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#012. ハンガリー出身、STARDUSTが目指したメロハー桃源郷。

STARDUST「Highway to Heartbreak」(2020)

はじめに

僕が敬愛する筒井康隆先生の作品に「最後の喫煙者」というものがある。
あらすじとしてはこうだ。

当初はあまり問題視されていなかった煙草が、やがて禁煙嫌煙として世の中から排斥されるようになり、果たして主人公は地上最後のヘビースモーカーとなってしまう。
ついに国会議事堂の頂きまで追い詰められた主人公だったが。。。

もちろんこの後はネタバレになるので止めておく。
ちなみに結末は相当なブラックジョークが効いていて痛快無比である。

このような「笑えるけど、笑えない」という厭世的な世界観が素晴らしく、また、現代の世相を暗示しているかのようにもあって、そこが筒井作品の面白さとも言える。

突然だがここで、肝臓について考えてみよう。
肝臓とは何か。

肝臓とは、ヒトの体の中で最も大きい臓器である。
その主な働きは3つあり、以下の通り。

1.タンパク質の合成と栄養の貯蔵。
2.有害物質の解毒と分解。
3.消化に必要な胆汁の合成と分泌。

つまり、この臓器がないとヒトは生きていけない。
なにしろ、栄養を蓄えつつ、解毒化も行っているんだから。

もちろん、ヒト以外の動物の肝臓も似たような働きをしている。
それはつまり、他の臓器よりも栄養価が高いというわけだ。

ここに目を付けたのが古代エジプト人。
ガチョウにイチジクを与えることで意図的に肝臓を肥大化させ、それを美食として愉しむことを発案したのだ。
今から2000年以上も前のことである。

フォアグラ

要するにこれがフォアグラの起源と言われている。
その後、古代エジプトから古代ローマに伝わり、ヨーロッパの美食文化の一端を担う食材として、現在では世界三大珍味などと呼ばれて重宝されているのは皆さんもご存知の通り。

しかし昨今問題になっているのは、その飼育方法にある。
以下、Wikipediaから引用してみよう。

今日、フォアグラ用に飼育されるガチョウは「Oie de Toulouseオワ・ド・トゥールーズ」のような大型品種である。
初夏に生まれた雛を野外の囲い地で放し飼いにし、牧草を食べさせ、強制給餌に耐えられる基礎体力を付けさせる。
夏を越して秋になると飼育小屋に入れ、消化がよいように柔らかくなるまで蒸したトウモロコシを、漏斗ガヴールで胃に詰め込む強制給餌ガヴァージュと呼ばれる“肥育”を1日に3回繰り返す。
職人技の手作業にこだわる農場では、餌のトウモロコシは250グラムから始め、最後に倍になるよう少しずつ増やしていく。
1ヶ月の肥育で、脂肪肝になった肝臓は2kgに達するほどに肥大し、頭部と胴体を水平にする姿勢をとるようになる。
この段階のガチョウを屠殺して肝臓を取り出し、余分な脂肪、血管、神経を丁寧に除いてから、冷水に浸して身を締めたものがフォアグラである。

Wikipedia

このため、動物愛護の観点から強制給餌への批判が高まり、今ではフォアグラの生産を取りやめた国も出るほど、世界的な問題へと発展してしまった。
(一部には強制給餌をしないフォアグラもあるが、飼育期間が1年と長いため、商売には向かない。)

結果的に、欧州評議会は1999年に強制給餌を禁止する決定を下すのだが、それはフォアグラの生産を禁止するのと同様の効果があったようだ。
また、欧州の意思決定は車やバイクの排出ガス規制同様、世界全体に影響を与えるものなので、インドやオーストラリアなど諸外国でも生産が禁止されるに至ったのである。

もちろん、ヨーロッパ全土でフォアグラの生産が終わったわけではなく、現在でもハンガリーやフランス、ベルギー、スペインなどでは行われており、生産を禁止した国であっても輸入販売などは継続しているケースが多い。
特にハンガリーは生産量が世界一とも称されるほどのフォアグラ大国だ。

