見出し画像

2024年J2第33節清水エスパルス-横浜FC「トロイメライ ~夢~」

横浜の選手たちがドレスルームに引き上げていくなかでも止まぬ、「フリエ Oi!」のチャントは、悔しい顔をした選手を少しだけ誇らしいものに変えたかもしれない。このスタジアム全体を包む空気と25年前のあの試合の思い出とを重ねていた。


若き日の情景

1999年1月1日、私は国立競技場にいた。横浜フリューゲルス最後の試合を見届けるために。逆転勝利で天皇杯優勝。試合が終わってからは、まるで轟沈する豪華客船を見送るような気分で表彰式を見ていた。終わってほしくはないが、自分では何もできない。選手たちも、まだこのクラブでやりたいこともあっただろうし、夢もあっただろう。無念さ、無力さ、苦しみ、切なさ、怒り、いろんなものを飲み込んであの日は過ぎていった。

その最後の試合の対戦相手は清水エスパルス。横浜フリューゲルスは奇しくも、Jリーグの開幕戦の相手が清水エスパルス、そしてチーム最後の試合の対戦相手も清水エスパルスであった。
あの試合では、横浜フリューゲルス最後の試合とあって、清水は完全に悪者。それでも引き立て役にはならないと先制点を挙げて、社会が何となく作り出そうとしているお涙頂戴物語にストップをかけた。試合後もその終焉を看取るかのように勝者を称える姿はいまでもまだ瞼に焼き付いている。

今日の試合は、THE国立DAYと銘打った国立競技場での開催される試合の一つで、当初はなぜJ2も開催するのか、清水がホームなのになぜアウェイのように遠征しないといけないのかといった声もあった。国立開催の事情は、清水の社長のインタビューから読み解ける。一言でいえばプロモーションとして新規開拓をするタイミングであるということだ。大量に招待券が出ているのも、単純にサッカー好きが集まるだけの場所ではなく、外部から国立という大きな舞台に足を運んでもらって、サッカーならびにスポーツを楽しむというところから掘り起こしをしないといけない状況にある。

その議論はさておき、この試合が近づくにつれて囁かれたのは、横浜FCを横浜フリューゲルスの忘れ形見と見立てたら、この試合は天皇杯決勝以来の国立競技場での対戦ともいえる試合になるというもの。横浜FCは横浜フリューゲルスの解散を受けてサポーターが立ち上げたクラブ、清水も清水FCを前身としたオリジナル10唯一の市民クラブ、1999年から所謂節目の25年、そして最後に激突した国立競技場と一度閉じられた物語の続きが始まった気がした。
対戦カードを決めたのは、リーグ主導なのかたまたまなのかはわからないが、今年でいえば東京ヴェルディとF・マリノスが対戦したいわば1993年のJリーグの開幕カードと同じくらい注目されるカードとなった。

青き叫び

「東京国立競技場、空は今でもまだ、横浜フリューゲルスのブルーに染まっています」

当時放送していたNHKのこの名実況は1999年1月1日の天皇杯のレクイエムとなった。そこから時を経て国立競技場が大半がオレンジの光に包まれる中、アウェイゴール裏だけはスカイブルーの青空が広がった。
サポーターの数をかなり揶揄されたが蓋を開けてみると、横浜も少数精鋭で濃さでは負けていない。サポーターの絶対数こそホームの清水が圧倒的に多いが、清水の大きな歓声も阻む青き叫びが響き渡る。心を震わせている割合でいえば横浜の方が率が高いのではないか。スタジアム全体を包むことは出来なくても、アウェイとしての存在感をヒシヒシと感じさせた。
成績に目を向けると横浜は最少失点と得失点差はリーグトップで、順位は2位ながら首位清水とは勝ち点差1。下手な揶揄は自身に向けられた刃となるから、わかりやすいフィールド外の部分を弄る他なかったのだろう。試合結果以外を揶揄する時は成績を馬鹿にできない時と覚えておくといいだろう。

矛と盾と

試合は開始から非常に強度の高い内容となった。最多得点のチームと最少失点のチームの戦いは緊張感がある。J2の1位と2位が自力優勝を掴む為に最強の矛と最硬の盾で殴り合っている。
横浜は清水・乾というキープレーヤーに剝がされないようにリスクマネージメントし、清水は序盤から横浜の福森のサイドを狙いながら様子見をしている。清水の狙いを横浜はしっかりとケアして、清水は方向転換。今度は、攻撃力が売りの山原と山根のマッチアップで横浜の右の翼を押し込んでくる。
攻守の切り替えも早く前半は両チームともチャンスというチャンスは作れないままだった。横浜は左サイドからのクロスに活路を見出すも崩し切ることは出来ず、清水も乾が前を向いた時こそ怖さはあったが、左右をしっかりと抑え込むと清水も決定機は少ないままだった。横浜としては思ったよりも清水がリスクを負って攻めてこず後ろが重い分、攻撃の回数は増えるが跳ね返されることも多かった。

