#3 『Zipper』のハンドメイドブームとはなんだったのか
1990年代から2010年代半ばまで、日本のガールズカルチャーを牽引してきた「青文字系雑誌」を掘り下げる連載
「青文字系雑誌は、夢と好奇心の扉だった」。
まずは青文字系雑誌『Zipper』に関連して
前回までは90年代の読者モデルや原宿ファッションについて振り返ってきました。
◆ [ 序 ] 青文字系雑誌は、夢と好奇心の扉だった
◆ #1 90年代の雑誌『Zipper』とパチパチズ
◆ #2 『Zipper』的90年代原宿ファッションとは
今回は、90年代末から『Zipper』で異色のブームを起こした「ハンドメイド」とは何だったのか、探っていきます。
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欲しい!なりたい!作りたい!
ごちゃごちゃとかわいいものに溢れ、思い思いのファッションを自由に纏った女の子たちがたくさん載っている青文字系雑誌を見ていると、浮かんでくる感情は大きく分けて三つほどある。
ひとつは、「欲しい」という気持ち。
青文字系雑誌に載っているようなファッションアイテムは、街中やテレビなどでよく見かけたり、どこでも誰でも持っているようなものではない。だから、この服や小物はどこに売っているんだろう、私も同じものが欲しい、という、探究心に近い購買意欲や物欲が湧いてくる。
ふたつめは、「なりたい」という気持ち。
あの子みたいになりたい。青文字系雑誌に載っているのは、周りにたくさんいるようなタイプの女の子じゃないからこそ、憧れる。
あんな髪の色で街を闊歩してみたい、かわいい服が似合うスタイルになりたい。いわゆる変身願望。その気持ちは、地方に住んでいた少女にとっては、東京に行きたい、という気持ちにも繋がっていく。
そしてもうひとつが、「作りたい」という気持ちだ。
こんなユニークでかわいいものを生み出す側に回りたい、という気持ち。
青文字系雑誌を読んで、アパレルやヘアメイクの世界を志した人も多いだろう (実際、誌面に登場するのは服飾系や美容系の学生がとても多い)。
私はといえば、10代の頃から絵と文章を書くことが自己表現の手段だと思っていたので、何かしら自分にできる形で、この青文字系雑誌の世界と繋がりたいと漠然と思っていた。
それで今もこの文章を書くに至っているのだが…。
『Zipper』読者世代にとって、「作りたい」という意欲を、物欲や変身願望をも巻き込んで「ないなら作っちゃえ」とダイレクトにぶつけられるのが、「ハンドメイド」というムーブメントだった。
この場合の「ない」は、理想通りのアイテムがない、という場合もあるし、高かったり、売っている場所が限られているために「買えない」、という意味のときもある。
いずれにせよ、ハンドメイドはどこにいても、お金に余裕がなくても、特別な知識や技術を持ち合わせていなくても、工夫ひとつで誰にでも使える魔法だったのだ。
Zipper手芸班の結成と、千秋の連載
(1999年に祥伝社から刊行されたムック本『Zipperニットブック』1、2。)
1997、8年頃の『Zipper』では、ハンドメイド企画が毎号のように特集されていた。
それは、服や小物の型紙・作り方などが、女の子のセルフポートレート的な着用写真とともに掲載されるページ。
どれも、「私にも作れそう!作ってみたい!」と言う気持ちをそそられるような誌面になっていた。
さらに、モデルやスタイリストなどがハンドメイドを提案するだけでなく、ついには巷のおばあちゃんたちが手編みを教えてくれる「おばあちゃん 出番です! マニアック手編み教室」という異色の特集まで組まれるほど。
オリジナルかつチープなファッションへの探究心は、既存のブランドのカタログ的な記事では満たされない。
ヒントがあるとなれば、おばあちゃんのたんすの中まで宝探しは続くのだ。
そんな90年代末の『Zipper』では、編集部の中でも「Zipper手芸班」なるものが結成され、ハンドメイド特集の別冊ムック(写真参照)も刊行されるほど、ハンドメイド熱が高まっていた。
(『Zipperニットブック2』より。あみぐるみなど小物の紹介もあるが、なかなかトリッキーな…!)
