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#007 日本の労働生産性は本当に低いのか?
今回は、日本の労働者の生産性が本当に低いのかを、改めて統計データから検証してみたいと思います。
1. 労働生産性とは
労働生産性とは、投入量(労働者数や労働時間)に対する、産出量(生産数量や付加価値額)の割合です。
生産の効率を表す指標と言えます。
一般的に、労働生産性とは物的労働生産性と付加価値労働生産性があるとされます。
物的労働生産性とは、投入量に対する生産したモノやサービスの数量です。生産工程における生産効率向上の指標として用いられる事が多いようです。
一方、付加価値生産性とは、投入量に対する生産された付加価値で計算されます。
OECDなどの公的機関が公表している労働生産性は、GDP(付加価値の総額)を労働者数や総労働時間で割ったものとして計算されています。
労働生産性(労働者1人あたりGDP) = GDP ÷ 労働者数
労働生産性(労働時間あたりGDP) = GDP ÷ 総労働時間
= GDP ÷ 労働者数 ÷ 平均労働時間
2. 日本の労働生産性
まずは、統計データから日本の労働生産性を見てみましょう。
![](https://assets.st-note.com/img/1718696921507-8DyEZbMIa0.jpg?width=800)
日本の労働生産性の推移を見ると、非常に興味深い傾向が確認できます。
まず、労働者1人あたりGDP(青)は1990年代終盤から800万円前後で横ばいが続いています。
労働者1人あたりで見れば生産性が向上していないという事になります。
一方で、労働時間あたりGDP(赤)を見ると、緩やかではありますが上昇傾向が確認できます。
1997年で4,301円だったのが、2022年では5,068円と15%ほど向上している事になるわけです。
何故このような傾向の違いがあるのかは、労働時間あたりGDPの計算式に出てくるGDP、労働者数、平均労働時間の推移を見ると理解できます。
![](https://assets.st-note.com/img/1718695895344-Pu5MQklflX.jpg?width=800)
上の図を見れば明らかなように、1990年代終盤からGDPと労働者数は横ばい傾向が続いています。
労働者1人あたりGDPが停滞している事と符合していますね。
一方で、平均労働時間は減少傾向が続いています。
平均労働時間は、労働時間あたりGDPの分子にくる項目ですので、これが減少した分だけ、計算結果としての労働生産性は向上している事になります。
つまり、1人あたりが年間に稼ぐ付加価値は変わらないけど、より少ない時間で同じくらいの価値を生み出しているという事になります。
実はこの平均労働時間の減少には、一般労働者とパートタイム労働者に分けて考えたときに、一般労働者の平均労働時間はたいして変わっていないという事実があります。
そして、パートタイム労働者が増えている分だけ、労働者全体としての平均労働時間が短くなっているという事です。
このあたりは、また別の機会にご紹介します。
3. 実質的な労働生産性
前節でご紹介した労働生産性は、集計された額面の金額である名目値となります。
経済では名目値も重要ですが、物価の影響を除外した実質値が重視されます。
付加価値 = 価格 x 数量
→ 数量 = 付加価値 ÷ 価格
付加価値が価格と数量の掛け算で表されるとすると、実質値とはこの価格による影響を除外した数量的な変化を見ようとするものです。
つまり、付加価値生産性を価格(物価)で割る計算によって物的生産性(的な指標)を推定するという事になりますね。
具体的には次のような計算によって実質値が求められます。
実質値 = 名目値 ÷ 物価指数(GDPデフレータ)
日本の労働生産性についてのグラフも見てみましょう。
ここで用いられるGDPデフレータが、GDPの構成比に合わせて価格を総合した指標という事になります。
実際の日本の労働生産性について、実質値の推移を見てみましょう。
![](https://assets.st-note.com/img/1718697160168-67N7xL58wa.jpg?width=800)
実は日本の労働生産性は、実質で見ると労働者1人あたりでも、労働時間あたりでも上昇傾向という事がわかります。
1997年の水準と比較すると、労働者1人あたりで15%程度、労働時間あたりでは3割近く上昇しています。
つまり、物的生産性は向上しているという事ですね。
名目値よりも実質値の方が上昇傾向というのは、国際的に見ても珍しい傾向です。
物価は上昇するのが一般的ですので、通常は名目値よりも実質値の方が目減りして推移します。
![](https://assets.st-note.com/img/1718697818250-FM0x6HGtdE.jpg?width=800)
日本の物価指数(GDPデフレータ)の推移を見ると、1998年から2013年にかけて物価が下落していた事がわかります。
この時期がいわゆるデフレーション(デフレ)の期間にあたりますね。
2014年からやや上昇していますが、1997年の水準からみればまだ物価が目減りした状況と言えます。
日本の労働生産性を見る限りでは、以前よりたくさん生産しているけれども、価格が安くなり、付加価値(金額)にうまく結びついていないという事が言えそうです。
また、実質値の見方についても注意が必要です。
実質値というのは、基準となる年の物価で見たときの数量的な変化を金額で表した数値です。
少しわかりにくいですが、例えば2022年の日本の労働時間あたりGDPは4,965円です。
これは、名目値では5,068円だけれども、2015年の物価で見れば4,965円に相当する生産性である事を示します。
日本の物価指数(GDPデフレータ)は2015年が100に対して、2022年は102ですので2%程名目値よりも実質値が目減りする計算となります。
3. 労働生産性の国際比較
本当に日本の労働生産性は低いのか、国際比較をしてみましょう。
パートタイム労働者の影響も大きいため、ここではより公正な比較となる労働時間あたりGDPについての国際比較をご紹介します。
経済指標を国際比較する場合には、色々な方法があります。
