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ロジックをこねてもクリエイティブそのものの価値は超えられない説

私の関心事であるクリエイティブとロジックの兼ね合いについて持論を展開する。要約するとタイトルの内容で、建設的な反論は認める。

どっちが強い!?に意味は無い

感性と論理とか、右脳と左脳とか、質的と量的とか、説明するために二項対立を持ち出すのはわかりやすい。ただ、科学まんがよろしく「どっちが強い!?」と問うことに意味はあるだろうか。

もしも、フレームワークを駆使するロジカルなインテリ野郎 V.S. 新進気鋭のクリエイティブ野郎のどちらの方が優れたビジネスプランを立てられるか対決があれば、観てみたい気はする。業界によってどちらかが優勢に働くこともありそうで興味深い。

時代の潮流としては、かつてはロジカルなフレームワークを導入するだけで上手くいったのでMBA人材が持てはやされた。それが浸透してしまうと差異に繋がらなくなり、「MBAからMFAへ」とか「デザイン経営」とか言われるようになった。

振り子みたく寄り戻しがあったとしても、最終的にはクリエイティブと論理の両方が噛み合うことで上手くゆくように収束することを予想している。「どちらが強い!?」ではなく、どちらも重要だろう。

人それぞれ組織それぞれ偏っている

個人や組織の単位でも、得意不得意はあるだろう。クリエイティブとロジックのどちらかに偏っていても、当事者は意識していないことも多い。転職してそう感じた。

前職で私は企画や開発に近いお仕事をしていて、今思えばロジックに偏った組織だった。その中で私は「オマエの説明は全然ロジカルじゃない」とDISられたこともあった。

デザイン組織に転職してくると「すごくロジカルですね!」と言われて、意外に感じた。組織としてクリエイティブに重きを置いているので当然だった。

それでも、生粋のクリエイティブ野郎は「メーカーはロジックでデザインしているよね」と言う。大きな企業ではロジックが共通言語になりやすく、クリエイティブの成果をビジネスオーナーに納得させるためにも、ロジックの裏付けが必要とされる。

そうやって俯瞰して位置付けてみると面白い。

クリエイティブとロジックをつなぐ

ビジネス書の世界では、同時にやるんだとか交互にやるんだとか、とにかく同じ人がクリエイティブとロジックの両方をこなすべしというのが主流のようだ。以下の本は読んで面白かった。そうなることができればとは憧れる。

ただ、両方をこなすのは極大消滅呪文「メドローア」を習得するくらい難しく、大魔道士様にしかできない。普通の組織で再現よく実践するには、両方に秀でた希少種を発掘したり育てたりするより、それぞれ得意な人を集めて分担するのが現実的に思える。

私はロジック側に偏りながらも、両者をつなぐ仕事をしている。前職はエンジニア側の立場で要求をまとめて、デザイナーとやり取りをしていた。現在はデザイン組織側から、ビジネスオーナーの要求を整理する働きかけをしている。どちらから漸近するかの違いで、やっていることは似ている。

アクセルとブレーキみたいなもの

どちらが偉いという話でなく、役割が違うのかなと思っている。クリエイティブがアクセルだとすると、ロジックはブレーキのようなイメージ。

そう捉えると、上の方で挙げた「どっちが強い!?」論争なんて「自動車にアクセルとブレーキどっちの方が大事!?」と問うくらいナンセンスに思える。

クリエイティブで発想を飛躍させないといつまでもスタート地点のままだけど、ちゃんとロジックで確からしさを確認しつつ説明できないことには着地させられない。

おそらく、ロジカルなフレームワーク野郎が良い仕事をするとすれば、何かしらのクリエイティブな側面も発揮している。どんな論理的な説明も「なぜ?」を繰り返すと、志や野望や夢や閃きのようなロジックで説明しきれないことを拠り所にしている。

また推論においても、すべてを演繹と帰納だけで繋げられるとしたら誰がやっても同じ結果が得られるので差別化できない。現実的には、足りない部分をアブダクションで補っていて、その創造性により他との差が創れる。もはやクリエイティブじゃないか。

一方の新進気鋭クリエイティブ野郎に関して。一握りの大先生だけは「あの人が言うなら」と説明なしに受け入れられる。でも、大多数の人は「なぜそのクリエイティブが優れているのか?」を、誰にでも納得のゆくよう客観的に説明しなければ進められない。そこにロジックが求められる。

ロジックはクリエイティブを超えない説

いろんなアイデアにロジックの裏付けを試みてきた私が肌感覚として持つのがタイトルの主張。あくまでも優劣の問題じゃなく役割の違いだよと強調した上で、そのものの価値はクリエイティブで決まってしまうのではないかという話。

大きな原石を発掘するのがクリエイティブだとすると、それを磨きあげるのがロジックというイメージで捉えている。磨いて大成するケース、そもそも原石じゃなかったケース、磨いたけれど小ぶりなケースなどある。

それぞれ、ロジックで裏付けをとることで魅力的な提案になるケース、そもそも裏付けが困難なケース、裏付けはとれてもイマイチなケースに対応するだろう。

クリエイティブな人同士だと、形にした時点で「これは売れる!」ことが直感で解ったりもする。実際に時間をかければロジックの裏付けは取れるのだから、直感に従って意思決定ができればスピード感で差を付けられる。

だけど、企業が大きくなるほど「失敗したら誰が責任取るんだ」問題になるので、ロジックによる裏付けが必要とされる。いつしか、原石の大きさではなく、磨きやすさを優先した小ぶりな原石を磨き続けることになる。

ロジック担当としては、どうせならキラリと輝く予感のする原石を磨いていたい。

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