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ジルスチュアートの箱を、開けることができた日。

前職を退職した日に、上司からプレゼントをいただきました。

キラキラしたピンクの箱に入った、JILL STUART(ジルスチュアート)のコスメを2つ。細長い箱は化粧水で、小さい箱はリップバーム。中身までわかっているのに、私は長い間、その箱を開けることができませんでした。

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上司のAさんは、業界内でも知られているデキる女。マネージャー職として、他社から転職してきた方です。

Aさんの身だしなみ、立ち居振る舞いはいつもきちんとしていて、女性らしく、それでいて仕事のやり方は男勝りで、決断も早い。入社して1ヵ月も経つと、部内のあらゆるものが変わっていくのがわかりました。

ぜひ、一緒に仕事をしたい。
Aさんから、もっと学びたい。

でもそのとき、私はすでに第一子を妊娠していて、産休を取得することが決まっていたのです。産休に向けて業務を一時的にAさんに引き継ぐこと。それが、Aさんと私の最初の仕事になりました。

「小倉さん、戻ってきてくれるのを待ってますよ」

約1年後に職場復帰すると、Aさんは言葉通り、ワクワクするような新しい仕事をたくさん任せてくれました。あまり詳しくは書けませんが、多くの部署が携わる新サービスの立ち上げまで!

正直、時短という勤務スタイルに申し訳なさを感じていたのですが、「大丈夫。時短だろうが何だろうが、成果を期待していますよ」と言われているようで、ホッとしたし、何より嬉しかったのを覚えています。

その後の1年は、慣れない育児に責任ある仕事が加わり、まさに目が回るような日々!でも私の場合、家にずっと居るより働いていたほうが精神面でのバランスが取れるようで、忙しくても、毎日が楽しかった。

私は異業界・異業種からの転職だったせいか、自分のことをどこか「よそ者」のように感じていた部分がありました。勤続年数を重ね、気づけば中堅社員になっていたのに。拭うタイミングを逸した「よそ者」感覚は、私にビッタリと貼りついてしまっていたのです。

そんな私が、Aさんと一緒に働いたことで、責任ある業務を任されたことで、気持ちがどんどん変わっていった。その仕事に根を張り始めたというか、覚悟を決めたというか。

「そうか、私にはこんな未来が待っているのか!」

この世界で自分の進むべき道が、初めて明確に見えたと思った矢先。人生は思いがけない方向に、急カーブを切ったのです。

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夫の海外転勤が決まり、私は仕事を辞めて、夫に付いていく人生を選びます。

Aさんから期待された新しい職務は、1年やそこらで体得できるものではありません。経験者だと誇れるスキルを手にできた・・・とは言えない状態で、辞めること。それが残念だったし、何より、申し訳なかった。

それでもAさんは、「海外での生活は、なかなか経験できるものではないから。新天地での子育て、頑張ってね!」と、清々しく送り出してくれたのです。

その時にいただいたジルスチュアートの贈り物は、箱を開けずに、そのまま引っ越し荷物の中へ。アメリカでの新生活が落ち着いてからも、箱から取り出さずに、洗面台の棚に置いたまま。

ピンクで、キラキラしていて、Aさんのイメージそのままのジルスチュアート。その箱を、なぜか開ける気が起きなかったのです。

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会社を辞め、家を売り、今度はアメリカでの生活を整え、第二子を出産。怒濤のように変化が押し寄せる中、気づけば私は、家族が元気に笑って過ごせるよう、サポートに徹する人間になっていました。

授乳におむつ替え、洗濯、掃除、ご飯作り、寝かしつけ・・・。子供たちのお世話だけで、一日が終わっていく。

『アメリカで生活できるなんて、幸せだね』

『子育てって、大変だけど、幸せだよね』

確かに、そうかもしれない。
でも、途中でプツッと途切れたしまった私のキャリアは?
社会人としての私は、いったいどこへ消えてしまったの?

どうやら「幸せ」というものは、他に流用はできないらしい。1の項目で幸せだから、その分を2の項目に充てよう!とは、ならないのです。

大学を卒業してから、何年も、何年も、続けてきた仕事は、気づけば「私」を「私らしく」する一部になっていたのに。激務でも、ミスをしても、人間関係で嫌な想いをしても、真正面から頑張り続けたのに。

それはいったい、何のために・・・?

「はたらくこと」って、何だろう。

それは、お金をいただくということ。誰かの何かしらの役に立っているという証し。自分のスキルや努力、知識を、お金を通じて認めてもらうこと。評価されること。喜ばれること。

「はたらくこと」でしか手にできない幸せがある。
そして「はたらくこと」を失ってできたココロの穴は、「はたらくこと」でしか、きっと埋めることができない。

新サービスの立ち上げがもたらしてくれる高揚感と満足感は、食器洗いとおむつ替えでは、やはりどうやっても代替できないのです。

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アメリカでフリーランスのライターとして細々と働き始めたものの、私の喪失感は埋まらず、なんとなくずっと鬱屈としていました。

思うように、書く時間が取れない!

期待するほどの報酬がもらえない!

あの人はこんなに活躍しているのに、あの人は出世している、あの人は世間で注目を集めていて、あの人は、あのひとは、アノヒトハ・・・!

私はいったい、ナニサマのつもりだったのでしょうか。

確かに社会人歴は長いけれど、フリーランスのライターとしては駆け出しです。そんなことにすら気付かず、手っ取り早い大成功を求めてクサクサしていたなんて。

傲慢さを捨てようともがく私は、noteの世界にたどり着きます。

ライターならライターらしく、書いて書いて書きまくろう。そこから何か気づきがあるかもしれない。仮に「物書きには向いていない」という、残酷な結果であろうとも。

そんな覚悟で始めたnoteですが、あれこれ書いている内に、自分の思考が整理されて、モヤモヤした気持ちが晴れていくのを感じました。

「スキ」も嬉しかったし、「フォロー」や「コメント」は励みになり、何より「サポート」に胸が躍りました。無料で書いた記事に、お金を払ってくれる人がいる。これは後付けだけど、もしかして「はたらくこと」と言ってもよいのでは・・・?

そんな中、私の記事を読んだ方から「仕事を依頼したい」というご連絡をいただいたのです。わかりやすい会社名も、肩書もない、「今の私」が社会に期待された瞬間でした。

まさに、その時です。

私は鼻唄まじりにジルスチュアートの箱に手を伸ばし、何のためらいもなく、パカッ!パカッ!とふたを開けたのでした。

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ピンクで、キラキラしている、まるでAさんのようなジルスチュアートのコスメたち。

言うなればそれは、私が憧れて、私もそうなりたい!と願った存在の象徴。同時に、私が手放したキャリアの象徴でもありました。その事実に正面から向き合いたくなくて、今まで箱を開けることができなかったのでしょう。

いざその可愛い箱を開けてみると、中からモクモクと煙が出てきて、私は真っ白な髪のおばあちゃんに・・・は、なりませんでした。

化粧水は私を少しだけ潤してくれて、リップバームは、私を少しだけ艶やかにしてくれた。

そうして女子力が微増した私は、「今の自分が、自分らしくはたらくこと」に、ようやく向き合うことができたのです。

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