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「ルウさんとインカさんの大冒険」作・月原おいも 絵・橘鶫

 第1章 熊本のジャガイモ畑へ

10月下旬、ロシアという国のシベリアという広大でとても寒い土地のあるところに繁殖期を終えたツグミの大群がいました。
 その群れの隅っこの12羽程が集まったグループにオスのルウさんとメスのあいちゃんのカップルとその2羽の間に今年の8月に生まれたばかりの息子のクミンくんの親子3羽がおりました。
 ツグミは、渡り鳥でこれからの季節はシベリアではなく日本の方が過ごしやすい場所になるので今はみんなで日本へ向かうための旅の準備をしています。
 準備ができたらツグミは大群となって大空を渡ります。
 ルウさんのグループは、日本の北海道という場所に行く予定です。
     ☆
 ついに、シベリアを飛び立つ日がやってきました。
 ルウさん一家は、それぞれ長旅に必要な物をリュックサックに入れて準備はバッチリです。
 大群のリーダーであるパーワーさんの
 「みんなー!準備はいいかなー? それでは、いち、にー、さーん!」
 という合図と共にルウさんたち、ツグミの群れはついにシベリアから飛び立ちました!
 ふるさととはしばしのお別れです。

     ☆
 次の年の5月中旬、ふるさとのシベリアから旅立ったルウさん一家を含むツグミの一団は、中国を渡り、石川県にある能登半島から日本に入り、日本各地に散り散りになって飛んでいきました。
 ルウさん一家はというと他の仲間と一緒になって12羽の群れとなり、まず、熊本県に向いました。
 熊本から北海道へと北上していく計画です。
 ルウさん達が熊本へ向かっていたちょうどその頃、熊本で農業を営んでいる人間の伊藤さんちでは、今年の2月に植え付けを行ったインカのめざめという品種のジャガイモの収穫が行われようとしていました。
 そんな、もう少しで収穫が始まろうとしている畑の土の中では、立派に成長したジャガイモ達が会話しています。
 どんな会話をしているのでしょうか?
 せっかくなので、土の中をのぞいてみましょう!

第2章 インカさん一家の会話①

畑の土の中には、1 株に6個のジャガイモが成った一家が楽しそうにお話していました。
 収穫されたら何になりたいかという話題で盛り上がっているようです。
 お母さんは、
 「私たちもう少しで収穫されるみたいだけど、収穫されたらみんなは何になりたいの?お母さんは美味しいポトフになりたいわ」と。
 お父さんは、
 「お父さんは、ホクホクのじゃがバターになりたいな!バターさんとお友達になりたいんだ」と。
 4きょうだいの1番上で長女のお姉ちゃんは、
 「私は、ジャガイモのグラタン、ドゥフイノワになりたいな。特別な日に出してもらうの」と。
 4きょうだいの2番目で長男のお兄ちゃんは、
 「僕は、ポテトチップスになりたい! カリカリに揚げてもらって美味しい味にしてもらうんだ!」と。
 4きょうだいの3番目で次男の弟くんは、
 「僕は、シチューになりたい! ホクホクになってルウと仲良しになって食べた人に温まって幸せになってもらうんだ!」
 と言いました。
 みんな、それぞれになりたい料理が決まっていました。

