おはようさぎ

鬱病、自律神経失調症などの病に冒されている、生粋のアラサーメンヘラ。不幸で巷では評判の…

おはようさぎ

鬱病、自律神経失調症などの病に冒されている、生粋のアラサーメンヘラ。不幸で巷では評判の幸薄ババア。手首を切った回数は数知れず☆Twitter(@morningusagi)

最近の記事

スマートフォンをぶち壊して

ブログを開設してからnoteを放置してました^^; まぁ、そもそも自分が何か文章をつらつら書いたところで、全体公開オナニーでしかないんだが。 子供の頃から、常日頃「親友がいない」ことに思い悩んでいた。 私が他人としたいことは、合コンで持ち帰りされることでもクラブで吐いて踊ることでもなければ、Photoshopみたいなプリクラを撮ることでもない。 思考や感情を共有したいのです。単純に言えば、無性に会いたくなるぐらいの友達が欲しいのです。 きっとそういう人がいれば、コンビニ

    • 路傍の石はダイヤモンドになれない

      石ころは磨いても所詮石ころ。 有名な詩人が「みんなちがっていい」みたいな事を言うが、それはダイヤのように輝く個性ではないのか、とヒネた私は思う。 輝く個性、それは「他人が羨む」個性ではないかと私は推測する。 みんなちがっていいのなら、私だっていいはずではないか。 でも私の個性は万人に受け入れらたことがない。 他人と会話ができない、人の嫌な部分ばかり目に付く、自分が被害者だとヒロインぶる。 本に集中しているフリをして目線をそらし、極めつけは手首にガーゼ。 クラスの中心

      • 殺戮のセーラー服

        卒業しても生きている。 「卒業式まで死にません」という本がある(著:南条あや) 南条あやという人は、メンヘラをポップカルチャーにした人だと私は思っている。 彼女は私と同じく中学生でリストカットを覚え、精神科に通いODを繰り返す自傷ジャンキーだ。 彼女の背景にあるのは、メンヘラなら誰もが抱えがちな家庭環境や学校関係での不和だった。 結局、彼女は高校卒業直後に推定自殺という形で亡くなった。 何故、彼女の手首がメタメタに傷ついても、たくさんの薬をわざと飲んでても、誰も止めない

        • 不幸で何故悪い

          不幸を覆す方法を教えてよ。 私は自他共に認める中途半端な不幸だと思う。 家庭に愛は無い、金もない、自分の部屋もなければプライバシーもない、家も汚い。ないないない! 何もないと思っているが、人様に話せば「そこまで大きくして貰ったら幸せやん」と返ってくる。 幸せ、とは何ぞや? 確かに、私は親に殴られていたわけじゃないし、食事を与えないとかいうネグレクトを受けていたわけでもない。 しかし、食事を与えて寝床を用意していたら、人間もペット同様勝手に大きくなるのです。 問題は「そこに

        スマートフォンをぶち壊して

          親がいなくても生きていける

          働かずして食う飯はうまいのか? 私、無職なんですが(今更) よく「どうやって暮らしてんの?」と訊かれるが、察しの良い方は分かると思うんですが、生活保護です。 最近「健康で文化的な最低限度の生活」というドラマが放送されたり、生活保護を受けていた人の自立の体験談とか、少しずつ生活保護へのマイナスイメージはなくなってきた… そんなわけねーだろっていうのが私の本音で。実際は世間様から「落ちぶれている」とか「怠けている」なんて思われていることの方が多い。 なので、少しでも自分を含

          親がいなくても生きていける

          好きなものほど歌えない

          私、カラオケが苦手で。 中学生の頃、Coccoの音楽と出会った。今の自分にも、多大な影響を与えていると思う。 暗くて重いバンドサウンドが好きになったのも、彼女の焼け野が原がキッカケだった。 Coccoの、細くて折れそうな体からは考えられない命の叫びのような歌声が大好きだった。 高校生になって、それなりに人付き合いをし、カラオケに行くような友人もいた。 友人たちが流行りのアイドルとかバンドの曲を歌う中、私は何を歌えばいいかわからず好きなCoccoの曲を歌っていた。 「何そ

          好きなものほど歌えない

          あなたなど居なくても生きていける

          「あなたが居なきゃ」みたいな関係はうんざりだ。 みーちゃん(仮称)という女の子が居た。 その子は私の人生で初めてできた親友だった。だった、ということはお察しの通りもうみーちゃんとは親友でもなんでもない(死別ではない) 私と彼女の出会いは、高校時代(今から約10年前)の時に流行っていたSNSだ。 お互い好きなバンドが一緒で、ライブハウスで顔合わせしたことでネット上の友人からリアルの友人へと関係が変わった。 毎日他愛ないメールをし、時々街に遊びに出た。趣味や価値観が似ていたの

          あなたなど居なくても生きていける

          花の命は儚く美しいのか?

