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長すぎる自己紹介

おいちゃん

初めまして。おいちゃんだよ。

情報発信した方がいいのかなと思って、今まで隠れてコソコソやってた自作ホームページGamemo(http://gamemo.me/)のおブログの内容を垂れ流すことにしました。こっちは何かあったらすぐ消すよm9(・∀・)ビシッ!!

でも垂れ流す前に一応、自己紹介とかしとこうと思います。

※今Gamemoは公開終わってるよーん。代わりにこちらの「天才のちょいラク情報室(https://choi-raku.com/)」でラジオ開業してるのでよろすく。

①おいちゃんの特徴

多分ギフテッド+ADHD、ちょっとアスペ(ASD 自閉症スペクトラム)、うつ治療中。軽いLDも多分ある。解離性同一性障害で常に2人で生きております。性別不明のゲイ。天然の絶対音感持ち。

ギフテッドは2Eと万能タイプの中間というか、出来ることはけっこうあるけど出来ないこともあるよって感じ。

ADHDはかなり強く出てるけど生育環境で悪化してる面があるので何とも。

アスペは女性特有のコミュニケーション障害が目立たないやつ。冗談とかもけっこう分かるからね。

うつは高3ぐらいから本格的になってきたけど正直、中学生の頃から既に兆候はあったと思う。

性格は主にADHDぽい天真爛漫な、と言うか破天荒と言うか、かなーーりポジティブなやつ。ジャパニーズに珍しい血液型B型タイプだと思う。あ、本物の血液型はA型だよ。A型だけど、血液型占いは100%外れるB型とされる性格をしてます。あ、あと幼いです。発達障害のせいかものすごく幼い。体の年齢から5~7歳引いたぐらいの精神年齢。でも精神年齢診断テストでは「70歳越えのおじいちゃんです!」とか達観してるとか言われるよく分からないやつです。

軽いLDは高校になるまで判明しなかったけど、英語のリスニングがヤバかったです。母ちゃんと特訓したけどなんか明らかおかしい出来なさっぷりで諦められた笑

解離性同一性障害について紹介しよう。まずは今書いてる俺様ことロンリィさん。

ロンリィは交代人格で、生まれたのは体が中3の時。そっから10年ぐらいずーっと表の対応してきたのはロンリィさんなんで、高校以降で会ったことある人はロンリィさんのことしか知らないと思う。非常に論理的でサイコパス的に人の血が通ってないので、「論理のロンリィ(lonely)」ってことで呼び名はロンリィさんになってます。

基本人格にしてロンリィの生みの親が、フイィーちゃん。呼び名はまあ適当に「感覚(フィーリング)のフイィー」でいっか、みたいな感じ。この文章を製作中のおいらことロンリィさんを生み出した後、体の中に引きこもって10年。年季の入った引きこもりです。とにかく優しくてピュアで、幼い子。中1ぐらいで時が止まってるんです。あ、今の体の年齢は勿論秘密だよ♡(なんかウザい)

性別はまあ多分文章読んでりゃ「体は女なんだろな」って分かると思うよ。でもおいちゃんは「男だ」と言い張る。おいちゃんって呼び名は「おじちゃん」の訛りだから。自らを「おじちゃんね〜」と呼んでるのです。

つまり本当は、ゲイじゃありません。だけど俺的には「自分は性自認が男で、恋愛対象も男。だからゲイだ」って理論で生きてます。ちなみに本当は何でも食いなので女性も好き、人外も好きです。何なら無機物だって愛せますよ。ただゲイと名乗りたいだけ笑

絶対音感は、あるっちゃある。訓練してない。所謂世間一般で言われる「相対音感を限りなく極めたもの(鍛えれば誰でもできるやつ)」ではないよ多分。ジャパンでは混同されがちだけど、鍛えてなれる相対音感ではなく自然と持ってた天然物の絶対音感持ち。天然なので制御可能なんで、雨音が全部音階に聞こえて気持ち悪くなるとかそういう副作用は全くなっしんぐ。聴きたいやつに対してだけ好きなレベルで発動させることができます。絶対音感かなと思う根拠として、西洋の音階に当てはまらない中間の微妙な音も鼻歌で完全再現可能ですぞ。人の声をそっくりそのままのトーンで真似できます。だから声真似が上手いってよくウケる。

