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34.【ひとりっ子の私と親の終活】手術後チューブだらけの母。果たしてこれでよかったのだろうか?

今日は、土砂降りです。
87歳手術後CCU入院中母と86歳認知症父とひとりっ子の私の終活話。昨日のお話はこちら。

日曜日、FP2級試験受検中に、母の病院から電話がかかってきていたので、試験終了後、慌てて病院に電話を掛け直した時のお話を昨日書いたのですが、その後、また夕方に病院から電話がかかってきて、

担当医:「お会いになりますか?」

とおっしゃるではないですか。時間は午後18時を過ぎていて、いつもなら、面会時間は、午後14時~16時、平日のみ、一人だけ、15分だけ、という決まりがあるのですが、

「日曜日のサザエさんタイムに面会に行ってもいいんですか?」

と聞いたところ(もちろん、サザエさんタイムは言ってませんが)、

「特別に許可出しますので」

と言われ、慌てて母に会いに行きました。

こんな状態でした。

写真は顔だけしか映ってませんが、体にもチューブが繋がってます。術前説明で、「チューブは、4~5本繋げますが、経過が安定してきたら、抜いていきますので」と伺っていましたが、こんなにも弱々しい母を見て、

(本当に、母は、回復するのだろうか。)

(このまま家に帰れないのでは?)

(帰れたとしても、日常生活もままならないのでは?)

そんなことばかり考えてしまいます。母は、意識がしっかりしており、話すこともできますが、とてもとても辛そうです。

本当に手術してよかったのだろうか?
手術で、かえって寿命を縮めてしまったのでは?

という思いが、何度も何度も、浮かんできます。

私は終活プロデューサーなので、日頃から「延命治療の希望については、元気なうちに話をしましょう。それが人生会議(ACP)です。」とお伝えしていますが、

そもそも、延命治療とは何ぞや?


がしっかり家族間で共有されていないと、ただ、

「チューブに繋がれたまま生きるのは、嫌」

という短絡的な結論に至ってしまいがちで、

一般的な治療の延長線上に、「チューブに繋がれたまま生きる状態」に突入する場合があるということに気がつかない人が多いのではないかと思いました。

母が回復すれば、これも笑い話になるのかもしれませんが。

これまでのお話は、こちらのマガジンで読めます。


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終活って、ひとりでやろうとすると、途中で挫折したりします。趣味:終活って言ってる終活プロデューサー(終活P)の私を頼ってください!多分お役に立てると思います。