第3章 インカさん一家の会話②

でも、4人きょうだいの末っ子の女の子のインカちゃんだけは、どんな料理になりたいとも思っていませんでした。
 心の中で『食べ物なのにどんな料理にもなりたくないなんて、私っておかしいのかな?』不安になっていました。
 ずっと、黙っているとインカちゃんの不安な気持ちを察したのかお母さんがインカちゃんに聞きました。
 「インカは、何になりたいの?」と。
 みんなの夢を聞いて不安になったインカちゃんですが勇気を出して家族に自分の夢を言ってみることにしました。
 「私はね。料理になりたくないの。どうすればお料理されなくてすむのかな?」と。
 すると、お父さんがにっこりして言ったのです。
 「それなら、一度収穫されてからもう一度畑に植えてもらうと良い。そうすれば、種芋みたいにインカのカラダから芽が出てまたジャガイモになるはずだよ。」と。
 インカちゃんは、そんな生き方があったのかと目をキラキラさせてお父さんに聞きました。
 「それやりたい! でも、ひとりじゃできないから誰かに助けてもらわないといけないね。誰にもう一度植えてもらったらいいんだろ?」。
 お父さんはお母さんの顔を見て少し考えてからインカちゃんの顔を見て言いました。
 「たぶん、鳥さんにお願いするのが一番だと思うよ。特に渡り鳥なら遠い場所まで運んでくれる。でも、収穫された時に運良く助けてくれる鳥さんに出会えるかは分からないね」
 インカちゃんは、がっかりしました。
 「収穫されたからって自分がなりたい物になれるわけじゃないのね」
 すると、がっかりしたインカちゃんと励まそうとお母さんが言いました。
 「収穫される前から諦めちゃだめよ。収穫されたら一緒に箱の中から鳥さんを探してあげるから。ね」
 インカちゃんは一度はがっかりはしましたがお母さんの言葉を聞いてもう少し前向きな気持ちで待ってみることにしたのです。
 そして、次の日、太陽も上らない朝早くからインカちゃんが植わっている畑で収穫が始まりました。

第4章 熊本にとうちゃく!ツグミたちとジャガイモたちの出会い

農家の伊藤さんちでジャガイモの収穫が始まった頃、ルウさん達、ツグミの群れが熊本県に到着しました。
 長旅で疲れてしまい電線に止まって何か美味しそうなご飯がないか下を見て探していました。
 目の前に広がっている収穫の時期を迎えた畑では農家さん達が忙しそうに働いています。
 ルウさんは、その中にインカさんも植っている伊藤さんちのジャガイモ畑を見つけました。
 ルウさんは飛び立つ前のふるさとで今回は違うグループになってしまった仲間から『5、6月ぐらいに日本ではジャガイモの収穫が行われてるよ。美味しいから見つけたら食べてみるといいよ』
 と教えてもらっていたので、ジャガイモに興味津々でした。
 なので収穫されたジャガイモを見つけると、ルウさんたちは止まっている電線から狙いを定め大きな箱に入れられたジャガイモ目がけて飛んで行きました。
 ジャガイモを食べるためツグミの群れで収穫されたばかりのジャガイモを襲ったのです!
 「キャー!!!」
 すると、なんとジャガイモたちが悲鳴をあげたのです!
 襲ったジャガイモたちがまさか喋ると思っていなかったルウさんたちはジャガイモたちの「痛いよ!やめて!」という声を聞いてびっくりして思わず襲うのをやめました。
 ジャガイモが喋るだなんてツグミの先輩たちから聞いていなかったルウさんたちは戸惑いを隠せません。
 「ジャガイモって喋るの?」と口々に言い合いました。
 話し合いを始めたツグミたちを見たこの畑で一番大きいジャガイモのおさが勇気を出して大きな声でツグミたちに話しかけました。
 「お主らは私たちジャガイモを食べにきたのか? 食べんのか?」
 ルウさんがいるツグミの群れで一番の年長者であるループさんが答えます。
 「食べようと思っていたのですがそんなに痛いと言われると食べづらいです! 他の畑のジャガイモも喋るんですか?」
 ループさんの質問にジャガイモのおさ
 「さあな。わしらはこの畑の事しか知らんがわしらは喋ることができるという事実だけはここにある!」と答えました。

第5章 ツグミとジャガイモの作戦会議

その後、12羽のツグミたちとジャガイモたちが話し合った結果ツグミたちはここの喋らないジャガイモをもらって食べる事にしました。
 ここの畑では、ほとんどのジャガイモがお喋りする事ができましたが歪《いびつ》な形になってしまったジャガイモなどは命が吹き込まれずお喋りできなかったのです。
 ジャガイモを食べ終わったツグミたちが次の目的地に向けて旅立とうとした時、ジャガイモの群れの中から勇気を出した女の子が思い切ってルウさんに話しかけました。
 「あのぉー。鳥さんに着いて行ってどこかの地面に落としてもらえたら種芋になれますか?」
 勇気を出して話しかけたのはばれいしょ家の末っ子のインカさんでした。
 ルウさんが聞きました。
 「種芋ってなんですか?」
 ジャガイモの長《おさ》が答えます。
 「種芋とは、ジャガイモを育てたい時に植える種のような物です。食用のジャガイモとは別物ですが食用のジャガイモと似た形をしています。そうだ。もしよかったらこの子をどこかジャガイモが育つのにいい土地に連れて行ってくれませんか?」
 ルウさんは考えました。そして、答えます。
 「いいでしょう。旅の仲間が増えるのも面白そうだ。みんなもいいよね?」と振り返ってツグミの仲間たちに聞きました。
 ツグミの群れにもジャガイモの仲間達にも反対する者がいなかったのでインカさんはルウさんのリュックに入らせてもらってツグミの群れと一緒に旅をすることになりました!

