第124話「ポール・サイモンの ONE-TRICK PONY ⑬「Nobody」
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2019年9月19日
スナックふかよみ
ビリー・ワイルダーに関しても、話したいことは山ほどあるんだけど、このへんにしておこう。
僕らは先を急がなくてはならない。
7曲目は『Nobody」ですね…
ポール・サイモンの、悲痛な想いが、ストレートに歌われる「哀歌」…
Paul Simon『Nobody』
ちょー切ない…
曲調はもちろん、曲が使われるシーンも…
ああ、哀しいねぇ。哀しいね。
何よその言い方? まるで人を馬鹿にしてるみたい。
あれを見て何とも思わないの?
よくある話です。
男と女の愛のもつれだよ。
そうだけどさ…
深代ママさん、タオル貸してください。
え? タオル?
えーと…
この赤いのでいい?
元気ですかーっ!
は?
元気があれば、何でも出来る。
君が笑えば、世界が笑う。
そ、そうね…
男女の別れなんて日常茶飯事…
この世に男と女が生まれてから、何万回も、いえ何兆回も繰り返されてきたこと…
いちいち悲しんでる場合じゃなかった…
ありがとうヒロノブさん…
ヒロノブさんって、時には厳しく人を突き放すようなことも言うけど、やっぱり優しい…
人柄が柔らかいっていうか…
こういうのって、何て言ったらいいのかしら…
ふにふに。
そう、ふにふにしてる。
・・・・・
はいはい。ボーっとしてないで。
名探偵登場の時間でしょ?
あ、はい…
『Nobody』は、こんな歌詞ですね。
僕の人知れぬ悩みを知っている人…
僕の肉体の温もりを忘れずにいてくれている人…
僕の眠っている姿を見守ってくれた人…
僕の瞼におやすみのキスをして…
僕が悪夢にうなされた時もそばにいてくれた人…
そんな人は誰もいない…
1番から、めっちゃ切ないわ。
この後も「そんな人は誰もいない」の例が羅列され、サビで「そうじゃない誰か」の存在が明かされます…
君のことだよ…
そんな人は君意外に誰もいない…
この広い世界を見渡しても…
君意外に誰もいない…
すっごいストレート。
こんなこと言われて、振り向かない女はいないわ…
わかる?岡江クン…
あ、うん… そうだろうね…
ちなみにこの歌も「なぞなぞソング」なんだけど…
は? なぞなぞ?
「僕」が羅列する「君」に関することは、すべてダブルミーニングになっているんだ。
「僕」が想っている「君」が誰のことなのか当てるためのヒントなんだよね。
またですか?
好きですね、ポール・サイモンは「なぞなぞ」が…
彼は常に「信頼できない語り手」だからね。
シレーっと嘘をつくんだ、あの虫も殺せないような顔つきで。
カイザー・ソゼやパイもびっくりだよ…
マジで?
確かに歌詞には「骨」とか「肉」とか生々しい表現があるわよね…
「血が湧きたつ」なんてのもあるし…
ぜんぶ何かの喩えなのかしら?
林檎をかじると…
血が湧きたちませんか?
は?
林檎ですよ、林檎。
林檎をかじるんです。
リンゴを?
もし、かじり口に3つの虫歯のあとがあれば…
わかった!
デンターライオンでしょ!?
デンターライオン?
「デンターライオン」はライオンの歯磨き粉のこと。
ダンデライオン(タンポポ)の「ダンデ」を業界人っぽく逆さにして、デンタル(歯)と掛けた駄洒落よ。
雄ライオンの顔はタンポポに似てるでしょ?
タオルを首にかけて「元気ですか」って聞いたのは、このCMへのオマージュだったのね!
あーコレ、ちょー懐かしー!
でしょ?めっちゃ流行ったわよね?
誰かがリンゴをかじると「血が出ませんか?」って言うの!
そうそう。「鼻から牛乳~」みたいにね(笑)
・・・・・
あ、あの…
いくら「笑い」が大事だからといっても、ちょっとフザケ過ぎじゃないですか?
一応この曲『Nobody』は、最愛の人の「不在」を嘆いた悲しい歌なんですから…
ねえねえ、牛乳ちょうだい!
そんでアタシが飲むときにバッハの「チャラリー♫」を歌って!
嫌よ。どうせ思いっきり吹く気でしょ(笑)
バレたか。
そういう男子いた(笑)
ピクピク... ピクピク...
ヒ、ヒロノブさん… どうしました?
フニフニ… フニフニ...
ふにふに?
うふふ。始まった…
♫フニフニ、フニフニ♫
うわっ!きゅ、急に踊り始めた!
♫フニフニフニフニ♫
♫フニフーニ♫
うわーーーっ!
ちょっと待って…
あのダンス… どこかで見たことあるわ…
あ、あれは…
『林檎殺人事件』のフニフニの舞い…
「リンゴをかじる」って、こっちのことだったのね…
フウ…
ブラボー!パチパチパチ
これ、どういう流れなんですか?
