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シン・日曜美術館「深読み プリンス⑤ ~SMALL CHANGE~」

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1989年5月某日(日曜)午後
藪蔦屋 りうていの間


クリス君 ノーラン 浴衣

それじゃあ、まず1人目の人物から…

プリンスに「カール・ブロッホ」のアイデアをインセプションしたのは…

Carl_Bloch_Hver8Dag カール・ブロッホ 絵

Carl Heinrich Bloch
(1834 - 1890)

おかえもん 17歳 浴衣

ゴクリ…


キヨッソーネ カプローニ

Come mai ti trovi qua?


クリス君 ノーラン 浴衣 汗

き、キヨッソーネ先生!?


キヨッソーネ カプローニ

また会ったなインギリターラの少年よ。元気にしておったか?


クリス君 ノーラン 浴衣 汗

は、はい!私は元気です!

おかえもん 17歳 浴衣

つーか、さっき来たばかりじゃん…

せっかくいいところだったのに邪魔して…

クリス君 ノーラン 浴衣 汗

こら岡江君!口を慎め口を!


キヨッソーネ カプローニ

Ohマンマミーア。

ニッポンの少年も相変わらずだな。


クリス君 ノーラン 浴衣 汗

ところでキヨッソーネ先生、今回の御用件は?


キヨッソーネ カプローニ マイク

決まっておるであろう。歌を歌いに来たのだ。


おかえもん 17歳 浴衣

マイク持参?

てゆうか迷子のくせに、どっから持って来たんだよ。まったく…

クリス君 ノーラン 浴衣 汗

先生…「歌」といいますと?


キヨッソーネ カプローニ マイク 指差し

オーソレミーヨ。今そなたの頭の中にある歌だ。


クリス君 ノーラン 浴衣 汗

いま僕の… 頭の中にある歌…


キヨッソーネ カプローニ マイク

さあインギリターラの少年よ、ギターを取れ。


クリス君 ノーラン 浴衣 ギター

は、はい…


キヨッソーネ カプローニ マイク

では行くぞ。

Tom Traubert's Blues…

4 sheets 2 the wind in Copenhagen…


おかえもん 17歳 浴衣

・・・・・

クリス君 ノーラン 浴衣 汗

せ、先生… すみませんでした…

イントロしか弾けなくて…


キヨッソーネ カプローニ

気にするな、インギリターラの少年よ。

よくよく考えたら、この歌にギターは要らなかった。


クリス君 ノーラン 浴衣 汗

やはり… 僕もそう思いました…

それにしても先生のテノールは美しい…


キヨッソーネ カプローニ

それではまた会おう。

チャオ!


クリス君 ノーラン 浴衣 汗

せ、先生!

ああ… 行ってしまった…

おかえもん 17歳 浴衣

どうせまたすぐに来るよ。

ところで今キヨッソーネ先生が歌ったトム・ウェイツの『トム・トラバーツ・ブルース』が、君の頭の中にあった曲なのか?

クリス君 ノーラン 浴衣

そうだ… まさにあの歌…

しかしなぜ先生は僕の頭の中が見えたんだろう…

おかえもん 17歳 浴衣

つまり、プリンスに「カール・ブロッホの絵」というアイデアをインセプションした2人の人物のうちの1人はトム・ウェイツってこと?

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TOM WAITS 

クリス君 ノーラン 浴衣

その通り。

先程キヨッソーネ先生が歌ったトム・ウェイツの名曲『Tom Traubert's Blues』は「カール・ブロッホの絵」からアイデアを得たものだ。

おかえもん 17歳 浴衣

えっ? あの歌が?

クリス君 ノーラン 浴衣

そして『Tom Traubert's Blues』を聴いたプリンスは、あの歌の背後に隠された「カール・ブロッホの絵」の存在に気付き、同じことをしてみようと考えた…

そして、名曲『Purple Rain』と『Sometimes It Snows in April』が生まれたのだ…

つまりトム・ウェイツの『Tom Traubert's Blues』と、プリンスの『Purple Rain』『Sometimes It Snows in April』は、腹違いの兄弟みたいなものと言える…

トム・ウェイツ TOM WAITS プリンス PRINCE

おかえもん 17歳 浴衣

マジで?