第6章 運命の畑みつけた!

9月上旬、長い距離を旅したツグミの群れとインカさんはついに北海道にやって来ました。
 ルウさん、ルウさんのパートナーのあいちゃん、そして2羽の息子のクミンくんとその他9羽のツグミたちとインカさんは旅をしていく中ですっかり仲良しになっていました。
 ご飯を食べる時、おしゃべりする時、登ってくる朝日を眺める時、消えゆく夕日を眺める時、どんな時でも寄り添いあってお互いについて理解を深めてきたのです。
 でも、どんなに楽しい毎日にも終わりは来るものです。
 そう、インカさんにはツグミのみんなとお別れしなくてはならない時が迫っていました。
 インカさんは、『できれば後日雨になりそうだけど天気が良い日に植え付けてもらいたいな』と考えてルウさんたちにも話していました。
 北海道に到着したその日からインカさんを植え付けるのに良い場所を探す毎日です。
 北海道には、人がたくさん住んでいて賑やかな街と畑がたくさんあって家々が離れている広大な土地などさまざまな場所がありました。
 どんな場所も見ていて楽しかったのですがある時畑で働いている人にインカさんが育った畑の持ち主である伊藤さんに似ている人を見つけてインカさんは自分を植え付けてもらうならこの人の畑がいい!と決めました。

第7章 お天気博士ルウさんの活躍

インカさんは、植え付けてほしい畑を見つけた事を早速ルウさんに報告しました。
 「そうか。じゃあ、そこの畑でいいんだな?」
 ルウさんは改めてインカさんに聞いてくれました。
 「うん。あそこがいい。働いてる人がね。ふるさとの畑の伊藤さんに似てて懐かしいよ」
 とインカさんが言います。
 すると、ルウさんは「じゃあ、あとの問題は天気だけだな。晴れ続きだと地面が乾き過ぎちゃうんだよな?」と言いました。
 「そうなんだよね。天気を見極めるのに良い方法ってないのかな?」
 「あるぞ。ふるさとのツグミの大群のリーダーにパーワーさんってじいさんがいるんだが、その鳥に聞いた事がある。雲の色、雲の出方、風の向き。自然の様々な動きを見極めて未来の天気がなんとなく分かるらしい。たとえば、高い山に雲がかかったら『笠雲』と言って天気が下り坂になるかもしれんらしい」
 「そう、ちょうどあの向こうの山みたいにな」
 とルウさんは畑の向こうにそびえる山を翼で指し示しました。

