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【目印を見つけるノート】840. 水瓶座の時代はどこからでしょう

昨夜の『LOVE LOVEあいしてる』の最終回、よかったです。人と人の交流の温もりに見ている方も胸がいっぱいになりました。ゲストも豪華でしたが、私はなぜか、演奏中バックに徹している方々の姿に目がいきました。坂崎さんもそうでしたね。
明石家さんまさんが「50分押しや!」と言っていましたが、その50分を通しで見たかったなと思いました。みんなで演奏している濃い時間を感じたかったかな。

素敵な時間をありがとうございます。

ハート❤️

さて、
先ほど外に出て、通りがかりの中規模な病院、外の大きなテントにたくさん人が座っていました。ニュースで連日いっているようなことは、確かに目の前にあります。できることをしていても、いつかかっても不思議ではない。そのような心の備えはしています。

発熱外来は午前10時頃には受付が終了したようです。

ターミナルの駅前は空いていました

何か最近、スキラーチェ校長の言葉を思い出したりします。2年前に別のエッセイで引用しましたので再録しますね。
イタリア・ミラノにあるアレッサンドロ・ヴォルテ高校のドメニコ・スキラーチェ校長のメッセージ。

ヴォルテ高校の皆さんへ

“保険局が恐れていたことが現実になった。ドイツのアラマン人たちがミラノにペストを持ち込んだのだ。感染はイタリア中に拡大している……”
これはマンゾーニの「いいなづけ」の31章冒頭、1630年、ミラノを襲ったペストの流行について書かれた一節です。この啓発的で素晴らしい文章を、混乱のさなかにある今、ぜひ読んでみることをお勧めします。この本の中には、外国人を危険だと思い込んだり、当局の間の激しい衝突や最初の感染源は誰か、といういわゆる「ゼロ患者」の捜索、専門家の軽視、感染者狩り、根拠のない噂話やばかげた治療、必需品を買いあさり、医療危機を招く様子が描かれています。ページをめくれば、ルドヴィコ・セッターラ、アレッサンドロ・タディーノ、フェリーチェ・カザーティなど、この高校の周辺で皆さんもよく知る道の名前が多く登場しますが、ここが当時もミラノの検疫の中心地であったことは覚えておきましょう。いずれにせよ、マンゾーニの小説を読んでいるというより、今日の新聞を読んでいるような気にさせられます。
親愛なる生徒の皆さん。私たちの高校は、私たちのリズムと慣習に則って市民の秩序を学ぶ場所です。私は専門家ではないので、この強制的な休校という当局の判断を評価することはできません。ですからこの判断を尊重し、その指示を子細に観察しようと思います。そして皆さんにはこう伝えたい。
冷静さを保ち、集団のパニックに巻き込まれないこと。そして予防策を講じつつ、いつもの生活を続けて下さい。せっかくの休みですから、散歩したり、良質な本を読んでください。体調に問題がないなら、家に閉じこもる理由はありません。スーパーや薬局に駆けつける必要もないのです。マスクは体調が悪い人たちに必要なものです。(筆者注: この頃はマスクの不足が深刻でした)
世界のあちこちにあっという間に広がっているこの感染の速度は、われわれの時代の必然的な結果です。ウイルスを食い止める壁の不存在は、今も昔も同じ。ただその速度が以前は少し遅かっただけなのです。この手の危機に打ち勝つ際の最大のリスクについては、マンゾーニやボッカッチョ(ルネッサンス期の詩人)が教えてくれています。それは社会生活や人間関係の荒廃、市民生活における蛮行です。見えない敵に脅かされた時、人はその敵があちこちに潜んでいるかのように感じてしまい、自分と同じような人々も脅威だと、潜在的な敵だと思い込んでしまう、それこそが危険なのです。
16世紀や17世紀の時と比べて、私たちには進歩した現代医学があり、それはさらなる進歩を続けており、信頼性もある。合理的な思考で私たちが持つ貴重な財産である人間性と社会とを守っていきましょう。それができなければ、本当に ‘ペスト’が勝利してしまうかもしれません。
では近いうちに、学校でみなさんを待っています。
          ※2020年春のものです。

引用元URL https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200302-00000002-ovo-life
→もうこのURLは消えているようです。

これはおそらく、感染症禍の拡大が始まった頃のもっとも強いメッセージだったと私は思っています。生徒たちに平静でいるように呼びかけ、危険なのは病そのものよりも、「社会生活や人間関係の荒廃、市民生活における蛮行」だということ、その根本にあるのは「見えない敵に怯えて他者を敵だと思ってしまうこと」だとおっしゃられています。

2年以上経って、スキラーチェ先生のこの言葉を再び見ると、おっしゃられていたことが一層胸に沁みます。先生のいう「危険なもの」は現実に多々現れています。それは本来の感染症の脅威を越えて、全体を覆ってしまったようです。
「日常を取り戻す」という言葉をよく目にしますが、「新しい価値観を取りに行く」ことも必要になっているのかもしれません。

今日の1曲はこちらです。
The Fifth Dimention『Aquarius / Let the Sunshine In』

壮大なテーマだと思うのですが、コーラスの様子などが懐かしく響く曲です。『風の時代』と言われますが、この頃ほぼ同じ意味で『水瓶座の時代』と言われていました。「新しい時代」の先取りでしょうか。後の『ニューエイジ』ですとか『パラダイムシフト』というのもその流れですね。

1000年単位の時代が変わる、変わると50年以上前から言われているのです。あんまり前からいっているので、本当はいつ変わったのか分からなくなりそうです。グレートコンジャンクション(惑星の会合、2020年12月)が大きな節目だといわれていたりもしますが、今の変化がそうならば、節目だといえるのかもしれません。

それは一度にドン!と来るものではなくて、波のように寄せたり引いたりするのかもしれません。

抽象的な感じになりました。
お読みくださって、ありがとうございます。

尾方佐羽

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