筆者が様々な経済統計を見てきて言えることは、数値の大小を国際比較する場合には名目のドル換算値が最もシンプルだという事です。
ドル換算値には、市場の為替レートで換算する場合と、購買力平価で換算する場合があります。
為替レートで換算する場合は、為替の変動により数値が大きく変動しますが、他国から見た自国の水準が時価として把握できます。
購買力平価は、「通貨コンバータであり空間的デフレータ」と呼ばれます。
購買力平価でドル換算すると各国の物価水準をアメリカ並みに揃えた上で、数量的=実質的な比較を試みることになります。
名目の購買力平価換算値とは、時系列的には名目的(アメリカの名目値が基準)だけど、空間的には実質的(アメリカに対する数量的な比較)な数値となります。
より簡単に表現するならば、為替レート換算値より生活実感に近い数値と受け止めれば良いと思います。
購買力平価については、共著で論文を書いておりますので、もう少し具体的に知りたい方は、是非ご一読ください。
無料で全文読めます。
関西学院大学リポジトリ: 購買力平価(PPP)とは何か
![](https://assets.st-note.com/img/1718701938615-3gO7OZXcfi.jpg?width=800)
まず、主要先進国の労働時間あたりGDPについて、為替レート換算値を見ると、為替変動の影響を受けてジグザグしていますが、ある程度の傾向は読み取れると思います。
日本は1990年代にアメリカを抜き、ドイツやフランスと共に高い水準に達した後横ばい傾向です。
その間にアメリカや他の主要先進国に抜かれ、近年では随分と差が広がっている状況ですね。
特に2022年は円安が進んだこともあり、日本の水準はかなり減少しています。
他国よりも減少度合が大きい事も印象的です。
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最新の2022年のデータで国際比較をしてみると、日本は38.5ドルでOECD37か国中22位、G7最下位でOECDの平均値55.2ドルを大きく下回ります。
既に先進国の中では平均未満の立ち位置となっている事になりますね。
スペインやイスラエル、ニュージーランドを下回り、スロベニアなど東欧諸国と近い水準です。
4. 実質的な労働生産性の国際比較
続いて、実質的な労働生産性の比較となる購買力平価換算値についても国際比較してみましょう。
まずは、主要先進国の推移からです。
![](https://assets.st-note.com/img/1718702253083-fnFWLLw8TY.jpg?width=800)
購買力平価換算値では、日本(青)の水準がひと際低い事がわかりますね。
とくに、為替レート換算では高かった1990年代の水準が均されて、当時でもずいぶんと低かったという事が示されています。
つまり、当時は金額では高い水準の生産性に達していたけど、物的生産性(購買力平価換算値)では低い水準だったことになります。
ただし、自国通貨の推移や為替レート換算値と比較すると、右肩上がりに上昇している事がわかります。
この為替レート換算値と購買力平価換算値には、物価比率(Price Level Ratio)という指標が隠れています。
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物価比率とは、購買力平価を為替レートで割った数値です。
アメリカを基準とした場合に各国の物価水準がどの程度かを表しています。
言い換えれば、実際の各国で売られているモノやサービスが他国から見てどれだけ割高(割安)かを表す指標と言えます。
日本は1990年代にアメリカの2倍近くの物価水準に達していました。
それだけ当時は割高な国だったという事になりますね。
当時は、日本から見て他国が安く感じた事でしょう。
しかし、日本国内の物価が停滞し続けてきた事もあり、その後は徐々に物価比率も低下していき他国並みとなっています。
そして2022年はひと際下落が大きく、ドイツやフランスと同程度で、アメリカの約7割といった水準となっています。
逆に言えば、昨今の円安でやっとドイツやフランス並みという事ですね。
1990年代は過剰な円高傾向だったという事になるのかもしれません。
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2022年の労働時間あたりGDPについて購買力平価換算値で国際比較してみると、日本の順位は為替レート換算値より低下している事がわかります。
日本は53.2ドルで、OECD37か国中29位の水準です。
為替レート換算値では日本よりも低かったスロベニアやチェコ、トルコ、ポーランドなどに抜かれている状況です。
近年では金額的にも、数量的にも労働生産性が低いという事になります。
これらを見ると、日本の労働生産性は低いというのも頷ける結果ではありますね。
5. 日本の労働生産性は本当に低いのか?
SNS等では、日本の労働生産性が高いのか低いのか、議論が活発です。
よく見かける意見と、統計データから言えそうなことを述べてみたいと思います。
実質成長率では負けていない?
生産性の議論では、実質成長率では日本は負けていないといった意見もあります。確かに、自国通貨ベースの実質成長率では、日本は主要先進国で中位程度で、決して低くはありません。
![](https://assets.st-note.com/img/1719261102723-yqrujRGZdl.jpg?width=800)
例えば、上のようなグラフは良く見ると思います。
これはG7各国の自国通貨ベースでの労働時間あたりGDP実質値について、1990年の水準を100とした場合の指数で、どれだけの実質成長があったかを伸び率として把握する事ができます。
日本は1990年を基準とすると、ドイツよりも生産性の実質成長率が高い事が示されています。
このような指数化による国際比較は、各国の通貨を換算する際の変動や誤差に影響されず、純粋に実質成長率を比較できる点で、優れた比較方法のように見えます。
しかし、このようなある一時点を基準とした指数の比較には注意が必要です。
各国で時系列な変化具合は異なりますので、基準年の取り方によって指数の上下関係も大きく異なるためです。
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