シン・日曜美術館「深読み プリンス⑤ ~SMALL CHANGE~」
前回はコチラ
1989年5月某日(日曜)午後
藪蔦屋 りうていの間
それじゃあ、まず1人目の人物から…
プリンスに「カール・ブロッホ」のアイデアをインセプションしたのは…
Carl Heinrich Bloch
(1834 - 1890)
ゴクリ…
Come mai ti trovi qua?
き、キヨッソーネ先生!?
また会ったなインギリターラの少年よ。元気にしておったか?
は、はい!私は元気です!
つーか、さっき来たばかりじゃん…
せっかくいいところだったのに邪魔して…
こら岡江君!口を慎め口を!
Ohマンマミーア。
ニッポンの少年も相変わらずだな。
ところでキヨッソーネ先生、今回の御用件は?
決まっておるであろう。歌を歌いに来たのだ。
マイク持参?
てゆうか迷子のくせに、どっから持って来たんだよ。まったく…
先生…「歌」といいますと?
オーソレミーヨ。今そなたの頭の中にある歌だ。
いま僕の… 頭の中にある歌…
さあインギリターラの少年よ、ギターを取れ。
は、はい…
では行くぞ。
Tom Traubert's Blues…
4 sheets 2 the wind in Copenhagen…
・・・・・
せ、先生… すみませんでした…
イントロしか弾けなくて…
気にするな、インギリターラの少年よ。
よくよく考えたら、この歌にギターは要らなかった。
やはり… 僕もそう思いました…
それにしても先生のテノールは美しい…
それではまた会おう。
チャオ!
せ、先生!
ああ… 行ってしまった…
どうせまたすぐに来るよ。
ところで今キヨッソーネ先生が歌ったトム・ウェイツの『トム・トラバーツ・ブルース』が、君の頭の中にあった曲なのか?
そうだ… まさにあの歌…
しかしなぜ先生は僕の頭の中が見えたんだろう…
つまり、プリンスに「カール・ブロッホの絵」というアイデアをインセプションした2人の人物のうちの1人はトム・ウェイツってこと?
TOM WAITS
その通り。
先程キヨッソーネ先生が歌ったトム・ウェイツの名曲『Tom Traubert's Blues』は「カール・ブロッホの絵」からアイデアを得たものだ。
えっ? あの歌が?
そして『Tom Traubert's Blues』を聴いたプリンスは、あの歌の背後に隠された「カール・ブロッホの絵」の存在に気付き、同じことをしてみようと考えた…
そして、名曲『Purple Rain』と『Sometimes It Snows in April』が生まれたのだ…
つまりトム・ウェイツの『Tom Traubert's Blues』と、プリンスの『Purple Rain』『Sometimes It Snows in April』は、腹違いの兄弟みたいなものと言える…
マジで?
『Tom Traubert's Blues』の2番には「my Stacy」という言葉が出て来る。
あれが『Sometimes It Snows in April』の「my Tracy」になった。
確かに「ステイシー」と「トレイシー」は似てるけど…
「捨て石」に対して「取れ石」という駄洒落だな。
え? まさか…
ははは。冗談だよ冗談。
そして『Tom Traubert's Blues』の4番には「Christopher」という言葉が出て来る。
プリンスは、この2つの人名を合わせて、映画『UNDER THE CHERRY MOON』の主人公「Christopher Tracy」を生み出したというわけだ。
だけど「トム・ウェイツとプリンス」って組み合わせは、あんまりイメージわかないなあ…
一緒にいるところも見たことないし…
二人はアーティストとして強烈に意識し合っているんだよ。
「天才は天才を知る」の典型例だな。
コラボするとかお互いの曲をカバーするとか、そういう分かりやすいことをしないから世間に知られていないだけのこと。
本当にリスペクトしているからこそ、安易なことはせず、自分の作品の中でそれを表現しているんだ。
たとえばトム・ウェイツはプリンスがデビューした直後の1978年に…
ちょっと待った。込み入った話は後だ。
まずはトム・ウェイツの『トム・トラバーツ・ブルース』とカール・ブロッホの絵だよ。
本当に関係あるのか?
OK。では解説しよう。
あの歌のタイトルは正式に言うと『Tom Traubert's Blues (Four Sheets to the Wind in Copenhagen)』という。
そういえば「Four Sheets to the Wind in Copenhagen」って何だろう?
歌詞の中で「英語を話せる奴が一人もいない」って歌われるから、舞台がコペンハーゲンってこと?
この歌の舞台はコペンハーゲンではない。
なぜならコペンハーゲンに英語を話せない人は、ほぼいないから。
デンマーク人は、ほとんどの人が英語を話せる。
じゃあ「コペンハーゲン」って何なんだよ?
「風に揺れる4枚のシーツ」も嘘なのか?
「four sheets to the wind」は「風に揺れる4枚のシーツ」ではない。
「まともに立ってはいられない、気分が悪くて意識を失いそう」という意味だ。
慣用句としての本来の形は「four sheets」ではなく「three sheets on the wind」という。
スリーシーツ?