第8章 インカさんとツグミたちのお別れ

翌日、昨日ルウさんが想像した通りに朝からザーザー雨が降りました。
 インカさんは、今日は植え付けてもらうのにすごく良い日だ!と思いましたが植え付けてもらうにはルウさんたちツグミのみんなとお別れしなくちゃいけないのでさびしくもなりました。
 そんなインカさんの気持ちが伝わったのか今まで恥ずかしがって積極的に話しかけようとしなかったクミンくんが
 「お別れになっても大丈夫。もう会えなくてもボクはインカおねえちゃんの事忘れないよ。だって、会えない人とも心の中で繋がってるんだって仲良しだけど今回は違うグループになっちゃったツグミのミントねえちゃんが前に教えてくれたから!」
 それを聞いたインカさんは、クミンくんがそう言ってくれた事が嬉しくて、なのに、やっぱりお別れはさびしくて気がついた時には笑い泣きしていました。
 「ははは。インカおねえちゃん。笑ってるのに泣いてる。難しいお顔してるね」と笑っていたのですがどうやらクミンくんもお別れがさびしくなってきたらしく段々と泣き笑いの顔になっていきました。
 「あれ?なんでかな……?ボクも泣きながら笑ってる。難しそうな顔だなと思って見てたのに案外できちゃうものなんだね」と困ってしまいました。
 すると、2人のもとへあいちゃんがやって来て
 「あらら。2人して泣いてるのね。私たちは種も違えば生きていく環境も違う。だから、今はお別れかもしれない。でも、きっとこの種の違う者同士で出会って過ごした日々が貴重な経験になってこれからの人生をより豊かにカラフルに彩ってくれるはずよ」
 「だから、これからどんな種の相手に出会ったとしても差別せずこんにちはって挨拶して仲良くなってほしい。2人ならできるはずよ。私の願いはそれだけ」
 と言って温かい翼で2人を優しく包み込みました。

第9章 インカさん、畑にジャンプ!

そうして少しの間抱きしめ合ってから3人はお互いの体を離しました。
 それを見守っていたルウさんがインカさんに話しかけます。
 「心の準備はできたか?できたなら俺の背中に乗ってくれ。
 飛んでいって畑のいい感じの穴に落としてやるからさ」
 「はい。心の準備はできました。あいちゃん、クミンくん、ツグミのみんな。今までありがとう!」
 としっかりお別れをしてインカさんはルウさんの背中に飛び乗ります。 
 インカさんが背中に乗るとルウさんが翼を羽ばたかせ畑の上空へと飛び立ちました。
 ルウさんとインカさんが下の畑へと眼を凝らします。
 すると、畑のちょうどいい場所にジャガイモが植わるのにいい感じの穴が空いているではないですか!
 ルウさんが「あそこしかないよな?」とインカさんに聞きます。
 インカさんは、「うん。あそこに飛び込むからいい所に飛んでください!」とルウさんにお願いしました。
 「じゃ、本当にお別れだな。インカ。元気で、来年またジャガイモになるんだぞ。そのジャガイモ俺たちが食ってやる」
 なんて冗談を言いながら畑の穴の上まで飛んでいきました。
 インカさんは「じゃあね。また来年。日本に来てね」と言い思いっきり深呼吸をして心の準備をしてから穴に落ちていきました。
 インカさんは食用のジャガイモですがそれでも栄養豊富な畑に植えられれば種芋のようにちゃんとジャガイモが育つはずです。
 インカさんを穴へと無事に送り届けたルウさんは大切なことを成し遂げたような少し誇らしい気持ちで仲間たちの元へ羽ばたいて帰っていきました。

エピローグ

プロローグ
 次の年の10月下旬、ロシアという国のシベリアという広大でとても寒い土地のあるところにツグミの大群がいました。
 また、日本への越冬に向けて準備をしているのです。
 ルウさん、あいちゃん、息子のクミンくんの一家もいます。
 みんなが待っているとツグミの大群のリーダーであるパーワーさんが現れました。
 もったいぶった様子でゴホン!と一度咳払いをすると
 「えー。本日はお日柄もよく。我々の越冬のための旅立ちにふさわしい日となりました。えー。そんな訳なんで。もうノリで行っちゃいましょう!!」
 「えい!えい!おー!」。
 という締まっているのか締まっていないのか分からないなんとも言えない挨拶でパーワーさんがみんなを送り出します。
 そうして、地面から飛び立ったツグミの群れが青空を覆うようにして翼を羽ばたかせています。
 さて、今回の旅ではどんな出会いがツグミたちを待ち受けているのでしょうか。
   Fin.

作者からのご挨拶

『俳句幼稚園』の俳句イベント内での会話の流れで私、月原おいもとこの物語の絵を描いてくださった橘鶫さんという2人の共同企画が誕生しました。
私が物語を完成できないかもしれないと一時は創作を諦めたのですがまたやりたいと言った時に暖かく受け入れてくださった鶫さんには感謝してもしきれません。
この物語を完成させてnoteでお披露目することができてとっても嬉しいです。
少しでも多くの読者さんに届きますように。

                          令和6年3月28日 月原おいも

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