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私の彼はオタクくん

アラサーになるにつれて、女子会の話題がだんだんシビアになってきた。これが結婚適齢期というやつか。
出逢いがないだの、期待してた合コンが外れだっただの、遊ばれてただの、一通りの報告で盛り上がった後、いい感じに酔いが回ってやさぐれたマユミがポツンと呟いた。
「あ~あ。どっかに浮気しなくてやさしくて顔がいい男、転がってないかな」

満場一致で「それな~~!!」の反応を獲得して少しいい気分になったマユミは、わざとらしく口をとがらせて私を肘で小突いた。
「な~にが「それな」よ!あんたには彼氏がいるじゃんか」
それに合わせて今度は「そうだそうだ!しかもイケメンの」と私に非難が殺到する。
いつものように曖昧に笑ってその場をやり過ごそうとしたが、今日はそういうわけにはいかなそうだ。ハンターたちから「どうやって獲物を捕まえたの?」と矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
結局私は出逢いから今に至るまでの一部始終を話す羽目になった。

「浮気しなくてやさしくて顔がいい男は、いるよ」
彼氏の顔を思い浮かべたら、自然とそんな言葉が出た。私もだいぶ酔っているのかもしれない。
みんなは「リア充爆発しろ」と悪態をつきながらも、話の続きを促した。

出逢いはたまたま大学のゼミが一緒だっただけ。しかも彼の第一印象は、かなり強烈だった。
伸びっぱなしで嵩が増したきのこヘア。牛乳瓶の底みたいな眼鏡。色褪せたジーンズに、何故かYシャツとネクタイという出で立ち。しかもシャツイン。
使い古してボロボロになったリュックには、チャックが閉まらないほど荷物が詰め込まれていた。
眠たそうな目からは若者特有の覇気が感じられず、全体的にぬぼっとしている。猫背がより一層、彼の負のオーラを助長していた。
オタクの概念がそのまま人間になったみたいだ。クソダサい。
「よろしく」と声を掛けると軽く会釈はされたが、目は合わせてくれなかった。

この調子じゃ、あんまり仲良くなれそうにないな。
私は心の中で彼のことを”オタクくん”と呼ぶことにした。

ある日、私は時間を勘違いして、ゼミの集まりに30分早く来てしまった。一番乗りだろうなと思ってドアを開けると、既に先客がいた。オタクくんだ。
気まずさを感じながら微妙に距離を空けて席に座る。早くみんな来てくれ〜。

しばらくすると、突然「あ…あの、お菓子食べる?」と聞かれた。それがオタクくんの声だと気づくまでに少し時間がかかった。意外にもよく通るいい声だった。
私は驚きを隠せないまま、差し出されたチョコレートを受け取ってすぐに口に放り込む。
「このチョコ久しぶりに食べたかも。おいしい、ありがとう」
お礼を言うと、オタクくんは嬉しそうにへにゃっと笑った。
……な、なんだ今の?!
その後ゼミの仲間がちらほら集まり出したから、私は不覚にもドキッとしたことをなかったことにした。

どうやらオタクくんの集合時間は、人より1時間ほど早いらしい。
またある日、お昼ご飯を食べるタイミングを見失い、おにぎり片手に教室に入った私は、椅子の背にもたれかかって腕を組み、うたた寝をしている彼を発見した。
いつもと様子が違うのは、眼鏡を外しているからだ。
「睫毛なっが!」
思わず心の声が漏れ、彼を起こしてしまった。
彼は寝ぼけながら「おはよ〜」と言って、へにゃっと笑った。

完全にやられた。もうこれは認めざるを得ない。眼鏡の奥に隠されていたポテンシャルに、私はかなり動揺した。

それからというもの、並んで歩くと背が高いとか、手が骨ばっていて男らしいとか、ズレてるけどやさしいとか、事あるごとにお菓子をくれるとか、彼のいいところばかりが目につくようになった。

告白は私からした。
オタクくんは私の好意には気づいていたようだが、「ごめん。まだ好きだった人を引きずってるんだ」と馬鹿正直に言いやがって、一度は私を振った。

デートをするようになっても、びっくりするほど無計画だった。私から「次はスカイツリーに行こう」と提案しなければ、行き先も決まらない。

彼の家の最寄駅で逢えば、「ここら辺、ファミレスしかないんだ」と、申し訳なさそうにお洒落なイタリアンレストランを通過して、ファミレスに連れていかれた。
彼は「受験のとき、ずっとここで勉強してた」と言って、慣れた様子でドリンクバーと大盛りのポテトを頼んだ。

思い切って「コンタクトにしないの?」と聞いたら、「うん。目に異物を入れるのが怖いから」と即答だった。
私はがっかりして「え〜〜、もったいないよ〜」と言った。

そうこうしてるうちに私の誕生日がやってきた。待ち合わせに現れた彼は、なんとコンタクトだった。
私の発言を覚えててくれたことと、私を喜ばせようと、嫌だったはずのコンタクトに挑戦してくれたのがいじらしくて愛しさが込み上げてきた。
その日は「すごい!そっちの方がかっこいい!」と、事あるごとに褒めちぎった。
ちなみに初めてもらった誕プレはペアマグカップだった。彼はプレゼントとは思えない愛想のない箱から自分の分のマグカップを取り出し、「お揃いだよ」と言ってへにゃっと笑った。

「そろそろ髪を切りに行った方がいいんじゃない?」と言うと、「まだイケるでしょ」と返ってきたので、問答無用で美容室を予約し、未だに床屋通いの彼を「かっこよくしてください」と美容師さんに引き渡した。

誕生日、記念日、クリスマス……
何かにつけて私は彼に服やら鞄やら時計を与えて、時間をかけて初期装備を整えた。幸い私がプレゼントしたものなら喜んで着てくれるので、みるみるうちに爽やかになった。

今も相変わらずセンスはないが、彼が出逢った頃の写真を見て「さすがにこれはやばいってわかる……」と反省するようになっただけ、成長したというものだ。

「は〜〜〜?!つまりあんたは”浮気しなくてやさしくて顔がいい男”を育てたってわけ?!」
マユミが「無理だ」と言って机に突っ伏した。
「そういうこと!」
私は彼からの''帰る時間教えてね。迎えに行く''というLINEに、既読をつけながら言った。

解散した後、活気溢れる繁華街の駅前を歩いていると、メイドカフェの女の子たちに営業されているクソダサいオタクくんがいた。
「ぼ、僕は彼女を待ってるので……!」と律儀に断るオタクくんに駆け寄ると、彼は私を見つけてへにゃっと笑った。


#恋愛 #オタク #妄想 #小説 #ショートショート  

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