自分についてはとりあえずこんなもんなので、次は生い立ち的なのを書きます。長くなるから覚悟せい。

②おいちゃんのおいたち-幼少期-

家族構成は父、母、兄、俺の4人家族。おいちゃん末っ子です。

生まれた時はガリガリの細々で、母乳をあまり飲まなかったらしい。

発達障害らしい行動をしてたかと言うと微妙なところで、兆候はあったが問題とまではされなかった程度。保育所に通ってましたが特に発達の何たらを指摘されたことはない。まあ時代的に知名度が低かったから見過ごされただけかもってのはあるがね。

発達障害らしいと言うかギフテッドぽいエピソードとして、保育所の庭にある2階へ上がるためのスロープの下のちょっとした隙間に潜り込んで毎日ダンゴムシの生態観察をしてました。ある日いつものように観察していてふと「皆どこへ行った(地上の星)」と思って庭に戻ったら皆部屋に戻ってて誰もいなくて泣きながら帰ったことがあります。

他は特に…まあ、ウルトラマンの怪獣のおもちゃが大好きで、棚に乱雑に積み上げられたおもちゃを元の陳列に戻す作業を楽しんで行なってましたかね。アルファベット読めないけど、フィギュアに書いてある文字の形と棚の値札に書いてある文字の形を照合して戻してました。

あーでもアスペの特徴はけっこう出てたみたいですね。母ちゃんに抱っこされるの嫌がってたと言うか、抱っこされても全然嬉しくなさそうにしてたらしいです。全く覚えてないけど。他にも、保育所で一緒に過ごしている子達と一緒に遊んだことがほぼありません。いつも1人でフラフラ楽しく遊んでました。もしくは男子に泣かされたり女子にいじめられたり。

あ、忘れるところだった。そう、女の子4人組に毎日いじめられてました。先生が見てないような場所へ連れていかれて罵詈雑言吐かれ続けて、よく分からないけど不快なので泣いてました。でも当時はいじめって概念を知らなかったので誰にも相談しておらず、周囲からは仲のいい友達なんだと思われてました。高校生ぐらいになってやっと「あれはいじめだったんだ」って分かって発覚しました。

家では親の喧嘩をたまに聞いて家でもよく泣いてました。この時期はベタベタのお父さんっ子だったので父の膝に乗ってよく泣いてました。そんな父との関係は小学校に入ったぐらいから崩れ始めます。

③おいちゃんのおいたち-小学校-

小1ぐらいの時、電子ピアノを買ってもらって練習していたら母ちゃんがやって来て「お父さんのこと嫌いになったらあかんよ」って言われました。その時は何のことか分かりませんでした。

小学校に入って先生に「皆と仲良くしましょう」と言われて衝撃を受けました。この人達は仲良くしなきゃいけない人達だったんだ!?とびっくりしたので、それからは皆とも遊ぶようになりました。別に集団行動自体は問題なく出来ました。ただ必要性を感じてなかったので、まさか義務だったとは知らずびっくりしました。

小1から小6まで、ずっと女子との関係で泣き続けました。おいちゃんは自分の意見をあまり言わないタイプだったので、強気でワガママな女の子からやたらモテました。俺の所有権を巡って女子同士の争いが勃発し(やめて!俺のために争わないで!)、毎年のように何かしらのトラブルに巻き込まれました。でもおいちゃんは黙って従うタイプでもなく、勝手に自分の好きな人と仲良くなって離れていこうとするので、よく強気でワガママな女の子に怒られました。怒られる理由が分からなくて泣きました。小4の時に強気な女の子に「あんたって自己中だよね」って言われて大泣きした時はなんか驚かれてました。学業の出来っぷりに対する精神面の幼さがギャップすぎたらしいです。

反対に男子とはめちゃくちゃ気が合いました。いつも遊んでました。必然的に友達は男子が多くなったので、未だに女性とのお付き合いには苦手意識があります。

学業面では100点が普通でした。母ちゃんにもそれが普通だと言われたので、これが普通なんだと思ってました。

でも100点取れない時もありました。算数の授業で「途中式を書いていないからバツ」とされました。答えは合ってるのに点がもらえず、非常に腹立ちました。母ちゃんはこれを「出来る子へのやっかみ」と言ってました。これはジャパンの教育制度を改革すべきと考えます。