しかし、昨今の高まる動物福祉の観点から、生産のみならず販売まで禁止する国が後を絶たず、強制給餌のフォアグラは風前の灯火と言ってもいい。

さて、一定の方向に突き進んだ思想や概念は、逆方向への揺り戻しカウンターが起きてしまうというのは、歴史を見ても明らかである。
こうしたフォアグラの排斥運動が過激になればなるほど、相対的に美食遺産としてのフォアグラの価値を高める結果にも繋がっているのだ。

マイノリティは迫害するけど、希少価値にはめっぽう弱いのが人類史。
日本でも天然記念物という概念があるぐらいには、これは身近な話である。

そういう視点で見ていくと、冒頭に紹介した「最後の喫煙者」に通じるものが、フォアグラにはある。
時代とともに価値観が変わることは当然だが、昔から慣れ親しんだものをなかなか手放すことが出来ないのも、ヒトである我々の本質である。
例えば、日本人なら鯨というように。

前置きが長くなってしまったが、今回紹介するバンドがハンガリー出身ということだったので、何となくフォアグラに焦点を当ててみた。
個人的にはあまり食べる機会もないし、なくなっても困らない食材の1つではあるものの、これが全く食べられないというと一抹の寂しさは感じる。
(かようにヒトとは、身勝手な思考をする動物である。)

ハンガリー産メロディック・ロック/ AORバンドの20年作デビュー・アルバム。
セフル・タイトルでリリースしたEPがアンダー・グラウンドのメロディック・ロックシーンで話題に上がり、イタリアのFRONTIERS RECORDSより満を持してワールド・ワイド・デビューを果たした。
ヨーロピアン・テイストに溢れたキャッチーなメロディに心地良いドライブ感が秀逸で、全メロハー・ファンにおさえて欲しい1枚。

disk union

さて、今回紹介するSTARDUSTについては、デビューEP「Shine」の完成度が高かったこともあり、界隈では本作に対しての期待値が相当高かったように推測するが、なかなかどうして、期待を裏切らない作品に仕上がっていると僕は感じた次第。

特に中盤から後半にかけての流れが良く、アルバム全体の構成力もお見事。
デビューアルバムとは思えない風格が漂う作品であることは間違いない。

こう言っちゃ失礼なのだが、東欧のハンガリーという国からこうした音楽性のバンドが登場してきたことは、正直言って想定外である。
隣国のルーマニアなども含めて、昔から哀愁色の強いダンスポップがチャートを賑わしているお国柄でもあり、こうした1980年代をルーツとするような広義の産業ロックが醸成されているとは、極東に住むこちらも想像すらしていなかった。
(僕がタイトルに桃源郷俗界を離れた別世界というワードを使った理由はこの辺にある。)

もちろんそこにはカジュアルコピーでは辿り着けないオリジナリティが確かに存在しているわけだが、恐らくこの辺はプロデューサーの手腕によるところが大きいと思われる。

この曲を聴け!

ちなみに、本作における僕のオススメは「Shout it Out!」である。
無謀にも、、、いや失礼、果敢にもLAメタルやバッドボーイズ系のハードロックを強く意識した内容で、STARDUSTというバンドの拡張性が如実に表現されている1曲だ。

こうしたライブアクト向きでシンガロングな楽曲があるだけでも、バンドの塊感を印象付けられるし、自然にライブへの期待値も高まる。
この曲を中盤に配置したのは良い作戦だったと思う。

惜しいのは、サウンドプロダクションである。
総じて奥行きに欠けた平面的なマスタリングによって、個人的にはマイナス10点ぐらいの失点になっていると思う。
それこそデビューEPにあったような荘厳な雰囲気が見事に消失しているからだ。

これは恐らくプロデューサーが変わったことによる影響だろう。
音楽作品とは外部の専門家(プロデューサーやエンジニア)次第ということを、改めて世の中に喧伝する結果となってしまった。

とはいえ、個々の楽曲の水準は非常に高い。
Vocalの歌唱力にも何ら不満もなく、安心して聴けるメロディックロックだ。

僕の見立てでは、恐らく3作目あたりで名盤をリリースしそうな気配さえ感じている。
STARDUSTは、それほどのポテンシャルを秘めたバンドなのである。


総合評価:89点

文責:OBLIVION編集部

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