トゥービー オアノットトゥービー
前ドライブをしていた時、「尼寺」という地名を見た。「尼寺っていうと、高校の時見たお芝居思い出すなあ」と呟くと、運転していた恋人が「なにそれ?」と乗ってきた。
高校生の頃、年に一度芸術鑑賞会というものがあった。全生徒で演奏なり観劇なり芸術に親しみましょう、というよくある行事だ。当時の私はアートがクラシックが、という割に演劇にはいまいち興味がなかった。寺山修司にはかぶれかけていたけれど戯曲を本で読む程度だったと思う。
その時のお芝居も、事前に配られたプリントを見たときは大して興味が湧かなかった。寝よう、とすら思った。だってキャストが3人しかいないのだ。地味そうだし、つまらなさそうだし、何より担任からのアナウンスで聞いた「有志の生徒には舞台に上がってもらいます」というよくある学生向けのワークショップじみたノリがもう嫌だと思った。
さて、その肝心のお芝居、結論から言ってお腹が痛くなるほど笑ったし、とても面白かった。そのお芝居は、たった3人のキャストで、たったの90分で、シェイクスピアの全作品をやります!というもうなにもかも無茶苦茶なお芝居だった。
シェイクスピアの作品は、正直タイトルだけ知っているばかりで内容をよく知らなかった。ただ、以前ピアノで弾いたベートーヴェンのピアノソナタ「テンペスト」、あれがシェイクスピアの作品と関係があるらしいぞ、ということは知っていた。だから観劇前、その舞台に期待したのはテンペスト、ただそれだけだったのに、テンペストはたった一瞬で終わった。十何作かある喜劇を全部まとめて「シェイクスピアの喜劇は筋が全部一緒!オッケー!おわり!」みたいな感じで終わったのだ。そんなんある!?でも思わず爆笑した。
そして舞台の終盤、シェイクスピアの名作中の名作、ハムレットを演じ始める。そこで例のワークショップ的なヤツが始まって、事前に決められていた有志が舞台に上がってハムレット役やオフィーリア役を演じる。その時のハムレットの有名なセリフ、「尼寺へ行け」――。何故だかものすごく印象に残ってしまって「……というわけで尼寺ってみるとそのお芝居を思い出すの」
そう、昔の話をすると、恋人は笑いながら「それ面白そうだね。見てみたかった」と返した。「面白かったんだよ。なんてタイトルだったかなあ」そういいながらスマホでおぼろげな記憶を頼りに検索する。劇団の過去作品情報でもヒットすれば、と思ったら見つかった。公演情報が。なんとまだ上演していたのである。
というわけで先日、恋人とそれから舞台好きな友人(高校からの縁)と劇団鳥獣戯画の「三人でシェイクスピア」を観劇してきた。その感想です。
(3人で行くとチケットがお安くなる。"三人"にかけて)
劇場はこじんまりした小さなところだった。椅子がいくつか並べられた中、開演ギリギリについた私たちは後方の席へ案内される。3人並んでは座れず、友人が一つ前の列に出ることになった。「覚えてる?これ高校の時見た奴だよ」というと友人はしばらく「ん?」という顔をしていたが、「え、あ、あー、見たかも!確かに!」と徐々に思い出してきたようであった。間もなく会場は暗くなり、お芝居が始まった。
まずは役者のセリフ回しのうまさに驚く。そりゃあキャストはみんなベテランも大ベテランだし、この公演ももう初演から16年(我々が見たので第251回公演)の超ロングラン公演なのだ。
舞台装置も学芸会か?というほどの簡素なレベルなのに、驚くほど内容が作りこまれていてすぐに引き込まれる。そして早口なのに滑らかで通る声。ものすごく聞きやすい上、それを聞いているだけでも楽しくなってきてしまう。
一番最初はかの有名な「ロミオとジュリエット」から始まる。男性キャストの二人が入れ代わり立ち代わり衣装をころころ変えて何役も演じ分ける。「あの人台本全部とばしちゃったんだもん」と、メタ的なネタも入れながら舞台は進む。後半の方は役者が逃走したりする。もう無茶苦茶すぎる。
そして役者が客に絡む絡む。序盤、端に座っていた私が思いっきり絡まれて(「アンタ誰がロミオを殺したかわかる!?」とジュリエット役の男性に詰め寄られた)爆笑しながら「わかんない」と答えたら「解んないじゃないのよアンタわかんないじゃ!エエ!?」としばらく絡まれた。
舞台から生首(を模したボールのような何か)が飛んできて友人がわんこよろしくキャッチするし(そして最後まで回収されなくて終演後また爆笑した)、恋人も舞台から逃走を図ろうとするキャストに人質に取られ涙が出るほど笑った。
ただこういう絡みが苦手な人はちょっときついお芝居かもしれない。なるべく中央の席に座ると絡まれにくいのでそのあたりに座るのがおすすめです。
そして、高校の頃の思い出がかなりよみがえってきた。本当に、ほとんど内容が変わっていない。それでも時事ネタや時代にあった要素を取り入れて、新鮮な気持ちでまた何度も笑わされてしまう。
そうだ、喜劇17作品本当に全部ひとまとめにしてたとか(本当はひとまとめというわけでもないが)、
「史劇はつまんないよやめようよ」とか言いながらもものすごいスピード感で片付けてたなとか、
今回横浜の芝居小屋だから元町辺りまで逃げてたけど高校の頃はあの閑散とした無人駅まで逃げたとか言ってたなあとか、
そしてあの学生向けでやってると思ってたワークショップ的な、観客を巻き込むアレ、一般向けでもここまでがっつり巻き込んでくるんだ……とか。
私が一番笑ったのは恋人が人質以外のところで巻き込まれて、自己紹介したにも関わらず本名にかすりもしないあだ名をつけられ舞台を走らされたところなのだが、多分あれが恋人でなくても爆笑していた。ここまでの文章、多分シェイクスピアの劇のはずなのに「なんの話だ?」と思ったと思うけれど、今文章に起こして私も「なんの話だ?」と思う。とにかく笑い通しで、そして3人の役者としてのスキルに驚いて、これだけのロングランを続けてきただけある芝居の練りこみ具合に夢中になる90分だった。
90分あってBGMやSEが2,3回程度しかならない、音響めちゃ仕事楽だな!という仕上がりで、それでも静かさをほぼ感じない。でもうるさくもない。間合いもセリフ回しも空気感も何もかもよく磨かれぬかれている。
シェイクスピアをよく知らない人でも、逆にシェイクスピアをよく知っている人でも、最高に笑えて最高に楽しい90分だと思う。学芸会みたいな愉快でチープな空間で、極上のコメディを最後までしっかり堪能できる。絶対泣くほど笑う。
終演後、ロビーに出ていた役者の方に声をかけられた。「何で知って来られたんですか?」もう10年近く昔の高校の鑑賞会で見たことがあって、というと大層驚かれていた。そりゃあそうだ。「今度は子供連れてきてね」という言葉に、そうだな、今度はそうしようと素直に思えたし、なぜか普通にそれまでやっている気がした。
劇場を出て、桜木町までぶらぶら3人で歩く。「高校の頃とおんなじだったよね」「じわじわ思い出してきたね」そういい合いながらあの頃を思い出す。鑑賞会が終わった後、そういえばコイツと二人乗りして帰ったな。
きっと次見に来るときも、私は涙が出るほど笑うし、ああ、あの時とおんなじだと思って、最後はこの蒸し暑い横浜の港を思い出すんだろう
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