紹介されるハンドメイド作品たちは、絶妙にかわいく凝っている一方、絶妙に完成度が高すぎない。誰でも真似できそうで、一点物。チープだけどオートクチュール。それは、まるで読者モデルそのもののようだ。
そんなハンドメイドは、読者モデルという存在のメタファーなのかもしれない。
そしてハンドメイドに没頭し雑誌で発信するのは、読者モデルだけでなく、千秋のような知名度の高いタレントなどの芸能人たちだった。
(『Zipperニットブック a/w』より、「おしゃれ有名人によるマイニットデザイン」の企画。)
『Zipper』ではプロのファッションモデルや女優、タレント、アーティストなどももちろん紙面に登場して、着こなしを披露したりインタビューに答えたりしていた。
そんなメジャーな芸能人や著名人が、TVなどの中で作られた姿とは違う、自分らしい一面を見せてくれるのが『Zipper』だったのだ。
90年代中期の『Zipper』の誌面を飾っていたファッションリーダーといえば、Chara、吉川ひなの、市川実和子、鈴木蘭々、YUKI、カヒミ・カリィ、宝生舞、上原さくら、千秋、ともさかりえ、篠原ともえといった、時代を彩る顔ぶれ。
彼女たちのことを、読者モデルやストリートの女の子たちと対比して、便宜的に「プロ」と呼ぶことにする。
そんなプロの中でもとくに、00年代以降も続く『Zipper』のカラーを作っていったひとりが、千秋なのではないかと思う。
ポケットビスケッツとしての音楽活動も話題を呼び、TVでも大活躍していた当時の千秋は、誌面でとにかく自由なコーディネートを披露していた。私物ばかりを使っていたことも、他のタレントとは一線を画す親しみやすさとユニークさを感じさせるポイントだ。
ハンドメイド、ハイブランド、古着、カジュアル、スポーティー、ガーリー、そして当時の『Zipper』読者とは相容れないと思われるギャル系までも、さまざまなアイテムを自在に組み合わせたファッション。
そんな千秋の、持ち前のヴィジュアルのキャッチーさとウィットに富んだクリエイティビティは、連載「千秋のハッピー家庭科 ヴィーナスの嫉妬」の中で開花した。
この連載では、千秋自身がデザインしたハンドメイドアイテムと私服・私物のコーディネート、その作り方が近況とともに紹介される。
唯一無二でありながら、取り入れやすいアイデア満載なのが、読者のクリエイティビティをくすぐる。
千秋は今でも(2013年以降)、「ハローサーカス」というプロジェクトを継続中。
これは、千秋が「ママ友」としてハンドメイド作家を集め、様々な場所でポップアップショップを開催するというもので、千秋自身もハンドメイドに参加している。
今や「ママタレント」的存在となって久しい千秋だが、『Zipper』で活躍していた頃の千秋に触発されていた世代の中には、今は子どものための持ち物づくりをきっかけに、再びハンドメイド熱を再燃させている人も多いのではないだろうか。
原宿発インディーズブランドを応援して
さて、ハンドメイドブームとともに、『Zipper』では服飾学生などが自身で立ち上げたインディーズブランドを大きくフィーチャーするようになっていく。
( 2019年11月、渋谷パルコのリニューアルオープンしたCandy Stripperの店舗。)
たとえば1995年に立ち上がったアパレルブランド・Candy Stripper 。
最初はバンタンデザイン研究所の専門学生だったデザイナーのヨシエとチハルが自主制作で服作りしていたブランドだったが、ふたりが卒業した1997年には株式会社となり本格始動。
その年には早速、『Zipper』ではCandy Stripperの新商品のお知らせが掲載されたり、プロのモデルを使ったファッションページにアイテムを登場させたりしている。
以後もCandy Stripperは『Zipper』に欠かせないブランドとなり、休刊に至るまで誌面で見かけない号はないほど。
「NO RULE, NO GENRE, NO AGE」というCandy Stripperのコンセプトは、既存の枠組みを打ち破ってファッションを楽しむ『Zipper』読者の精神性そのものだと思う。
(『Zipper』1998年9月号より)
また、『Zipper』では服飾学生のパチパチズ(読者モデル)・清水エミによるインディーズブランド「あんちょこ」も注目され、「みんなで「あんちょこ」」をビッグにしよう!」というコンセプトの連載も始まる。「あんちょこ」は商品というレベルではなく、まだハンドメイドの段階だったが、毎号連載の中で新作が紹介され、ファンの声を集めるという力の入れようは、パチパチズから生まれるインディーズブランドを後押ししたいという編集部の熱意を感じさせる。
そしてこの頃、千秋、Chara、あんじなどといったファッションリーダーたちが、実際に自分の店やブランドを始めたことも、女の子たちの憧れとなっていった。
「どこにも売っていないものを着たい」「自分だけに似合うものが欲しい」「ないなら自分でつくっちゃえ!」
そんな「飢えた」ストリートの女の子たちの欲望に寄り添い刺激するのは、人から与えられたファッションに退屈するプロたちだったのだ。
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次回は、『Zipper』で連載されていた漫画で、インディーズブランドでの活動に奮闘する服飾学生たちの物語『Paradise Kiss』から、『Zipper』の恋愛観に迫ります。
<関連書籍など>
千秋のハンドメイド連載が書籍化したもの。
こちらも千秋の人気連載の書籍。
90年代の『Zipper』のアイコン的存在だった、モデル・アーティストの「あんじ」。
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PROFILE
大石 蘭 / ライター・イラストレーター
1990年 福岡県生まれ。東京大学教養学部卒・東京大学大学院修士過程修了。在学中より雑誌『Spoon.』などでのエッセイ、コラムを書きはじめ注目を集める。その後もファッションやガーリーカルチャーなどをテーマにした執筆、イラストレーションの制作等、ジャンル問わず多岐にわたり活動中。