序章:後門の狼 『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
はぁ…
とりあえず歌ってはみたものの…
都合よく現実が変わるわけないわよね…
私以外私じゃありません。当たり前ですけど。
それはこっちのセリフです。ヒロノブを語る偽ヒロノブめ。
だから私のことを気安くヒロノブと呼ばないでください。
そういうあなたこそ誰なのだろう。誰ですか?
もう!わけわかんない!
どっちが本物なのよ!
私に決まっているでしょう。
いや、私だ。
こんなの無理よ…
よっぽど親しい人でない限り、本物のヒロノブさんを見分けることなんて出来やしないわ…
身内か… 恋人でもない限り…
ん?
どうしました?
いた!
は?
彼なら絶対に本物のヒロノブさんを見分けられるはず!
お願いだから電話に出て!
・・・・・
あ!もしもし!
あたし!深代です!
ヒロノブさんのことで…
(ガチャン、ツーツーツー)
あ…
どうしました?
切れちゃった…
・・・・・
30秒後
カランカラン!
(ドアが勢いよく開く音)
きゃあ!海坊主!
誰が海坊主よ。
あ…
アタシよ、ア・タ・シ。
人のこと呼びつけといてバケモノ呼ばわりするなんて、ちょっとひど過ぎない?
あ、良介山ママか…
電話も途中で切っちゃうし、来るのもあまりにも早いんで、気持ちの準備が出来てなかったの。
早いも何も、アタシの店『ダイヤ💓モンド』はこのビルの3階でしょ。
ノブくんと聞いた日には飛んで来るわよ。
で、どうしたの?
アタシのノブくんに何があったの?
いや、私には特に何も…
あ!ノブくん!
今夜は開店一番乗りしてくれるって言ってたじゃない!
他のお客さんが来るまで二人っきりで過ごそうねって言ってたじゃない!
ここで軽く一杯飲んでから行こうと思ってたんです…
そうしたら…
あの言葉は嘘だったの!?
もしかしてアタシ、もてあそばれてる?
ちなみに私は2時間前に『ダイヤ💓モンド』に行きましたよ。
だけどまだ開いていませんでした。だからこっちで飲んでいたんです。
2時間前?
そりゃ開いてないわ。まだアタシ出勤してないし。
うちの営業時間は10時~10時。
だけど連絡してくれれば、ノブくんのために早く開けたのに…
そしたら、いっぱいいっぱい一緒にいれたのに…
ねえ、良介山ママ…
気付いてないの?
え? 何が?
ヒロノブさん…
二人… いるんだけど…
二人?
・・・・・
あら… ホントだ…
このサングラスのせいで3Dになってたのかと思ってた…
どうしたらいいと思う?
まったくアンタって女は…
アタシのノブくんをどんだけ独占するつもりなの?
は?
しかもノブくん一人じゃ満足できずにノブくんをダブルで…
とんだ色狂いの強欲ババアね…
ちょっと良介山ママ… 何言ってるの?
ヒロノブさんが2人いるのよ?
アンタこそ何言ってるのよ!
アタシのノブくんを「ヒロノブ、ヒロノブ」って気安く呼ばないでくれる?
え?
この前、本を貸してあげたでしょ?
ノブくんと一字違いの人が書いた、今すっごく世間で話題になってる本よ!
ああ…
元電通で今は青年失業家を自称してる田中泰延って人の本ね…
客商売する人間にとって大事なことが山ほど書かれてるから絶対読んでおいてって渡したわよね!
そこに「人を気安く名前で呼ばないでください」って書いてなかった?
もしかして深代ママ…
まだ読んでないんでしょ!
よ、読んだわよ…
えーと…
『みんなそれぞれ、お好きなように』だっけ…?
違う!
じゃあ、えーと…
『好きなことを、書いて頂戴な』?
『読みたいことを、書けばいい。』よ!
やっぱりアンタは口ばっか!
最近なんだか忙しくて…
そのうち時間が出来たら読もうかと思ってたの…
本当は思っていないくせに…
ホントだってば。そう思ってたの。
アンタみたいな人って、その対象に愛がないのに平気で「愛してる」とか言えちゃうタイプよね…
そんなことない…
アタシの親切心をここまで踏みにじって、よくそんな涼しい顔してられるもんだわ。
女ってホント怖い。
ごめんね、良介山ママ…
そこまで傷つけちゃうとは思わなかったの…
あたしのことは嫌いになっても、女性のことは嫌いにならないで…
もう遅いわ…
あの…
なによ!?
私たちのこと、忘れてませんか?
あ、そうだった。
そうよ、なんでこんなことになったの?
事情を話すわね…
かくかくしかじか…
5分後
グスン…
そういうわけで…
「二人の内どっちが本物か?」ってことを良介山ママにジャッジして欲しかったの。
どっちが本物とか…
そんなこと、どうでもいいじゃない…
え?
世界にノブくんが2人もいる…
こんな素晴らしいことはないわ…
アタシ、神様とか信じないけど、今夜だけは神様に感謝する。
ありがとう神様、アタシにノブくんをもうひとりくれて…
ラスカルじゃないんだから、そういうわけにはいかないでしょ。
どっちかが「嘘」をついてるのよ。
両方が本物なんてありえない…
嘘つきは、この人です。
ノブくんが、アタシに嘘を?
そう。どっちが本物か見分ける方法はないかしら?
あるわ。
え!?あるの?
ちょっと待てって…
(良介山ママ、店を出る)
1分後
カランカラン!
(ドアが勢いよく開く音)
なにそれ?
踊りでテストするの。
ノブくんなら、あの歌を完璧に舞えるはず…
72のステップを完璧に…
あの歌? 72のステップ?
で、その被り物は?
二人が舞い踊ってるうちに、どっちがどっちかわからなくなったら大変でしょ?
はい、手前のノブくんは、このオレンジの虎を被ってちょうだい…
奥のノブくんは、この黄色い虎をね…
こうですか?
・・・・・
二人とも似合ってる(笑)
はい、深代ママ。アンタのはコレ…
え?あたしも?
この歌は3人で舞うものなの。
いつもはアタシがセンターなんだけど、今回はアタシが審判しなきゃいけないから。
でも、あたし知らないわよ、振付を…
大丈夫。舞いたいように、舞えばいい。
はい、このピンクのウサちゃんを被って…
もう、なんであたしまで…
そういえば、このウサちゃん、どっかで見たことあるわね…
読売ジャイアンツのマスコット、ジャビット君の妹です。
ああ、そうだった。なんて名前だったかな…
えーと…
あ!思い出した!たしか…
ビッキーよ!
もう。せっかく思い出したのに。ひどい。
なんか胸騒ぎっていうか、事故りそうな予感がしたから、念のため。
もうじゅうぶん事故ってます。
巨人の肩にも乗りまくり。
それじゃあ行くわよ!
『私以外私じゃないの2』!
ミュージック、スタート!
・・・・・
・・・・・
どうだった?
どっちが本物のヒロノブさん?
オレンジ?黄色?
たぶん… オレンジ…
いえ… 黄色…
どっちなの?
もしかして、わからなかったとか?
こんなこと… ありえない…
あの舞をここまで完璧に舞えるのはノブくんだけのはず…
でも二人とも見事に踊ってたわ。
両方が本物ってこと?
あっ!もしや…
なに?どうしたの?
あの舞を完璧に踊れる人間が、この世にもうひとりいるの…
もうひとり?
・・・・・
でも、そんなことありえない…
ありえないわ…
なぜ「ありえない」の?
だって…
その人は今頃…
・・・・・
海の上だから…
つづく
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