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#2 『Zipper』的90年代原宿ファッションとは

ヴィヴィ子・ミルキー・デコラ

1998年頃には、90年代の原宿をイメージづけるような特徴的なファッション路線がつぎつぎと生まれた。
『Zipper』でとくに目立っていて、今も多くの人の記憶に残っていると思われるのは、「ヴィヴィ子」「ミルキー」「デコラ」という女の子たちだと思う。

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「ヴィヴィ子」とは、言わずと知れたカリスマ的メゾンVivienne Westwoodを着こなす女の子たちのこと。
オーブのモチーフが施された服やバッグやアクセサリーに、ロッキンホースのシューズがトレードマーク。
当時の青文字系女子の絶大な支持を得ていたタレントの千秋も、レアなヴィヴィアンのコレクションを披露するヴィヴィ子のリーダー的存在だった。
ヴィヴィアン・ウエストウッドのアイテムは、二十歳前後の女の子には高価だ。
服なら、いちばん安い価格帯でも基本的に3万円は下らない。
だから、本格的な服はここぞというときに奮発して買い、あとは1000円前後で買えるスカーフや、数万から売っているバッグなど小物類をうまく取り入れてヴィヴィアン感を出している子も多い。

そして、MILKやコム・デ・ギャルソンなど、国内のホットなブランドの服と組み合わせるのが、日本のストリートで独自に生まれたヴィヴィ子の最大の特徴かもしれない。
98年頃のヴィヴィ子はぱっつんの前髪にボブやツインテールなどのドーリーな髪型か、ツンツンしていたり無造作だったりな髪型が人気で、クラシカル(ガーリー)に着こなすタイプとパンクっぽく着こなすタイプに分かれる印象がある。

こうしてヴィヴィ子は、イギリス本国でヴィヴィアンを着こなす人々とはまったく別のファッション路線として発展した。
これがヴィヴィアン・ウエストウッド自身のポリシーにかなっているかは疑問ではあるけれど、ヴィヴィアンの刺激的なアイテムが女の子のファッション観をよりストイックに、そしてより自由に育てていったことは間違いないだろう。

「ヴィヴィ子」という呼び名こそ今はあまり聞かなくなったものの、歴史あるハイブランドなだけあって、当時のヴィヴィ子たちは大人になった今も、ヴィヴィアンを愛しそのアイテムを身につけ続けているようにみえる。


ちなみに、ヴィヴィ子の対極としても当時流行っていたのが、無印良品のアイテムを取り入れた「ムジラー」
こちらは無印良品のプチプラでシンプルな服に、ブランドもののカジュアルなアイテムを一点豪華主義のような形で組み合わせるスタイルだ。
ディテールを変えつつも今に至るまで生き残っている息の長さとしては、ヴィヴィ子と互角の勝負かもしれない。

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そして「ミルキー」
このワードはファッション用語として聞き慣れないけれど、要は1970年から続く原宿のブランドMILKを中心にコーディネートを組んでいる女の子たちのことを『Zipper』編集部がそう呼んでいた模様。

2010年代の今でも毎年のように発売されているセーラー襟トップスは、90年代のラブリーファッションブームに乗って女の子たちの憧れのアイテムとなった。
甘めの柄物やワンピースなどよりも、セーラーシャツやチェックスカート、ボーダーのソックスなど、比較的安価でシンプルかつインパクトのあるアイテムが、着回しに人気だったようだ。
スクールガールっぽさも当時の特徴で、取り入れる色を絞るのが洗練された印象に仕上がるポイント。

00年代以降は、MILKといえばロリータファッション寄りのイメージが強くなった(ブランド自体はロリータを自称していないにもかかわらず)。
そしてドリーミィな柄物、フリルやレース、パステルカラーに注目が集まるようになったように思う。
一方で、MILKは今に至るまで、ディテールにこだわりが光るベーシックなアイテムを生み出し続けている。
セーラー襟のカットソー、ロゴ刺繍のTシャツ、ボーダーのソックス、ハートバッグ……そんな定番アイテムにこそ、コーディネートのスキルと本当の個性を試されているのかもしれない。

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一方で、蛍光色やおもちゃのような小物類でこれでもかと着飾った「デコラ」も、この時期の原宿に大量発生。
篠原ともえのファッションから生まれた「シノラー」を連想する人も多いと思うが、『Zipper』の中では「シノラー」というカテゴリはあまり使われず、もっと広い概念として「デコラ」と呼んでいたことが多いようだ。
今でも根強い人気を誇るロリータブランド Angelic Pretty の先駆けとなる、ラフォーレ原宿のセレクトショップPrettyがデコラ御用達で、そこで取り揃えられていたチュールやフリルたっぷりのアイテムが、デコラのトレードマークだった。

また、2010年代にきゃりーぱみゅぱみゅの影響で人気が再燃した原宿のショップ 6%DOKIDOKI も、90年代からすでにデコラたちが通う定番スポットだった。
子ども服やハンドメイドアイテムを積極的に取り入れるのもデコラらしさ。

一時期の過剰な装飾のブームはすぐに去ったものの、デコラから派生したファッションは00年代10年代もゆるく長く続いていて、フェアリー系などもその進化系だ。

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こうして見てみると、この3タイプの境界はじつは曖昧で、共通しているのはパンクな精神なのではないかと思う。
「個性的」というカテゴライズに仲間入りさせてくれるアイテムを買うことが、個性じゃない。
自分の「好き」を掘り下げ、そこに響くアイテムを発見し組み合わせる工夫こそが個性だ。

もしかしたら、ヴィヴィアン・ウェストウッドはそれを良しとしないかもしれない。それでも知ったこっちゃないという勢いで、パンクを更新していくパンク。
社会がつくった既存の枠組みを壊して、やがて、雑誌によってつくられた枠組みさえも、パチパチズたちが自らつぎつぎと壊していくのだ。

「おしゃれびと」の信念

有名人もパチパチズも読者も、『Zipper』が誇るおしゃれな人はやがて雑誌の中で「おしゃれびと」と呼ばれるようになる。

「おしゃれさん」から「おしゃれびと」の時代へ。ただのファッション好きじゃなく、生き方にもセンスが光るそんな「おしゃれびと」大応援

以後もずっと『Zipper』の中で合い言葉のように頻繁に出てくる「おしゃれびと」というワード。
これはまさに雑誌としての信念を象徴する呼び名だったのだと思う。
生き方にもセンスが光るファッション好きを見つけ、伝え、育てて、繋がりをつくっていくという役割を担う。
『Zipper』はだからこそ、特別な雑誌だったのだ。

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《90年代原宿ファッション 関連資料》

『私たちのヴィヴィアンウエストウッド』は、ヴィヴィ子たちのあまりの熱狂っぷりに、『Zipper』から派生したムック本。

2011年に宝島社から刊行された付録つきの『MILK』のムック本は、1970年から続くMILKのヒストリーにも触れている。小泉今日子、吉川ひなのによる着こなしも必見。
(文・イラスト/ 大石蘭 )


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PROFILE
大石 蘭 / ライター・イラストレーター

1990年 福岡県生まれ。東京大学教養学部卒・東京大学大学院修士過程修了。在学中より雑誌『Spoon.』などでのエッセイ、コラムを書きはじめ注目を集める。その後もファッションやガーリーカルチャーなどをテーマにした執筆、イラストレーションの制作等、ジャンル問わず多岐にわたり活動中。



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