寿司

「まっつん、明日誕生日じゃん!」
 黒板に書かれた日付を見て、陽介がそう言った。
「うん。」
「何だよ、その反応。」
「いや、そんなはしゃぐほどのことでもないだろ。」
「いやいやいや、誕生日だよ?テンション上がるでしょ!」
「百歩譲って、もし仮に誕生日でテンション上がるとしても、明日だから。」
「ああ、そうか。」
 陽介は心なしか、いつもよりもローテンションになった。
「でも小さい頃とか嬉しくなかった?」
「まあ小学生くらいまではな。」
「はあ、早熟なのも考え物だね。」
「別にいいだろ。」
 なんだか鼻につく言い方をしてくる。何より、早熟なんて単語を使ってきたところが一番ムカつく。
「それこそ昔はさ、お互いの家で誕生日会とかしたよね。」
「ああ、そんなこともしたなあ。」
「あれ覚えてる?チョコレート手巻き寿司事件。」
「覚えてるよ、清志の誕生会だろ。誕生日だからって俺が母親に言われて高級なチョコレート持ってったんだよ。」
「そうそう!そしたら清志が、美味しいもんはどう食べても美味しいんだ、って手巻き寿司に入れて、」
「あれは散々だったな。俺たちみんないたのに、清志、めちゃくちゃ怒られてたもんな。」
「誕生日にあんなに怒られてる人見たの初めてだったよ。」
 陽介は笑いながらそう言った。
「まあ俺からしたら、別にあのチョコは俺が用意したわけじゃないし、なんだかんだ面白かったから全然よかったんだけどな。」
「まあでも貰い物をあんなにしたらさすがに親は怒るよね。」
「清志か、中学別れてからあってないな。」
「そうだね。」
 なんだか不思議なものである。クラスメイトが何人いたかは覚えていないが、あの時点で俺と陽介は、清志にとって誕生会に呼ぶほどの仲だったのだ。しかしいざ蓋を開けてみると、学校が別々になったからという理由だけですっかり合わなくなってしまった。なんだか無性に悲しい気持ちになった。
 ふと思う、今はこんな風に陽介と毎日のようにバカな話をしているが、陽介ともいずれどのような形かは分からないが別々になる。そんな時でも俺と陽介は仲良くやっているのだろうか。同窓会で顔を合わすくらいの関係性になってしまわないだろうか。
 柄にもなくそんなことを考えながら陽介の方を見ると、陽介もいつになく真剣な表情を浮かべていた。もしかしたら、陽介も俺と同じことを考えているのかもしれない。そんな一縷の希望を胸に尋ねてみる。
「どうした、真面目な顔して。」
「寿司と手巻き寿司って、全然違うよな。」
 予想通りだった。
「どういうこと?」
「なんていうんだろう、寿司って聞いてて、実際は手巻き寿司だったらがっかりしない?」
「そんなシチュエーションないだろ。」
「ないかなあ。」
「ないよ。いいか、寿司は普通握れない。だからもし家で寿司を食べるとしたら買ってくるか宅配かになる。」
「そうだね。」
「でも手巻き寿司は自分たちで作る。つまりこの二つは、似ているようで全く別のもんなんだよ。」
「なるほど!じゃあつまり、寿司が焼きそばなら、手巻き寿司はカップ焼きそばだ。」
「焼きそばは家で作るけどな。まあでも確かに、別物って意味ではそうかもしれん。」
 納得した表情を浮かべる陽介。
「他にもあるんだけど。」
「何だ?」
「ちらし寿司はまた違うよね。」
「あれはそもそも寿司じゃねえ!」
 語気を強めてそう言い放つ。
「怒ってる?」
「いや怒っちゃいないけど、あれは寿司じゃない。」
「手巻き寿司とも違う?」
「違うね。寿司とか手巻き寿司がカニなら、ちらし寿司、あれはカニカマだ。あれは寿司の名を語った寿司のまがいものだ。」
「そんな言う?ちらし寿司だって美味しいじゃん。」
「カニカマもうまい、でもカニではない!」
「確かに。」
「よく見りゃちらし寿司にはカニカマ入ってるし。」
「それもそうだけど。」
「とりあえず、寿司ってのは別格なのよ!」
「確かにね!そうだ、いつか社会人になってちゃんと稼げるようになったらさ、一緒にいいお寿司屋さん行こうよ!」
 さっき考えていたことが読まれていたかのようで一瞬動揺した。
「おお、絶対行こうぜ!」
 らしくない返事に少し驚いてから陽介が言う。
「テンション高いな、誕生日だもんね!」
「だから明日だよ!」
 陽介とはまだまだ仲良くやれそうである。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

526,651件