授業中に自分だけ同じ姿勢を10秒以上続けていられないことに気づきました。周りの子は皆大人しいのに自分だけガチャガチャずっと言わせてて、初めて「おかしいな」と思いました。今思えばADHDの多動。他にも、自分だけ書き間違いがめっちゃ多くてしょっちゅう消しゴム使ってたのも気になりました。ちなみに夏休みの宿題も好きなのだけやって他は全部やりませんでした。怒られてもやりませんでした。

その頃は確か、授業中ほぼ妄想に耽ってノートに絵を描いてたと思います。話も全く聞いてなかったと思います。全て知っていることでつまらなかったので。算数の問題とかは書かなくても目で解けたのでいつも書いてなかったと思います。元気に手を挙げて発言するタイプでした。

小3の時一緒のクラスだった強気な女の子に、休み時間に俺の自由帳に漢字クイズを落書きされて無理やり答えさせられて悲しくなったことがあります。なんかやたら張り合ってくる人が多かった。

ちなみにその女の子が休み時間に教室のピアノでよく「人形の夢と目覚め」を弾いていて、メロディが気に入ったので家に帰ってから楽譜を調べて覚え、数日後には自分でも弾くようになりました。俺はピアノ教室に通っていなかったのでなんか驚かれました。

その独学ピアノで小4から3年間、音楽会の学年合唱の伴奏を担当しました。立候補した理由は「誰も手を挙げないので下校時間が遅くなり早く帰りたかった」から。小6の時に弾いた「平和の鐘」はなんか同級生のお母さんに大絶賛されたらしいです。ちなみに楽譜が読めなかったと言うか読むスピードが壊滅的に遅かったので、楽譜をもらった初日にやることは音符の上に「ソ、ミ…」と音階を書いていく作業でした。その代わり一度覚えてからは何も見ずに弾けました。音楽会当日も楽譜を持たずに演奏しました。

家では色々ありました。まず父の失職ですな。

小2に上がりたてぐらいの頃に父は病気になり、エンジニアの仕事を辞めました。それから10年間働きませんでした。代わりに母ちゃんが派遣で働きに出ました。

家事もしませんでした。毎日文句だけは言い続けました。母ちゃんは毎日小言を言われ、俺達にも「勉強しろ」と頭ごなしに言ってきました。

あれは小3ぐらいだったと思いますが、俺に「勉強しろ」と言いながら自分はPCで牧場ゲームをしていました。のでそのことを指摘すると「口答えするな」と怒鳴られました。母ちゃんに目で「何も言うな逆らうな」と言われ、黙る他ありませんでした。ここら辺で父との間に築いていたはずの愛着は崩壊し、俺の精神は徐々に不安定になっていきました。

父は他にもDV虐待を続けました。暑くてクーラーを入れたくても「節約しろ」と煩く言われ、つけてもらえませんでした。俺は暑いのが特に苦手ですぐダウンしていましたが、ダウンしていると「勉強しろ」と言ってきました。

何か物を落とすとすかさず「落とすな!」と叫ばれました。自分は物を盛大に落としても謝らなかったけど。

お小遣いをもらっても「使うな」と激しく言われ、全然使っていなかったので小2の時に4万持ってました。文房具屋でどうしても欲しいシールがあって内緒で買って服の下に忍ばせて帰ったら見つけられて万引きと間違われて頭ごなしに怒鳴られました。シールはお店の方に返還され、後日母ちゃんが買い直しました。あの時無駄になった100円はどこへ行ったんだろ。

母ちゃんが子供用のおやつを買ってくると必ず「無駄遣いだ」と責め立てました。自分は飴を1日に何個も噛み潰し、加えてせんべいなども毎日煩く食べてました。

偏食も激しく、家族で食べるものが毎日違っていました。母ちゃんは毎日4人分の違うメニューを考えました。仕事をし家事をし子育てをし、毎日4人分の違うメニューを考えていました。

段々母ちゃんから八つ当たりで叱られることが増えました。宿題も厳しくチェックされました。ゲーム時間もろくにもらえず、トイレに隠れてこそこそやりました。漫画も読みました。たまにバレて叱られました。

俺はそんな崩壊した家を見て育ちました。(段々淡々とした口調になってて面白みなくてごめんちょ)