クリス君 ノーラン 浴衣

『Tom Traubert's Blues』の2番には「my Stacy」という言葉が出て来る。

あれが『Sometimes It Snows in April』の「my Tracy」になった。

おかえもん 17歳 浴衣

確かに「ステイシー」と「トレイシー」は似てるけど…

クリス君 ノーラン 浴衣

「捨て石」に対して「取れ石」という駄洒落だな。

おかえもん 17歳 浴衣

え? まさか…

クリス君 ノーラン 浴衣

ははは。冗談だよ冗談。

そして『Tom Traubert's Blues』の4番には「Christopher」という言葉が出て来る。

プリンスは、この2つの人名を合わせて、映画『UNDER THE CHERRY MOON』の主人公「Christopher Tracy」を生み出したというわけだ。

プリンス UNDER THE CHERRY MOON 映画 PRINCE TRACY

おかえもん 17歳 浴衣

だけど「トム・ウェイツとプリンス」って組み合わせは、あんまりイメージわかないなあ…

一緒にいるところも見たことないし…

クリス君 ノーラン 浴衣

二人はアーティストとして強烈に意識し合っているんだよ。

「天才は天才を知る」の典型例だな。

コラボするとかお互いの曲をカバーするとか、そういう分かりやすいことをしないから世間に知られていないだけのこと。

本当にリスペクトしているからこそ、安易なことはせず、自分の作品の中でそれを表現しているんだ。

たとえばトム・ウェイツはプリンスがデビューした直後の1978年に…

おかえもん 17歳 浴衣

ちょっと待った。込み入った話は後だ。

まずはトム・ウェイツの『トム・トラバーツ・ブルース』とカール・ブロッホの絵だよ。

本当に関係あるのか?

クリス君 ノーラン 浴衣

OK。では解説しよう。

あの歌のタイトルは正式に言うと『Tom Traubert's Blues (Four Sheets to the Wind in Copenhagen)』という。

おかえもん 17歳 浴衣

そういえば「Four Sheets to the Wind in Copenhagen」って何だろう?

歌詞の中で「英語を話せる奴が一人もいない」って歌われるから、舞台がコペンハーゲンってこと?

クリス君 ノーラン 浴衣

この歌の舞台はコペンハーゲンではない。

なぜならコペンハーゲンに英語を話せない人は、ほぼいないから。

デンマーク人は、ほとんどの人が英語を話せる。

おかえもん 17歳 浴衣

じゃあ「コペンハーゲン」って何なんだよ?

「風に揺れる4枚のシーツ」も嘘なのか?

クリス君 ノーラン 浴衣

「four sheets to the wind」は「風に揺れる4枚のシーツ」ではない。

「まともに立ってはいられない、気分が悪くて意識を失いそう」という意味だ。

慣用句としての本来の形は「four sheets」ではなく「three sheets on the wind」という。

おかえもん 17歳 浴衣

スリーシーツ?

どうして3枚のシーツが風に揺れると気分が悪くなって立っていられなくなるんだ?

洗濯洗剤のCMみたいで、むしろ気分爽快じゃないか?

クリス君 ノーラン 浴衣

「シーツ」とは、その「シーツ」のことじゃないんだよ。

おかえもん 17歳 浴衣

は?

クリス君 ノーラン 浴衣

ここでの「sheets」とは舟の帆と船体を結ぶ「紐、ロープ」のこと。

一般的な舟には、main sheet(メインシート)、jib sheet(ジブシート)、spinnaker sheet(スピネーカーシート)の3つがあり、これがすべて緩んだ状態で風を受けてしまうとコントロールが効かなくなり、船体は激しく左右に揺れてしまう。

これを泥酔した人の様子に喩えているわけだ。

おかえもん 17歳 浴衣

なるほど。足腰が立たなくなるほどの泥酔状態を表す慣用句「three sheets on the wind」を「four」に言い換えたというわけか。

だけどなぜ「3」を「4」に?

それに『Tom Traubert's Blues』は全然泥酔しているようには聞こえない。

最後はちゃんとホテルに帰ってるし、街の人たちにおやすみの挨拶もしている。

本当に泥酔状態なのはA面最後の『The Piano Has Been Drinking(Not Me)』だ。 

クリス君 ノーラン 浴衣

副題が「コペンハーゲンで、ぐでんぐでん」なのに曲調が全然「ぐでんぐでん」ではないことは重要だ。

これは歌の主題が「泥酔」ではないことを意味している。

「酔いどれ詩人」というパブリックイメージを逆手に取ったトリックだな。

おかえもん 17歳 浴衣

やっぱりトム・ウェイツは酔っぱらっていないってこと?

じゃあ何のためにそんな嘘を?

