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西陣の拝み屋は、先祖は祟らないと思っています。

372年ぶりの夏至の翌日。
皆さまいかがお過ごしですか?
昨日6/21は372年ぶりの夏至、江戸中期寛永以来の夏至でございました。
その数日前にこんな記事を書きました。
西陣の拝み屋は、東の都隣神奈川の海街から西の都へ移住してきた通詞人です。
「通詞」とは通訳のことで、「通詞人」とは、その昔政府が公式に雇った通訳職のことをいいます。
西陣の拝み屋がこの通詞人を名乗り、まもなく10年。
その前から密かにお仕事していましたが、公式に「通詞人」と名乗ったのは2010年、東日本大震災の前の年からです。
それから10年目を迎えた今年、夏至に合わせてあるメッセージが届いたようで。
それが「先祖を専らとす」、つまり先祖を専門にしなさいよ、というお知らせでした。
「専らとす」とは、専門にそれだけをします、という意味です。

うちは、通詞人になる前「家系浄化専門」のヒーラー、所謂癒し人としてお仕事しておりました。
複雑な家系に生まれ育ち、ルーツにある疑いを持っていたのです。
それは「自分は祟られた家系なのではないか」ということ。
理由は単純で、親族に世でいう身体障害者が何人もいたためです。
しかも全員右半身、そら誰でも疑うでしょう。
21のとき結婚し、23で娘を生みました。
その娘が10年後右足を骨折し、後に離縁した当時の夫がいいました。
「悪いけど、これお前んち一族のせいじゃねーの?」
娘の怪我を機に、先祖と対峙する決意をし、とある臼井靈氣一門を訪ねました。
臼井靈氣とは、日本に100年前から伝わる禅僧が編み出した氣療術です。
その一門で言われたことは

「あなたのルーツには確かに何かある。でもそれをなんとかする道がないわけじゃない。ただ、闇が深過ぎて、貴方が生きてるうちは終わらないかも」

ま、軽く絶望するやつです笑笑
しかし、親バカのわたしは「死ぬまでかけて、せめて子どもの分くらいはこの手で食い止めます!」と入門を果たします。
結論から言えば、このとき言われたことは12年で満願しました。
では、一族のことは終わったのかといえば、その12年の間に先祖は祟らないことを知ることになるのです。
つまり、最初から祟りなど、どこにもなかった。
なら何があったのか、それは壮大なあの世とこの世の家族喧嘩です笑笑

うちにはテレビが無いのですが、時代が多様化し、コンプライアンスに厳しくなり、ホームドラマも様変わりしたように思います。
でもね。
故人の時間は、実は亡くなった時点からアップデートされないんですよ。
大正に亡くなった方は大正時代のまま、昭和は昭和のまま。
その時代の常識と感性で、子孫にあれこれ干渉してくるのです。
ホームドラマを観たら時代がわかる。
昭和のホームドラマの代表的なものといえば、こちら。

寺内寛太郎一家

樹木希林さんの老け役は、いま観てもやはり秀逸。
先祖は祟らない、代わりに当時の感覚、当時の感性でこの現代を生きる子孫に干渉しているだけ。
そら、今でいうDVみたいなじーさんばーさんも、当時なら幾らもいましょう。
(おじいさま、おばあさまとは、到底お呼びできない)
そう、まるで祟られているかのようなやり方の、ね。
生前暴力親父だった人の加護は、他界されても乱暴です。
ただ、あの世には親族全部いますから、暴力親父のお父様もいるわけで。
そのさじ加減で(要は監視の目があり)多少まろやかになる笑
ましてや亡くなった方は愛を知る方なわけで、乱暴とはいえ、愛のあるやり方に変わっているのです。

さて、なぜいま、先祖を専らにす、とか名乗るのか。臼井靈氣には様々な秘儀があります。
その中に「看取り」に関するものがあるのですが。
この8年くらい、世の看取り事情が変わってきました。
そして更にこの数年、「親に祟られているから祓って(除霊して)欲しい」という案件が増えてきたのです。
親を祓う…最初は意味がわかりませんでした。
元来うちはお祓いはしません、だって通詞人だから。
通詞人がお祓いって、洋画字幕の戸田奈津子さんが朗読します、みたいな話です。
それ、明らかに違う…だから、丁重にお断り申し上げるわけですが。
なかなかご理解頂けないことも多い。
そんな中昨日の夏至にあった、とある神社の催しで言われたんです。
「始めがなんだったか、後世に語り継がないのはよくない」
「いずれ、元がなんだったのかを知る人が居なくなってしまう」と。
あー、そうか、それや、そう思いました。
ご先祖さまのことを、きちんと語る人が居らんようになるからわからない。
それではダメなんや、とね。

江戸のころから、キリスト教の宣教師が日本に入ってきました。
にも関わらず、この国のキリスト教浸透率は国民の1割だそうです、世界的に観て低い普及率なんだとか。
その理由、にこんな説があります。
「イエスキリストは、ご先祖さままで救う神様じゃないから」
昔の人の多くは「信仰しないものは地獄に行く」というキリストの教えに対し「亡くなった先祖は地獄におるのに、申し訳なくて自分だけ天国には行かれない」と入信を断ったそうで笑
いや、さすが日本人らしいなあ、と。
それだけご先祖さまと子孫、つまりルーツの絆が深いのがわたしたち日本人。
でも、この先はどうかわかりません。
特に戦後80年で、この国は本当に変わりました。
よくも、悪くも、ね。

家族の始まりがなんだったのか。
それを誰かが語れば、なにか変わるのかもしれない。
そう思いました。
人は必ずいつか死ぬ。
けど、死んだ後でもご先祖さまなら、ある意味干渉できる。
守護には「補助霊」と呼ばれるお席があり、その椅子に座れば守護霊として幾らかのサポートができる。
それを、祟られている、と思うのはきっと生前のその人への理解が足りないから。
それって、本当に祟られているのかな?
そうじゃなくて、本当は単なる家族喧嘩じゃないのかい?
うちの仕事はいつも、この観点から通訳をし。
そして必要があれば「まあまあ、落ち着いて!」と、和解するお手伝いをしているに過ぎません。
通詞人とは、それだけの役目なのです。

家系に関わるようになり、これまで出会った人数5,000人。
その中には、孤独死、不自然死をはじめとする、いくつもの死がありました。
そこで通詞人として、さまざまな家族の物語を観てきた。
そこにはいつも、世代を越えた家族愛の物語がありました。
祟りなんて、まったく縁のない物語が。

家族の始まりは、なんなのか。
それを伝えていこうと思います。
成人の5割が40歳を越えている日本。
でもその始まりは、父母という二人の男女の物語から。
あなたの「姿の見えない家族」の名誉のためにも、「先祖を専らとする通詞人」として西陣の拝み屋が観てきた世界を書いていこうと思います。

明日あなたが、今日より自分を好きになりますようにとの、願いを込めて。

日本に数えるほどしかいない故人の通訳。イタコでも口寄せでもなく三者面談風にお筆書きという自動書記を使い故人と遺された人をつなぎ明日を照らす活動をしています。サポートくださると嬉しいです。よろしくお願いいたします。