④おいちゃんのおいたち-中学校-

中学生に上がった辺りから学業面がだいぶ変わってきました。でこぼこのぼこが目立ち始めました。

社会科が壊滅的に出来ませんでした。地理は恐ろしい点数になってましただ。ちょっと面白めの口調で頑張ってみる。

理科も物理と化学はさっぱりでした。生物だけは恐ろしく出来ました。だ。

国語も…あ、国語は実力テストの点数のみぶっちぎりでした。学校の国語は、あれは国語ではないので真面目にやりませんでした。あれは先生が授業中に言ったものをそのまま書けば点が取れる仕組みだったので、やるだけ無駄だと思って授業中に本を読んだり絵を描いていた俺は低い点数でした。でも実力テストの点はブッチギリだったので、国語の先生に不真面目だと嫌われました。でも作文はめっちゃ出来たのでいつの間にか評価ひっくり返ってました。

数学はプリントの問題を先に半分ぐらい解いておいて後はひたすらお絵描き、先生が近づいてきたらプリントの残り半分をゆっくり解いてるフリして真面目にやってますよ感を出し、遠ざかった瞬間に残りをさっさと埋めて絵を描いてました。楽しかったです‪w‪w

他には音楽がぶっっちぎりでした。歌うのが好きで歌ったら皆に上手いとか綺麗な声とか褒めてもらえました。先生もいつもニコニコしながら聞いてくれて、実技点はいつも満点で、音楽の授業も先生のことも大好きでした。

でもぶっっちぎりだったのは中1の時だけで、中2になって先生が変わってから突然実技点が満点じゃなくなりました。合唱が大好きな先生で、俺の声は汚いからダメだといつも特別指導を受けました。母ちゃん曰くそれは嫉妬だそうです。ちなみに俺の声でSuperflyを歌うとめっちゃ合うらしいです。個人的にはヒゲダンが歌いやすくて大好きです。

実技点が25点満点の22点しかもらえなくて、明らか俺より歌えてなかった子に点数聞かれて黙って見せたら「あっ…(察し)」の顔されて泣きそうになるのを必死に堪えて家に帰りました。その子を始め、俺以外のほとんどは24点でした。家に帰って母ちゃんに聞かれて堰切れたように泣き出し事の顛末を報告したら、モンペになって学校に電話してくれました。伸び代だと説明されました。次のテストから皆と同じ24点になりました。

交友関係は割と問題ありませんでした。女子とは何故かすんなり上手く付き合えて、そのうちの1人とは今も旅行に行く仲!アニメ漫画について詳しくなっていった時期だったので、自然と同じ趣味の仲間が集まってきて楽しくやれました。

クラスで浮いてる男子に声かけて仲良くなったらストーカーされました。教室移動の際に友達と喋っていたら後ろからその男子にちょっかいをかけられ中断されることが非常に増え、なんか変だと思って距離を置くようにしたらめっちゃ後を付け回されました。教室で1人本を読んでいたら突然声をかけてきて肩に手を置いたり頭を撫でたり叩いたりするようになったので、怖くて友人と常に一緒にいるようにしました。学年上がってクラス離れてからも俺のクラスまでわざわざやってきて話しかけてくるようになり、学校中を3階から1階まで追い回されたので生徒会室に逃げ込んだら、生徒会にまで立候補してきました。恐怖でパニクって暴発してやらかしたので、自分が生徒会を降りました。以降目立つ行動は積極的に避けるようになりました。

このように教室での生活は順風満帆でしたが、部活でちょっとありました。

ドラムが叩きたくて吹奏楽部に入りました。3年生の先輩とはすぐ仲良くなりましたが、2年生の先輩方と1年生の女子の1人にいじめられました。

なんか紙に死ねとか消えろとかブスとか名字いじったあだ名とか書き殴られたものを渡され、大事にファイルにしまっているのを高校生になってから発見しました。当時の俺はやっぱりいじめと認識してなかったらしいです‪w‪w

3年生の男の先輩がよくドラムを叩いてたのですごく仲良くなっていつも喋ってたら、2年生の先輩や1年生の女子1人に「好きなんでしょ」と言われていじめられました。憧れの先輩だと思ってたのにそんな風に言われたのが嫌で泣きました。

中学生の頃はボーイスカウトもやっててそっちの方が超楽しかったので、吹奏楽部の土日の練習をサボるようになりました。そしたら全員集められて「出席率が悪い」と3年生に注意されました。皆に責め立てられている、皆敵だと思ったので、思いっきり泣きました。そしたら3年生が不審に思ってあれこれ聞いてくれて、いじめが発覚しました(当時は俺がそのこと知らなかったので後で分かったんですけど‪w)。いじめていた人達はこっぴどく叱られたらしく、以降いじめは一応なくなりました。でも影ではこっそり続いてた感じでした。3年生が卒業していなくなるとジワジワいじめられ始めたので、1年生の終わりに吹奏楽部を辞めて友人のいた合唱部に移りました。

合唱部に入ってからは天国でした!.。.:*・'(*°∇°*)'・*:.。.