クリス君 ノーラン 浴衣

この歌の元ネタ「カール・ブロッホの絵」を隠すためだ。

「泥酔」というミスリードでね。

おかえもん 17歳 浴衣

あの変な副題は、歌の主題を隠し、聞き手にミスリードさせるためのもの?

クリス君 ノーラン 浴衣

だけどトム・ウェイツは、完全には隠さなかった。

わかる人にはわかるようにヒントを入れておいたんだ。

それが、本来「3」であるはずの「シーツ」の数を「4」にしたこと…

おかえもん 17歳 浴衣

どういうこと?

コペンハーゲンが嘘だとか、本当は泥酔してないとか、シートの数を3から4にするのがヒントだとか、まったく意味がわからない。

クリス君 ノーラン 浴衣

ははは。では解説しよう。

トム・ウェイツは1976年の前半に初めての長期海外ツアーをヨーロッパで行った。

そしてデンマークを訪れた際、トム・ウェイツはコペンハーゲンにしばらく滞在し、あの歌を含む新アルバム『SMALL CHANGE』の着想を得た。

おかえもん 17歳 浴衣

それとカール・ブロッホに何の関係が?

クリス君 ノーラン 浴衣

カール・ブロッホはコペンハーゲン生まれのコペンハーゲン育ち。

デンマークの国民的画家として名声を博し、コペンハーゲンでその生涯を閉じた。

その作品の大半は、コペンハーゲン国立美術館と、コペンハーゲン郊外にあるデンマーク王室の旧宮殿フレデリクスボー城(Frederiksborg Slot)に収蔵されている。

トム・ウェイツはコペンハーゲン滞在中に、間違いなくここを訪れたはずだ。

以前から好きだったカール・ブロッホの絵を生で見るためにね。

おかえもん 17歳 浴衣

まあ、休みの日に観光くらいはしたと思うけど…

なぜトム・ウェイツがそこまでカール・ブロッホに強い関心を抱いていたと言い切れるんだ?

デビューアルバム『CLOSING TIME』のジャケットで元ネタにしたジョルジョ・ヴァザーリならわかるけど…

ゲッセマネの祈り ヴァザーリ RCサクセション 忌野清志郎 シングル・マン トム・ウェイツ CLOSING TIME 絵 1

クリス君 ノーラン 浴衣

『Tom Traubert's Blues」が収録されているアルバム『SMALL CHANGE』のジャケットを見て、何か気付かないか?

君にはこれが何に見える?

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おかえもん 17歳 浴衣

何に見えるって…

場末のストリップ劇場の楽屋に金をせびりに来たヒモを演じているトム・ウェイツでしょ?

「small change」は「小銭」って意味だから、ストリッパーのお姉ちゃんにこう言われてるんだろう。

「20ドル貸してくれ?昼に50ドル渡したばかりでしょ?もうあんたになんか20セントだってあげるもんですか!」

クリス君 ノーラン 浴衣

まあ、普通はそう見えるよな。

おかえもん 17歳 浴衣

じゃあ他にどう見えるんだよ。

クリス君 ノーラン 浴衣

ちなみに最初は『SMALL CHANGE』ではなく『Pasties and a G-String』というアルバム名になるはずだった。

「pasties」はストリッパーが乳首を隠すためにつけるシールのことで、「G-string」とはTバックの紐パンのことだ。

おかえもん 17歳 浴衣

『Pasties and a G-String』の方がジャケ写にピッタリじゃんか。

なぜ変えたんだろう?

クリス君 ノーラン 浴衣

さすがのトム・ウェイツも躊躇したんじゃないかな。

タイトルにそれは「やりすぎ」かもって。

おかえもん 17歳 浴衣

やりすぎ? どういう意味だ?

というか、あのジャケ写は誰がどう見ても「ストリッパーとヒモ」だろう?

それ以外に何に見えるというんだよ。

クリス君 ノーラン 浴衣

おいおい岡江君。まだ気が付かないのか?

じゃあ、これでどうだ?

プリンス パープル・レイン PRINCE Purple Rain

おかえもん 17歳 浴衣

プリンスの『パープル・レイン』?

クリス君 ノーラン 浴衣

この2つのジャケット写真を、よーく見比べてみるんだ…

何か気付くことがあるだろう?

トム・ウェイツ TOM WAITS SMALL CHANGE プリンス PRINCE PURPLE RAIN

おかえもん 17歳 浴衣

ん?



つづく





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