まったく意味がわかりませんけど…
お見事です、ヒロノブさん…
先程のビリー・ワイルダーに続き、またもや「答え」を出されてしまうとは…
え?
なぞなぞソング『Nobody』の「僕」と「君」は…
「アダム」と「イブ」なんだよ。
『Adam and Eve』
ジュリアス・ポールセン
アダムとイブ???
その通り。松坂桃李。サンセット大通り。
またその三段活用!
もうビリー・ワイルダーは関係ないでしょ!
前の曲『Ace in the Hole』で終わったの!
ヒロノブさんは正しい。
この『Nobody』という歌は、続いてるんだよ…
前の曲の「ビリー・ワイルダー」から…
は? 続いてる?
どういう意味なの? 教えて岡江クン…
ビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』は、誰が見ても非の打ち所がない傑作で、アカデミー賞では11部門にノミネートされ、下馬評でも主要部門を独占すると思われていた…
だけど、フタを開けてみると、脚本賞・美術賞・作曲賞の3部門のみの受賞に終わる…
大本命『サンセット大通り』を退け、主要6部門を受賞したのは、ビリー・ワイルダーのライバル、ジョセフ・L・マンキーウィッツの『イヴの総て』…
しかもマンキーウィッツは、前年に続いて「監督賞&脚本賞」を連続受賞するという快挙…
アカデミー賞の長い歴史の中で、これを達成したのはマンキーウィッツただ一人だ。
Joseph L. Mankiewicz (1909-1993)
『イヴの総て』は、『サンセット大通り』と同じく「業界の内幕」を赤裸々に描いたもの…
ただ、『サンセット大通り』はハリウッドの内幕で、『イヴの総て』はブロードウェイ演劇界の内幕だった…
『サンセット大通り』が惨敗したのは、投票するアカデミー会員がこの作品を快く思っていなかったからだったとか…
『イヴの総て』も十分傑作ですけどね…
つまり…
前の歌がビリー・ワイルダーだったから、この歌はマンキーウィッツということなのですか?
そう。7曲目『Nobody』は『イヴの総て』だ。
まさに歌詞が『All About Eve』なんだよ。
ちょ、ちょっと…
どういうことなの、いったい…
歌詞をよく考えればわかること。
1番はこんなふうに始まる…
Who knows my secret broken bone
Who feels my flesh when I am gone
Who was a witness to the dream
Who kissed my eyes and saw the scream lying there
あっ!
「僕の秘密の壊された骨」とは…
神はアダムが寝ている間に…
「肋骨」を1本抜いて「イブ」を作った…
『アダムの体から肋骨を抜き取る神』
Giovanni Battista Leonetti
つまり「Eve knows my secret broken bone」ってことね。
ということは、次のフレーズは…
Eve feels my flesh when I am gone
イブは僕が居なくても僕の肉体を感じる
元々アダムの体の一部だったんだから、感じるのは当たり前…
そういうこと。
「僕の夢の目撃者」というのは、イブが誕生した時、アダムは寝ていたから。
「僕の瞼にキスしてくれた」と「叫び声をあげる僕を見守っていた」も、このシーンのことだね。
神は麻酔無しでアダムの腹を引き裂き、肋骨を1本抜き取ってイブを作り、再びその穴を塞いだ。
このオペを行ってる間、生まれたてのイブは、アダムを勇気づけるためにキスをし、叫び声をあげるアダムを見守っていた…
というポール・サイモンの空想。
どんだけ!?
2番の「なぞなぞ」は、ちょっとトリッキーだ。
わかるかな?
Who is my reason to begin
Who plows the earth, who breaks the skin
私の始まりの理由?
地面を耕し、皮膚を裂いた人?
これってイブから見たアダムのことじゃないの?
そしてこう続く。
Who took my two hands and made them four
Who is my heart, who is my door
私の手をとり、共に愛し合った人
私の大切な人、私を受け入れてくれる人
これもやっぱりイブがアダムのことを歌ってるみたいですね…
そうなんだけど、何か気付かない?
はい? 何かとは?
2番の歌詞は、これを歌ったものでもあるんだ…
『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ
ええっ? 十字架のイエス・キリスト?