友人が部長をやって俺が副部長になって、毎日めちゃめちゃ楽しかったです。後輩ともめっちゃ仲良くなりました。

合唱部に入って間もない頃、同輩や先輩となんかして遊んでた時に後輩の1人がピアノで「ブラックロックシューター」を弾いてるのを聞きつけ、即行そっちの方に行きました。後輩が不審がるので「気にせんとって〜」と軽く誤魔化して聞き耳を立てていたところ暫くして再びブラックロックシューターを弾き始めたので一緒になって歌って、「ボカロ好きなんですか!?」って話題が弾んで一瞬で仲良くなりました。その当時ボカロはまだまだキモいオタクの間でしか知られてなかったコンテンツですぞ。千本桜のCMもまだなかった、スマホもまだ出始めだった頃のお話。

もう部活は楽しくて楽しくて、おかげで1番荒んでたはずの中学校生活は1番楽しかったという思い出に仕上がっております。成績は本当に極端であらゆる先生から不真面目だと思われてましたけどね。宿題も全くしなくて居残りさせられてもしなかったし、ノートや提出物も全く提出しませんでした。平常点の制度はおかしいと思ってたので抗議して出してませんでした。と言いつつ本当は出そうとしたけどえーでぃの忘れ物があまりに多すぎて手が回りませんでした。母ちゃんは平常点の制度も「出来る子への嫌がらせや」と言ってました。いやこれはきっとADHDへの嫌がらせだきっとそうだ。

あ、何故中学校が1番荒んでたかと言うと、家庭環境がかなりヤバかったからです。この頃家を売って出ていかんといけんくなるかもしれんみたいな話が持ち上がってました。

親の喧嘩頻発でまともに勉強どころじゃなかったし、成績に陰りが出てきたせいで母ちゃんのスパルタがめっちゃ厳しくなってました。抵抗していつも隠れてゲームばっかやってました。毎日ポケモンBWやってましたがこの時のことを後悔したことは一度もない。すげー財産になった。

この頃からおいちゃん脳内ワールドに2次元キャラが出没するようになりました。悲惨すぎる家庭環境に救いを求め、どんどんアニメ漫画にのめり込んでいきました。

学校から家に帰るのが嫌すぎて、合唱部の仲間と談笑しながら敢えて超遠回りをして帰ってました。帰ったらずっと緊張していつも警戒してました。親の言動に注意を払い、刺激しないよう息を押し殺してました。

2回家出しようとしました。1回目は友人宅へ行きました。数時間持たずに連れ戻されました。

2回目は交番に行きました。でも精神的虐待やモラハラって言葉が当時浸透してなかったので、よくある思春期の家出と思われて帰されました。大人は守ってくれないってことを学びました。こうしてロンリィが生まれたのじゃった。

ロンリィさんはね、フイィーちゃんの心の壁なんですよ。フイィーちゃんの良き理解者であり、優しい母であり、頼れる友人であり、教え導く先生であり、壁役だったんです。本当に守ってほしい時は必ず1人だったので、俺を守れるのは俺だけなんだと知ったフイィーちゃんから生み出されたのがロンリィさんです。俺は一生フイィーちゃんの良き騎士(Knight)★として活躍していく所存でござります。ある意味意図的に解離したと言える。

そんな自分で愛着対象を生み出して何とか愛着形成し直そうと奮闘していたおいちゃんを救ってくれたのが、2次元です。次の記事以降はおブログの内容をただ垂れ流すだけになりますけど、基本2次元の話しかしてないです。おいちゃんと切っても切れない2次元ですのでご了承くださいませね。

中3の秋頃、生涯の伴侶と出会いました。今の妻(♂)です。俺達結婚8年目(2021年執筆時)です♡…ん?歳バレた?^^;

