変えて普通の服装にしたのよ。
でも、背も低くない。
低いどころか、中年パイを演じていたイルファーン・カーンは、身長183cmよ。
185cmある作家役のレイフ・スポールよりはちょっと小さいけど、ほとんど変わらないわ。
ふふふ。
さすがにポール・サイモンそっくりな役者を使うわけにはいかないでしょ?
この物語のキモは「ユダヤ人をインド人に偽装して描いている」ということなんだから。
確かにそうだけど…
だから映画版では「映画ならではの手法」を使って、パイがポール・サイモンであることを表現したんだ。
映画ならではの手法?
例えば、さっきの「散歩に向かうパイと作家」の画では…
身長183cmのパイ役イルファーン・カーンのほうが、身長185cmの作家役レイフ・スポールよりも大きく見えるようになっている…
これって、このジャケ写の再現になっているだよね…
ああっ!
名盤『Sounds of Silence(サウンズ・オブ・サイレンス)』のジャケ写!
約20cmの差がある「サイモン&ガーファンクル」と違って、「パイ&作家」の二人は 2cm しか身長が変わらない。
二人が並んで歩くと、背丈がほぼ一緒になってしまう。
だからアン・リー監督は、こんな「トリック・ショット」も用意したの。
パイが作家に比べて「かなり小さく」見えるようにね(笑)
細かい!
まだまだあるよ。
パイと作家が水辺のベンチに座るシーン。
この元ネタは、このジャケ写だね…
サイモン&ガーファンクルに、こんなジャケットのアルバムあったかしら?
名盤『グレイテスト・ヒッツ』の裏ジャケ写真だよ。
ああ!ホントだ!
最近デジタル・ダウンロードばかりで、アルバムの裏ジャケを見ることってほとんどなくなっちゃったから、気がつかなかったわ…
そして、この日のパイは、白いシャツの上にベージュ色のジャケットを着ていた。
まさか、これも…?
これは『Greatest Hits, Etc.』のジャケ写のポール・サイモンと同じ。
ちょっとマニアックなアルバムだけど(笑)
だからパイはカメラ目線で、あんな視線を投げかけたのね…
怖すぎる…
しかもこれは中年パイの登場シーンだけではない。
回想シーンの中でも、こんなふうにポール・サイモンのネタが随所に散りばめられているんだ。
例えば、パイの小学校時代の回想シーン。
体の小さいパイ少年は、体格のいい男の子からイジメられていた。
校庭でサッカーをしていた時も「No Pissin' in the schoolyard!(校庭でピシンするな!)」と言われて突き飛ばされていたよね…
うふふ。あの体の大きなイジメっ子の名前は「フリオ」よ。
なんでわかるの?
だって、あの子は「不良」でしょ?
『僕と不良(フリオ)と校庭で』(笑)
やられた…
他にもあるよ。例えば、彼女との別れのシーン…
二人の逢引きの場所である橋桁の下には、渦巻く荒々しい海があった…
名曲『Bridge over Troubled Water(明日に架ける橋)』!
そして彼女はパイの手首に赤い糸を巻く。
揺れる水面を背景にして…
これですね。
若き日の名曲が集められた『The Paul Simon Songbook(ポール・サイモン・ソングブック)』のジャケ写…
あの「手に持つ人形」と「赤い文字」が「赤い糸」に置き換わったんだわ…
なんてことなの…
すごいよね、アン・リー監督は。
小説版では文章として仕込まれていたネタを、見事に映像で再現してみせた。
この『ライフ・オブ・パイ』で二度目のアカデミー監督賞を取ったのも納得だ。
あの… 帽子のことなんですが…
さっきから帽子帽子ってうるさいわね、あなた。
いったい帽子がどうしたっていうのよ?
先ほどの『僕とフリオと校庭で』の中で…
ポール・サイモンが…
は?
さあさあ、元の話に戻りましょ。
あたしが「横たわるキリスト」のところで口にした「詩」の話。
そうそう。えーと、たしか…
サイとかヒルとか、そんな感じの…
The Side of a Hill…
『ポール・サイモン・ソングブック』に収録されている歌なの。
つづく
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