試合が動いたのは後半11分。ガブリエウの鋭い縦パスを髙橋が落として、井上が左に展開。中野の鋭いクロスに髙橋が反応して放ったヘディングシュートはクロスバーに弾かれチャンスは潰えたかに見えたが、そこに飛び込んできたジョアン・パウロが押し込んで横浜が先制に成功。

扉が閉まる前に

横浜は今シーズンリーグ戦では後半30分以降無失点を続けている。つまり後半30分時点でリードしていたら横浜は勝利確定、引き分けていても敗戦はなし。ここに清水はどう挑んでくるかが注目。

後半23分には、清水が3名、横浜が2名の選手交代を行う。清水は変則的な3バックと4バックを併用していた西澤を下げて北爪を入れることでより攻撃に比重を置いた。横浜はシャドーの2枚を交代させた。ジョアン・パウロは先制点の後からスタミナが切れて、同じサイドの山根がボールを持ってもレスポンスが薄かったのでこれは仕方ない。一方、小川慶治朗を下げるには早い気がして、スタンドでそう呟いていた。そして、その悪い予感は的中。

ドリブルを開始した清水・原に伊藤翔は追いつけず縦パスを許す。ボールを受けた清水カルリーニョス・ジュニオが折り返して、抜け出した矢島のクロスに、起点となった原が飛び込み、こぼれたボールを宮本に押し込まれてしまった。原以外の3名は交代で投入された選手。清水の狙い通りに少ない縦方向へのパスワークで横浜のゴールを陥れた。後半29分。横浜の分厚いゴールの扉が閉まりかける1分前の出来事だった。

拳と拳で

そこから清水は攻勢を強めるが、横浜も櫻川を投入して一気の打開を狙う。この時間になるとどちらのチームも疲労が色濃いものになり、オープンな戦いになりやすかった。清水にも大きなチャンスがあり、横浜もサイドに流れる櫻川へのロングボールから清水を自陣にくぎ付けにするシーンもあった。

しかし結局そこからゲームは動かず、J2の頂上決戦は引き分けとなった。スタッツ的にも五分五分の試合だった。J2でも非常にコレクティブで強度の高いサッカーを披露した。それは、横浜だけでなく清水も。少年マンガに出てきそうな2人が激しい戦いをして、互角だった時の「お前もやるな」みたいな雰囲気があった。観客の数がどうのだなんて議論どうもでも良くなったはず。この内容でJ2とは言え、1位と2位の頂上決戦のすごみは観戦していたであろう他サポーターにも認知され、またこの2チームの今年の勝ち点の獲得状況が驚異的であることもこの内容から伺い知れたはずだ。

ただ、横浜としては先制して手堅い守備で跳ね返していく王道パターンを歩んでいただけに勝ち点2を失ったことは唇を噛んだポイントでもある。選手交代から数分でゴールに結びつけた清水のパスワークは素晴らしかったが、本当の決定機はそのシーンだけだったからだ。

4と6の間

最近在宅で仕事をしている時にクラシックを流すようにしている。最近の音楽でもいいのだが、クラシックは落ち着くのがよい。聞いているのはもっぱら、ピアノ楽曲。トロイメライという曲が素晴らしい。トロイメライとはドイツ語で夢の意。シューマンの作品15の「子供の情景」の中の第7曲として圧倒的な知名度を誇る楽曲である。

この曲がなぜだか試合中頭から離れなくなった。1999年のことが脳裏を過る。またどこかで自分の応援しているクラブで国立に戻ってきて最後を見届けた清水とまた戦えたらいいな。25年経ってそれが叶った瞬間でもあった。
観客数は1999年1月1日の天皇杯決勝の50,304人を上回る55,598人の入場者数となった。スタジアムの収容人数に差があるとは言え、あの日を超えた。第二楽章をそろそろ奏で始めても良い頃かもしれない。

このトロイメライという曲の特徴は跳躍にあるといわれている。4度と6度の跳躍を繰り返しながら複雑な和音が雰囲気を作り上げていく。4度は天や天使を意味し、6度は憧れだという。

清水横浜戦の翌日、長崎が敗れたことで勝ち点マジックは5となった。長崎が次節敗れ、横浜が勝利すると自動昇格が決まる。5は4と6の間。5は夢だろうか。3回J1降格しているJ1をいまさら天国だとは思わないし、もっと上を見ればACLEもある。J1にいることが幸せではない。
また、J2でも上位の予算を持ち、3度昇格経験のあるチームがJ1昇格が未だに憧れではいけない。クラブとしたら現実的な目標であるはずだ。

2006年横浜は「夢に蹴りをつける」とのスローガンを掲げてJ1昇格を果たした。あれから18年、2024年J1昇格のその先にある夢は何か。山本浩アナのあの名言には、前段がある。

私達は忘れないでしょう。横浜フリューゲルスという、非常に強いチームがあったことを。

横浜フリューゲルスという強いチームがあったが、まだ横浜はそれを超えていない。横浜フリューゲルスを超えて強いチームになった時、あの思い出から解放される気がしている。そのために週末、また小さな夢という名の勝利を目指す。今年誓った夢は、今自分たちの手を伸ばしたすぐ先にある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?