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テスト:第十話

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私が仮に藤野君と肉体関係を持つことになったとしても、私の思考は変わらないだろう。 この世界は弱肉強食。 そう教えてくれた人物のことを、私は一瞬たりとも忘れたことはない。 とても美しく、穢れのない存在。 のように見えていた。 しかし、彼はそうではなかった。 その美しさの奥底には、真っ黒な穴が開いていた。

彼はそれを虚無と呼んでいた。 虚無。 それは果てしない穴の中心である。 彼はその中心に生きている男であった。

美しく澄み切った言葉を並べる男であった。 その言葉に私の心は囚われてしまったのだ。

「セックスだ。セックスをすれば、きっと結衣の思考も飛ぶくらい夢中になれるよ」

ここ数日のところ、藤野君は私に誘ってくる。 校舎内に響かせる色気のない音色はセンスが足りない。

「そんな在り来たりな誘い方ないでしょ。どうせやるなら徹底的にシチュエーション考えてよ」

「じゃあ聞いてもいい?結衣はS? それともM? どっち?」

随分とノリノリで聞いてくるじゃないか。

「さあ、そんなのうまい人とならどっちでも楽しいんじゃないの?」

寧ろ今の時点でプレイは始まっている。 とは言っても、私はもう少し大人相手の方がやり易い。 こういうのはだるい。

「もっと強引に且つ大人っぽくリードしてよ。今のあんたは餌をねだるウサギみたいよ」

するといきなり私の手首を掴んできた。 強い力を感じる。 私の細い手首が折れることを考えないのか。

「今日の放課後、また第二理科室で待ってるね」

そう言って慌てて自分の教室の方向へと去って行ってしまった。


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