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強いぞ!カンタのばあちゃん!!

今年の夏は7月4日、早々に蝉が鳴き始め、今やその暑さも夏眞っ盛りの様相を感じさせます。
早朝は近所の公園からラヂオ体操の音樂が聞こえて參りまして、愈々あの大好きな夏の日が今年も還って來たのでありました。

そんな折は例によって、かの名作『となりのトトロ』などを鑑賞したいところでありますが、今年は圖書館でこんな本を借りて參りました。

男鹿和雄画集

これは男鹿和雄さんと云う方の画集です。
「トトロ」の背景を描いていた人として有名な方です。
本の頁を開いていくと一度は見た事の有るあの風景が幾つも飛び込んできます。

あの場面のあの景色
何度も目にしてきたあの場所も

この繪の素晴らしいところは我々日本人の感性に大いに訴えかけてくるあの不思議な郷愁や安らぎ、そして懐かしさだと思うのです。

言葉で説明するのは難しいのですが、日本の原風景として自身の記憶に明確な憶えは無いものの、いつかどこかで見た景色としていつの間にか心の奥底に存在していた何か不思議な記憶を呼び覺ますのかもしれません。

こう見えても画集を眺めるのは好きなのです。
蝉の声を聴き乍ら、夏の空氣を感じて冷たい飲み物を飲みつゝ、ソファーに腰掛けてこの画集を見ていると何やら遠く時空を超えた小旅行に出た様な心地が致します。


さて折しも夕方から天氣は急変し、今は大粒の雨が大きな雷とともに激しく降っておりますが、そんな時は窓を少し開けて雨音に耳を傾けると良いものです。
私は雷が大の苦手なのですが、ザンザンと絶えず路面を打ちつける水の音は忘れかけていた雨の匂いを届けてくれます。

そんな折、今日は「トトロ」ではない1本のビデオを観ました。

我が自慢のコレクション

中村吉右衛門さん主演の鬼平犯科帳。有名な時代劇です。
その中でも初期の名作『笹やのお熊』を視聴します。

この話の主役は笹屋と云う茶店で働く「お熊」と云うお婆さんなのですが、なんとこれを演じている俳優が「カンタのばあちゃん」の声をやっていた北林谷栄さんだったのです。

つい先日、例によって「トトロ」のビデオ(勿論VHS)を観たばかりの私は、このお熊の声がどうしてもカンタのばあちゃんに聞こえてしまうのです。

ウチではまだまだビデオテープが現役です。


この北林谷栄さんと云う方は「日本一のおばあちゃん俳優」として名高く、30代の頃からお婆さん役を演じていたと言われております。
その数有る「お婆さんキャラ」の内の一つがカンタのばあちゃんであり、またこの鬼平犯科帳の笹屋のお熊だったのです。

さて、そのお熊は爽やかな江戸辯で喋ります。
盗賊の探索をする主人公の長谷川平蔵以下、火附盗賊改方の密偵として、また情報収集の前線基地として彼女は大活躍です。

彼女がカンタのばあちゃんだった!

そんな彼女の一人称は「俺」です。
今でこそ妙な個性を無理矢理出す為に不自然な使われ方をされていますが、昔の女性は「俺」を使っていた人は澤山居ました。ウチの近所にもいらっしゃいました。

細かな抑揚や喋り方は流石は熟練の役者と云ったところです。
特に江戸家猫八さん演じる同じ年寄り仲間の「彦十」との掛け合いは面白く、二人とも口喧嘩が絶えません。

「腐ったイワシみてェなツラしやがった老いぼれめ!」と嚙みついたり…

「よぉ、つげ!」とお猪口を差し出して…

「こんな死に損ないの年寄のおもりなんて眞っ平御免だよ!」と言い放つ…

また、若い男好きな性格なので警護に附いた火附盗賊改の同心を見るなり
「あらまぁ…こりゃ、いい男だねぇ…!」と氣に入ってみたり…。

等々、何しろ「カンタのばあちゃん」の声で出るわ出るわ色々な會話。
味のある声で發する小氣味の良い台詞の数々は聞いていて心地好いものです。


茶店の客の會話を聞きこんだり、役宅へ聯絡を取ったり、町へ出て盗賊の情報収集を續けるお熊は長谷川平蔵と軍鶏鍋を食べて會話をする場面があります。このエピソードで一番印象に残るところです。

お熊は「自分みたいな年寄りはいっその事、早く死んだ方が面倒じゃなくて良い」と言いますが長谷川平蔵はそれを否定して盗賊の探索を一生懸命行うお熊に「お前は世の中の役に立っているんだぞ!」と言うとお熊は「いや、今度の事は俺も若返ったみたいだったよ」と嬉しそうな笑みを浮かべます。
そして「彦十のクソッタレが言ってたけど、こうやって親身になってくれるのは鉄っつぁん(長谷川平蔵の事)だけだってよ」と續けます。

歳を取っても誰かの役に立つ自分を誇らしく、そして嬉しく思うお熊の姿は「老害」と呼ばれる身勝手な老人が増えてしまった今の世に必要なものではなかろうかと思うのでありました。
まして「カンタのばあちゃん」の声でそれを聞くと尚の事、老いを嘆くよりも老いてこそ優れた部分を活かす笹屋のお熊の姿は私の目指すべき老人象だと思うのであります。

強いぞ!カンタのばあちゃん!!
…そういうものに わたしはなりたい。

夏の晩酌

大好きな時代劇のビデオを観乍ら今宵の酒はまた一段と美味でありました。

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