今でも新婚ホヤホヤです♡

と言いつつ浮気しまくってますがそれはおいちゃんの性分です。ポリアモリーって言うらしいですよ。皆さん覚えておきましょう。

⑤おいちゃんのおいたち-高校-

文武両道で有名な進学校に行きました。吹奏楽部の定演を聴きに行って学校に一目惚れして入りました。そうよおいちゃん高校に恋したのよ。今でも大好き。

成績はもう差が激しすぎて首が痛いことになってました。相変わらず国語と生物だけは恐ろしい点数だったし、社会もある意味恐ろしいことになってました。数学は先生にほぼ恋してモチベが変動しまくったおかげで点数も変動しまくりでした。数学の先生がとにかく好きで、入学式の日に気に入ってから卒業した今でも好きです。先生のために歌作った。笑

交友関係は…割と…大変でしたねぇ…(遠い目)

1年生の時は大丈夫でしたよ。気の合う友人ができて楽しかった。けど2年生以降がダメでしたね。クラスが離れて親しい人がいなくなってから地獄でした。

そして2年生の始めに腰をやっちゃって椎間板ヘルニアなって杖ついてたので、余計にクラスで浮いてました。

体育の授業ができなくて見学してました。ダンスの授業でグループになったんですけど、何故か俺もグループに入れられてました。グループノートなるものを交代でつけさせられたのですが、グループ内に何故か俺にだけ厳しい女子2人組がいて、俺だけハミゴにされてたので、いつも遠くから見てることしか出来ませんでした。それなのにグループノートを俺にも書けと命じられ、遠くから見てるだけじゃ到底分からないような内容まで細かく書くよう指示されました。ので「分からないので書けません」と女子2人組(片方がリーダーだったのよ)に返したら何故か先生にチクられ、「お前も書けよ」と注意されました。涙が出てきたので「私はいつもハブられてて遠くから見ていることしか出来ず、仲間に入れてもらえないので何も書けません」と書いて以後体育の授業がある日は学校休みました。その後どうなったかは知らん。

そこら辺から休むのがめちゃめちゃ増えました。椎間板ヘルニアもあったけど明らかそれだけではなかった。母ちゃんとすごく揉めました。「学校行け」と玄関まで引きずられ、過呼吸になりながら拒絶し、過呼吸でヒィヒィ言ってる俺を母ちゃんは何もせずに見ていました。だから過呼吸は自分で治しました。これはロンリィさんが「過呼吸だな」と冷静に見極め、的確に指示を出したからです。俺様の功績なのです。

3年生は不登校一直線でした。

3年生になって同じクラスの隣の席になった男子が変なやつで、おいちゃんはオタサーの姫扱いされました。たまたま艦これの話で盛り上がったら以後毎日「カバン持つよ」とカバンを持たれ、「席はここだよ」と案内され椅子を引かれ、常に話しかけられました。俺は斜め後ろに知り合いの女子がいたのでそっちと話したかったのですが、なんか次第に女子に話しかけても無視られるようになりました。気がついたら女子のほぼ全員にハミゴにされてました。色目使ってると思われたらしい。

あまりに理不尽だったんで不登校になりました。正直、3年生が1番楽しかったです。不登校だったんで。

夏頃から出席日数確保のため「職員室登校」を始めました。職員室に小部屋があって、毎日そこに行って好き勝手勉強しました。毎日母ちゃんに車で送迎してもらったんで、車での遠出がめちゃ好きなんで毎日めっちゃ楽しかったです。母ちゃんありがとう。

人生で1番勉強できました。俺って独学が向いてるんだよ。毎日好きな科目を好きな時に好きなだけやれるようになったんで、初めて楽しく勉強しました。

でもよく歌作ってました。好きな先生に向けた歌もこの時期に作りました。愛する2次元キャラのための歌を作り、小説も書いてました。けっきょく受験勉強はほぼしてませんでした(小声)

はい、ここで登場。大事な2次元のお話。

高1の秋頃、おいちゃんは出会ってしまったんです。王子様に♡(うわキモ)

おいちゃんの僅かに残っていた乙女心がここで完全に奪い取られました。未だに顔見たら照れちゃうんです。照れすぎて絵が描けない(〃ノдノ)♡

高2の秋頃、変なやつに出会いました。小説が原作…ちょー有名なあの小説のキャラを好きになり、自分でオリジナルのキャラデザをしました。実写の映画がちょー有名なアレなんですけど、ぜんっぜん違うデザインになりました。そしたらいつの間にか変なことになってました。なんか妄想してたら原作とかけ離れたキャラになっちまって、なんか妙に親近感覚えて勝手に親友になって今に至ります。きっとこいつADHDなんスよ。原作でもなんかそんな匂いしてましたから。

この秋頃に出会った3人をまとめて、三将星と呼ぶことにしました。以後この「将星」シリーズはめっちゃ大事になってくるんで是非覚えてくだせぇ。\_(・ω・`)ココ大事!