どうして3枚のシーツが風に揺れると気分が悪くなって立っていられなくなるんだ?
洗濯洗剤のCMみたいで、むしろ気分爽快じゃないか?
「シーツ」とは、その「シーツ」のことじゃないんだよ。
は?
ここでの「sheets」とは舟の帆と船体を結ぶ「紐、ロープ」のこと。
一般的な舟には、main sheet(メインシート)、jib sheet(ジブシート)、spinnaker sheet(スピネーカーシート)の3つがあり、これがすべて緩んだ状態で風を受けてしまうとコントロールが効かなくなり、船体は激しく左右に揺れてしまう。
これを泥酔した人の様子に喩えているわけだ。
なるほど。足腰が立たなくなるほどの泥酔状態を表す慣用句「three sheets on the wind」を「four」に言い換えたというわけか。
だけどなぜ「3」を「4」に?
それに『Tom Traubert's Blues』は全然泥酔しているようには聞こえない。
最後はちゃんとホテルに帰ってるし、街の人たちにおやすみの挨拶もしている。
本当に泥酔状態なのはA面最後の『The Piano Has Been Drinking(Not Me)』だ。
副題が「コペンハーゲンで、ぐでんぐでん」なのに曲調が全然「ぐでんぐでん」ではないことは重要だ。
これは歌の主題が「泥酔」ではないことを意味している。
「酔いどれ詩人」というパブリックイメージを逆手に取ったトリックだな。
やっぱりトム・ウェイツは酔っぱらっていないってこと?
じゃあ何のためにそんな嘘を?
この歌の元ネタ「カール・ブロッホの絵」を隠すためだ。
「泥酔」というミスリードでね。
あの変な副題は、歌の主題を隠し、聞き手にミスリードさせるためのもの?
だけどトム・ウェイツは、完全には隠さなかった。
わかる人にはわかるようにヒントを入れておいたんだ。
それが、本来「3」であるはずの「シーツ」の数を「4」にしたこと…
どういうこと?
コペンハーゲンが嘘だとか、本当は泥酔してないとか、シートの数を3から4にするのがヒントだとか、まったく意味がわからない。
ははは。では解説しよう。
トム・ウェイツは1976年の前半に初めての長期海外ツアーをヨーロッパで行った。
そしてデンマークを訪れた際、トム・ウェイツはコペンハーゲンにしばらく滞在し、あの歌を含む新アルバム『SMALL CHANGE』の着想を得た。
それとカール・ブロッホに何の関係が?
カール・ブロッホはコペンハーゲン生まれのコペンハーゲン育ち。
デンマークの国民的画家として名声を博し、コペンハーゲンでその生涯を閉じた。
その作品の大半は、コペンハーゲン国立美術館と、コペンハーゲン郊外にあるデンマーク王室の旧宮殿フレデリクスボー城(Frederiksborg Slot)に収蔵されている。
トム・ウェイツはコペンハーゲン滞在中に、間違いなくここを訪れたはずだ。
以前から好きだったカール・ブロッホの絵を生で見るためにね。
まあ、休みの日に観光くらいはしたと思うけど…
なぜトム・ウェイツがそこまでカール・ブロッホに強い関心を抱いていたと言い切れるんだ?
デビューアルバム『CLOSING TIME』のジャケットで元ネタにしたジョルジョ・ヴァザーリならわかるけど…
『Tom Traubert's Blues」が収録されているアルバム『SMALL CHANGE』のジャケットを見て、何か気付かないか?
君にはこれが何に見える?
何に見えるって…
場末のストリップ劇場の楽屋に金をせびりに来たヒモを演じているトム・ウェイツでしょ?
「small change」は「小銭」って意味だから、ストリッパーのお姉ちゃんにこう言われてるんだろう。
「20ドル貸してくれ?昼に50ドル渡したばかりでしょ?もうあんたになんか20セントだってあげるもんですか!」
まあ、普通はそう見えるよな。
じゃあ他にどう見えるんだよ。
ちなみに最初は『SMALL CHANGE』ではなく『Pasties and a G-String』というアルバム名になるはずだった。
「pasties」はストリッパーが乳首を隠すためにつけるシールのことで、「G-string」とはTバックの紐パンのことだ。
『Pasties and a G-String』の方がジャケ写にピッタリじゃんか。
なぜ変えたんだろう?
さすがのトム・ウェイツも躊躇したんじゃないかな。
タイトルにそれは「やりすぎ」かもって。
やりすぎ? どういう意味だ?
というか、あのジャケ写は誰がどう見ても「ストリッパーとヒモ」だろう?
それ以外に何に見えるというんだよ。
おいおい岡江君。まだ気が付かないのか?
じゃあ、これでどうだ?
プリンスの『パープル・レイン』?
この2つのジャケット写真を、よーく見比べてみるんだ…
何か気付くことがあるだろう?
ん?
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?