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オリンピック多国語対応の想い出

前職ではとある検査装置の操作部分(かっこよく言えばユーザーインターフェース)を開発していた。今思うと、世界中で使われる製品の開発は貴重な経験だった。

検査装置は各地域ごとに定められた薬事まわりの許認可をクリアする必要があり、日本だと薬事法、アメリカだとFDA、欧州だとEMAなどがある。その中で、欧州で検査装置を販売するためにクリアすべきハードルとして、現地の言語で画面表示することが求められた。

私が担当していた製品は、普段は健康診断で使われるのだけれど、薬物接種によって現れる特異な血球の産生パターンを検知できるため、オリンピック需要があった(分かる人には特定できてしまう話だな)。

上の話をまとめると、オリンピック開催地の言語に対応するという開発案件があった。例えばアテネオリンピックだと、ギリシア語に対応しなければならない。

ソフトウェア検証の一環で、画面×言語数の組み合わせに対して、レイアウト崩れや文字切れなしに表示できているのかを確認する苦行があった。アルファベットだと話は解るけれど、ギリシア語やロシア語となると文字すら馴染みが無いため、かなり難しい。

プルーフリーディングの苦労

多国語対応のプロセスは以下の通りで、特にプルーフリーディングまわりはコミニュケーションの苦労が尽きなかった。私の転職後はもう少し賢くやっているのかもしれない。

1. 製品上で使用している文言リストを準備する
2. 文言リストを翻訳業者に委託して翻訳してもらう
3. 翻訳業者から戻ってきた文言を評価版ソフトウェアへと反映する
4. 評価版ソフトウェアと文言リストを現地ネイティブに観てもらう
5. 並行して文字切れや不備が無いか検証する
6. 上記「4.」の指摘事項を反映する

「2.」の翻訳業者さんは翻訳のプロではあり、それなりに全体の整合性を観ながら翻訳してくれる。ただ、検査装置というドメインに精通している訳ではないのと、「日→英→多国語」のように伝言ゲームとなる事情から、どうしても不自然な表現になってしまう。

「4.」のネイティブチェックを経ることで、自然な表現へと近づける。ただ、個々の意思疎通がメチャクチャ難しい。この工程を「プルーフリーディング」と呼んでいたけれど、最終チェックと呼ぶには指摘が多かった。

一応は評価版ソフトウェアも送っているけれど、リストだけを見て提案された表現を反映すると、文字が長くなって表示スペースが足りずに文字切れすることはよくある。

「ここの表現は文字スペースに余裕があったらこうしてほしい云々...」みたいなことが、現地の言葉(ポルトガル語とか)で申し送られてくる「こちとらネイティブ関西人やねんぞ!」という気持ちになる。せめて英語で申し送ってほしい。

現地のネイティブさんは、翻訳業者さんと違って根気よく全部の文章を修正してくれたりはしないので「コレと同じ表現を他も展開しといて」と申し送ってくる。ギリシア語になると、どこをどうしたら同じ表現になるのかまったくわからず、「6.」の作業の中で「2.」の業者に委託しなおすこともある。

新機種やら新機能の追加文言やらあるたびに、対応言語の数だけこのやりとりをやっていた。もはやソフトウェア技術者なのかUIデザイナーなのか何の仕事か分からなくなる。

ともかく、オリンピックの時期になると多国語対応のことを思い出す。もし次の開催がアラビア語圏だったら、右から左に書く言語なので、UIデザインも左詰が動的に右詰へと切り替えるのだろうかと妄想するのも楽しみ方のひとつだ。

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