イエスの十字架は、アダムの墓の上に立てられた…
だから多くの宗教画では、十字架の根元に「アダムの頭蓋骨」が描かれる…
「殺人現場」に落ちていた「歯形のある林檎」とは、これのこと…
楽園の林檎をかじって追放されたアダムの頭蓋骨のことを言っていたのね。
さすが阿久悠…
ポール・サイモンに負けない、なぞなぞセンスだわ…
『林檎殺人事件』のコンセプトは『ムー一族』の演出家 久世光彦がほとんど作ったらしいけど。
さて、イエスは自分のことを「アルファ」つまり「ものごとの始まり」だと語った…
だから「reason to begin」だね。
そして十字架は地中深くまで打ち込まれた…
つまり「plows the earth(土を耕す)」…
その十字架にイエスは両手両足を釘で打たれた…
だから「breaks the skin(皮膚を裂く)」…
次のトリックも面白い。
Who took my two hands and made them four
「two hands で4を作る」とポール・サイモンは歌った。
そしてそれは「my heart」であり「my door」であると言うんだ…
実はこれ「十字架」のことなんだよ。
時計の長針短針も「two hands」って呼ぶわよね…
つまり「長い木と短い木」を組み合わせて「上下左右4方向に突き出た十字型」を作るってこと?
十字架が「my heart」であるのはわかるんだけど「my door」って?
「door」は「Rood」のことじゃないかな。
教会のホール正面に飾られる、ほぼ等身大のイエスの十字架像のこと。
なんてことなの…
そしてポール・サイモンは「君」のことを、こう表現する。
Nobody but you, girl
Nobody in this whole wide world
「全世界を見渡しても君みたいな人はいない」ってことね。
ここは「全宇宙」って感じかな。
「in this whole wide world」は「神が創造した世界の中で」というニュアンスだから。
壮大なスケールね。
そしてポール・サイモンは、こう歌う。
Who makes the bed that can't be made
Who is my mirror, who is my blade
When I am rising like a flood
Who feels the pounding in my blood
作るのが不可能なベッドを作る? どういうこと?
「bed」といえば…
「bed」には「デリケートなもの、不安定なものを守る」というニュアンスがありましたね。
「花壇」とか、建物の「基礎」とか。
それは「mirror」で「blade」だという。
わかるかな?
鏡に映ったように対称で、刃物みたい?
ポール・サイモンは何が言いたいのかしら?
こう歌ってるじゃないか。
僕が溢れ出る感情で興奮した時
激しく脈打つ鼓動と血流を感じてくれる
これって心臓のこと?
そういえば心臓って…
「two hands」で心室が「four」作られていて、英名は「heart」であり、「door」のような弁もありますね…
あ、確かに!
そして、その「心臓」を感じてくれる存在といえば「肋骨」のことに他ならない。
肋骨は大切な心臓や他の臓器を守る「bed」であり…
左右が「mirror」構造、つまり対称的になっている…
「blade」は?
「blade」とは「刃」とか「イネ科の植物の細長い葉」という意味…
肋骨の1本1本は、まさにそんな形をしているよね。
だっふんだ!
ポール・サイモンは、「君」を「肋骨」に喩え、僕の身体の重要な一部分だったと歌ったわけだ。
『創世記』のアダムとイブの故事になぞらえてね。
それくらい彼の喪失感は大きかったといえる…
こんな歌を書くなんて…
ポール・サイモンは、よっぽど別れた奥さんのことが、忘れられなかったのね…
この歌は、別れた奥さんへの歌じゃないよ。
は?
ポール・サイモンが最初の奥さんと別れたのは1975年…
そしてこの歌が作られたのは1980年…
別れたばかりの頃ならともかく、5年も経って、ここまで未練タラタラの歌詞を書くだろうか?
そう言われてみれば、そうかもです…
しかもポール・サイモンは、1977年に新しい恋人ができ、激しく恋に落ちた…
そしてその恋人は、突如ポール・サイモンのもとを去り、帰って来なくなってしまった…
もしかして…
この歌の「君」は、キャリー・フィッシャーのことなの?
Carrie Fisher (1956-2016)
だね。
だからポール・サイモンは「肋骨と内臓」の歌にしたんだ。
どゆこと?
ポール・サイモンは、2曲目『That's why God made the movies』で、ローマ建国神話の「ロームルス」を登場させたよね?
そのロームルスと離れ離れになってしまった母の名は「レイア」…
つまり「レイア姫」ことキャリー・フィッシャーを想起させるためだった…
それとこの歌『Nobody』が、どう関係あるの?
レイア姫のフルネームは?
えーと…
レイア・オーガナでしょ?
Leia Organa
あっ!
「organa」とは「臓器」という意味です…
げえっ!
ちょ、ちょっと…
どうなってるの、これ?
この道を、ゆけばどうなるものか…
さすがにヤバ過ぎない?
ポール・サイモンに深入りし過ぎかも…
危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし…
深読み探偵学校の二年間、教官から様々な深読みを聞きましたが…
さすがに今回は、教官の勇み足のような気がします…
踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる…
深読みの力を信じるんだ。
May the Fukayomi be with you…
すべての答えは、次の曲の中に隠されている…
つ、次の曲の中に?
迷わず行けよ。行けばわかるさ…
それでは、アルバム『ワン・トリック・ポニー』の8曲目…
すべての答えが隠された歌『Jonah』に行ってみよう…
つづく
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