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タイプを決めつけず、何となく対話する組織開発

心理的安全性が、今、組織に求められています。その目的は、組織メンバーの行動変容を促すことにあります。すなわち、組織メンバーに、自発的な行動を抑制させる何かがあると仮定し、それを取り除こうという試みです。対話も、その文脈で理解されることが多いように見受けられますが、本来の対話に求められていることは、行動阻害要因の除去ではないと考えます。ここの整理がつかないと、いくら1on1の機会を作っても、上司が期待する部下の行動変容は起こらないと思います。

対話とは、相手の記憶を呼び起こし、その繋がりを何かの枠組みに当てはめることではなく、ありとあらゆることを芋づる式に引きずり出していく過程で、徐々に相手が総体として変わっていくように誘う行為でしょう。したがって、行動阻害要因を探しに行ったり、期待する方向に意識を向けさせようとしたり、ましてや「〇〇タイプ」と決めつけたりと、何らかの枠組みに当てはめようとするものではないと考えます。

確かに、芋づる式に引きずり出すプロセスでは、過去の出来事に何らかの関連性を見つけようとします。それは事実に対する意味付けとなり、その連鎖がさらに伸びていけば物語性となり、意味性を強固にしていきます。精神分析では、これがトラウマの正体を探る手法として現在も活用されています。しかしビジネスでは、これは固定観念を強化するものとして理解する必要があるでしょう。例えば、「新規顧客の開拓営業はイヤだ。どうせ、開拓なんてできない。断りの電話ばかり受けていると滅入ってしまう。成果が出ない仕事はやりたくない」となる対話に、上司が積極的にかかわるでしょうか。

そこで、脱意味性、すなわち物語性からの解放が、対話では必要になります。ある絵画を見て「これは暑い暑い夏の山だなぁ」と観るのは、その絵画の物語性を重視した鑑賞法です。一方、「この青のタッチが、この赤いタッチに続くのかぁ」と要素(事実)の繋がりから全体を捉える、すなわち、諸々の偶然による集まりから、動的でリズミカルなものを感じることができると、物語的意味ではない意味を見出すことができます。先の例で言えば、「新規顧客の開拓営業はイヤだ。でも、電話をしなくても良いのなら、耐えられるかもしれない。見込み客の分析なら、やりがいを感じられそうだ。見込み客に向けたセミナーの企画ならやってみたい。そのセミナーでの営業活動なら、成果を上げられそうだ」と、展開されるようになるかもしれません。あるいは、「年賀状激減にもかかわらず、お年玉当選番号は検索上位」という事実も、物語性で捉えれば“?”かもしれませんが、構造的に見れば「家計が苦しくなっている」という動的変化が感じられるかもしれません。

対話では、思いやりをもって寄り添うことが求められます。これは、「あなたに注意を向けていますよ」と伝えること、換言すれば、相手と共にいる、相手のためにいることを伝えることです。そのためには、相手にとって自分がどう役立つかを感じることが必要でしょう。つまり、何もジャッジせず、無意識にあって、固定観念を回避し、今だけに注意を向けている状態でいることです。マインドフルネスなどとも言われている状態かもしれませんが、これが物語性ではない視点を獲得するのに必要なことのように思えます。

ここで対話は、相手の言いなりになって自身の疲弊を省みない行為ではないはずです。非論理的に、つまり相手の感情に配慮しながら、フィードバックを伴って何となく展開される行為と捉えると良いように思います。

例えば、まずは、相手の目指すものが何なのかを、しっかりと確認することが必要でしょう。その上で、それが、自分(組織)の期待と一致するか確認しなければなりません。ここで、相手の希望と自身の希望が一致した場合は、とくに自身が疲弊することはないので、期待達成に向けたプロセスを整理すれば良いことになります。しかし、一致しない場合は、相手に迎合するのではなく、しっかりと一致しないことを明示すること、すなわちフィードバックすることが大切だと思います。そして、その上で、今後の方向性を模索することになるでしょう。

この際、方向転換するのか、別の場所に移動(異動)するのか、現状で留まるのかといった選択を迫るようなコーチングは、高圧的になったり、誘導になったりする危険を伴うことを理解しておきたいと思います。カウンセリングの現場でも、とかくパターンに当てはめようとする傾向がありますが、これはカウンセラーの便利だけであって、相手の気持ちを置き去りにした行為ではないでしょうか。対話とは、何事も決めつけず、諸々の事実だけをあぶりだし、ゆっくりと何かが見えてくるのを辛抱強く、かかわりながら待っていくことだと考えます。

対話は、時として時間がかかります。そのため、本来的ではないコーチング・フローの利用によって誘導や強制が行われ、追い込まれる部下が生まれているのでしょうか。あるいは、対話に本来的ではない短期的成果を求められ、疲弊する上司が生まれているのでしょうか。昨今、セルフ・コンパッション(自己同情)やセルフ・ピティ(不幸は自分だけに起こる。〇〇ガチャ)など、自分自身への思いやりの実践の必要性が強調されています。自分への優しさを忘れず、苦しみや失敗は誰にでもあると認識し、良し悪しの判断をしない受容的な精神状態を創り、楽観性を持って対話に臨んでいくことが必要なように思われます。

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