          考え事の話。 私は花があまり好きではない。 理由は短命だから。同時に花を育てるのも苦手。 祖父母は花を育てるのが好きで、自宅前に花を並べていた。 すぐ枯れてしまうものを、何でそんなに嬉しそうに育てているのだろうか、私はあまりよく分からなかった。 そんな祖父母も、私が小学生の時に立て続けに割と早く亡くなった。 特に祖母は末期ガンに冒され、終盤は体に管を通し寝たきりのまま何ヶ月も過ごした。 今でも恐怖で、辛い思い出だ。 短く太く、という言葉がある。 苦しんで生きるなら、い

          花の命は儚く美しいのか?

          毒母マリアさま(どくぼまりあさま)

          「子供が欲しい」という欲望だけで子作りするものではない。 正直言って、母はアスペ気質だと思っている。(決してアスペルガーの方を否定しているわけではない) 暗黙の了解や、他人とのコミュニケーション、空気を読む……等々のことがよくわかっていない。 子どもの頃から、母にはよく振り回された。 母は買い物や外出が好きで、子どもの頃からかなり付き合わされた。 小さい間は、母が好きだったので外出も楽しかったが、物心付き母が「ちょっとおかしいんじゃないか?」と思い始めた頃から、母と行動を

          毒母マリアさま(どくぼまりあさま)

          恐父の館

          毒父の話。 父親が30半ばの頃、私は生まれた。 両親は交際歴8年、結婚は当時の割には遅かった。 聞けば父親の家系は長崎出身の、代々カトリックを信仰していた。 神を熱心に信仰している割には、クズな血筋だったと思う。 父親は4人姉弟の長男で、貧乏人のくせにいいこいいこで育てられた甘ちゃんだった。 長男、というものは昔は相当かわいかったらしい。今じゃよくわからんが。 特に父の母親(私から見て祖母)が父を溺愛していたらしく、息子は見事なほどにダメ人間に育っていた。 もうこれネ

          扉を開けたらまた不幸だった

          不幸の出口はあまりにも遠い。 自傷行為を覚えた中学時代だったが、私は奇跡的に不登校になることもなく中・高・短大を(無事ではないが)卒業していった。 短大卒業を控えた時、大学へ編入したかった私は母と衝突した。反抗として、新卒を蹴って就職を拒否した。 フリーターをしながら、大学編入の資金を貯めていた途中、私はフリーター先の副店長(厚化粧クソ女)から嫌がらせを受けるようになった。 「自分が嫌っている相手は、相手も自分のことを嫌っている」みたいな言葉があるが、上手い言葉だと思う。

          扉を開けたらまた不幸だった

          不幸慣れした女

          とある人は、私を「不幸慣れした女」と揶揄した。 私は平成まもない頃、大阪府の某市で生まれた。 家族は両親と自分の三人家族だった。兄弟はいなかった。 父親は製造業のサラリーマン、母は専業主婦という、一見どこにでもある普通の家庭のように見えるが、私の両親は毒親だった。 両親だけでなく、私自身もおかしかった。 自分に異変が起こりだしたのは中学二年生の頃。同級生との交友関係につまづき、コミュ障の私は教室の中で浮いていた。 気分は落ち込みがちになり、朝起き上がれず、死にたいと思い始

          不幸慣れした女

          誰が興味を持つのかという疑問を抱きながら、初めまして。

          初めまして、おはようさぎと申します(うさぎと呼んで下さい) 今回はご挨拶も兼ねて私の自己紹介をば。 【おはようさぎについて】 年齢…平成初期生まれ(正確な年齢は想像に任せます) 家族…両親のみ(現在一家離散) 職業…絶賛ニート中(死にたい) 持病…鬱病、自律神経失調症、心気症(不安障害の一種) まぁざくっとこんなものかと。 Q.持病ってあるけど? はい、そうなんです、メンヘラなんです^^ 私は鬱病歴15年、精神障害者手帳2級のガチのメンヘラです。 人様からは「え!鬱な

          誰が興味を持つのかという疑問を抱きながら、初めまして。