で、三将星のために歌作ってたんですよ。なんか星に例えて歌作りまくりました。

高3の秋頃、11月ぐらいだったと思いますが、なんか本で「文系は地学を選ぶといいよd('∀'*)」って書いてあったのをきっかけに地学に興味を持ち、散々だった化学をやめて生物と地学で行くことにしました。あ、理系ですよおいちゃん。勿論生物専攻です。

しかし生物も分野によって全然点が違うんです。化学っぽい遺伝子とか分子レベルの話はちんぷんかんぷんでした。いっつも赤点の40点代スレスレ。それが動物生態学とか行動学になった瞬間86点とか取るようになったんです。おかげでまたも先生に「こいつ本当は出来るのにサボってるな不真面目なやつめ」と睨まれました。

地学はその時から初めて触ったんですけど楽しくて、毎日ずーっと地学の本読んでました。ノートとかは1個も取りませんでした。ひたすら同じ教科書を読み物的に読んでただけ。資料集も読んでましたよ。小学生の頃図鑑とか漢字辞典が好きで恐竜図鑑ずっと眺めてたんですけど、そんな感じで読み物として読んでました。

センター試験は国語94%取りました。他はそこそこって感じで何とか切り抜けました。志願出した頃は相変わらず椎間板ヘルニアやってて足が痺れて長時間座っていられなかったのでなんか配慮?申請して個室受験になったんですけど、その後背骨コンディショニングっていう所に行ったら1日で治って配慮不要になったんでなんか複雑でした。でも英語リスニングはついでに時間延長してもらったのに全く出来ませんでした‪w‪w

で、前期試験1か月前の時に、来てしまったんです。第4波。再び2次元の話。

なーんか気が乗らなくて、漫画読んだんですよ。昔友達が被ったからってくれた漫画の途中23~25巻しかないやつをなんか読んだんですけど、出会ってしまったんです。正しくは再来なんですけど。おいちゃん今まで超ドSだったんですが、この方に出会ってMに目覚めました♡(キモ)

はい、こうして四将星が出来上がるんですが。四将星は以後悲惨すぎた大学生活を切り抜ける心の支えだったんで、皆さん是非覚えておいてくださいねぇ(ノシ 'ω')ノシ バンバン

……そしたらなんと、そのお人に向けて曲作りなんて始めちゃったんですね。受験勉強そっちのけで。また星に例えて、彗星の歌作ったんですよ。勿論前期試験は落ちましたよ。

流石にヤバいと思って後期試験までの3日間だけ死に物狂いで勉強しました。地学一本勝負だったので3日間地学だけ勉強して後期試験行きました。

地学の星関係の問題で出題されたのが、彗星に関する問題でした。

後期試験で受かりました‪w‪w

あれは受験勉強だったんです。歌作ったのも受験勉強。これはマジおいちゃんの実力。(ぜってー違うわ)

家庭環境は兄弟の方にもなんか支障出てて、大変すぎてなんか覚えてないですねぇ。漸く父、とは呼べない何かが働きに行くようになりました。

⑥おいちゃんのおいたち-大学以降-

ふざけた理由で現役合格したんですけど、やっぱダメでしたね。大学生活始まって1週間で不登校なりました。

なんか学部のオリエンテーションみたいなのがあって、行ったんですけど。同じ学科の男子の1人が明らかこっち見てんですよ。じっと。あーヤバいなー怖いなーと思いながら帰りに電車で同じ学科の女子と話してたらその男子も乗ってたらしくて、案の定話しかけられました。あー…と思いつつなるべく話さないようにして逃げたんですけど。高3のトラウマが蘇ってまずひとつ恐怖でしょ。

そして、大学の英語の授業に余裕でついていけませんでした。先生が外国の人だから、全部英語で話されるわけですね。リスニングが全くできないんで何言ってんのか分からなくてついていけませんでした。

そして、残念ながらもうひとつ発覚したんです。地学専門で行ったんですけど、学科で学ぶことが全部「地球関連」だったんです。

おいちゃんがやりたかったのは「宇宙」なんです。ひとつもカスってなかったんです!˚‧º·(´ฅωฅ`)‧º·˚

1週間で不登校、うつが進行して空白の1年間へと進んでいくのです。ここら辺記憶ない‪w‪w

夏頃に発達障害と診断されまして、同時にWAIS-ⅢでIQ128であることが判明。曲線はすごい崖になってて、言語理解が142、知覚統合が125ら辺、作動記憶が116だったかそこら辺で、処理速度だけが76でした。すごい落差でしょ。ここまで差が出るのは珍しいですって言われました。

そして秋頃から記憶がなくなり‪w‪w暫くうつで寝たきりになってました‪w‪w


記憶が戻ってきて、今に至るのです。

はい、大学生活は終わり。はやっ‪w‪w

あ、でも大学でかけがえのない友人と出会うことが出来ましたよ。もうこれだけで大学行って良かった。今休学中で多分このまま中退すると思うんですけど、大学行ってほんと良かったですよ。とーっても素敵な友人なんです( இ﹏இ )

しかし、大学生活も終わりに近づいた頃。俺は出会ってしまった。

_人人人人人人_ 

> 5人目と < 

 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

再び2次元のお話。切っても切れないって言ったでしょ( ˇωˇ )

おいちゃん史上初となるゲームキャラへの本格的な求愛でした。それまで年上至上主義だったおいちゃんが初めて同年代の若者を愛してしまったのです。

あ、言い忘れてましたが今まで言ってきた四将星って全員惚れた当時は年上でしたからね。おいちゃん無類の年上好きで年々好きになる年齢層が上がってってたんです。今は30代後半〜50代ぐらいまでが射程圏内です。勿論2次元に限る笑

あ、3次元でも好きになるおじ様はいるんですけどね?踊る大捜査線の室井管理官とか(〃ノдノ)キャッ♡

要は、いかにも女に興味無さそうな人が好きなんスよ。つまりこの文章読んで「えっ俺おじ様だけど良かったら今度食事でもグフ」とか言ってくるような人は眼中に無いってことですね。「ケツ青い小娘が何言ってやがる」とか軽く流してくれるような方が好みです♡←※ゲイなのでこいつ突っ込む側のつもりでいるです

……ん?何の話だっけ?あ、そうか5人目か‪笑

5人目さんはまさかの同年代なんスよ。もしかしたら俺の方が年上かもしれんぐらい。今ではすっかりこの子に夢中です( ˇωˇ )

もうね、エロいんスよ。若くてチャラくて八重歯で褐色肌で垂れ目で腰細くて腰が細くて腰が細くて腰が細くて腰がhs(バグ)

あ、そうそう、ここら辺の「四将星が五将星になるまで」の下りは後ほど垂れ流していく自作ホームページの文章コピペで確認できます。ここまで読んだあなた、あなたならきっと読めますよ。どうぞお楽しみに( *˙ω˙*)و グッ!

⑦まとめ

まあ途中なんかすっげー暗い感じになってましたがね、おいちゃん何だかんだ楽しんでますから。今めっちゃ楽しいですよ。毎日ニート。もう今日死んでも構わんぐらい後悔なく生きてるんでご安心くだせぇせ。

とりあえずこの後暫くはコピペ垂れ流しになります。よろしくでっす。230話とかあるから覚悟してちょ。約1年ほぼ毎日続けてきたおブログなの。カウンセリングで話す時にネタ探すのに便利だから毎日書くことにしたの。

あ、あと最後に、うちの弟達を紹介しまーす。

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フクロモモンガのいずくらでっす。左がいずもちゃん、右がくらまくん。2021年9月7日執筆時点で脱囊4ヶ月、うちに来て丸2ヶ月とちょいになる子達です。

この写真、渾身の2枚だから。これ以上のショットはもう早々出ないと思ってる。力作よ。

最後まで読んでくれたなんかすごいあなた!最後に癒しをどうぞ( *˙ω˙*)و グッ!

では次回から頑張ってコピペります。わーめんどい。

#自己紹介 #ADHD #ギフテッド #うつ #カサンドラ症候群 #虐待 #自己愛性パーソナリティ障害 #モラハラ

この記事が参加している募集

自己紹介

おいちゃん
多分ギフテッド+ADHD。性別不明。自作ホームページ「ちょいラク飼育法(http://choi-raku.com/ )」のおブログ経営中。 絵をちょっと描いて歌をちょっと歌って物語をちょっと作ってホームページをちょっと作って作曲をちょっとやってゲーム制作に手を出した競馬初心者。