午前中の業務が終われば、至福のひととき、お昼休みである。
と言っても、これからまだ労働に従事しなければならないことを考えれば、束の間の休息に過ぎないのだが、それでもこういう時間こそ大切にしなければならない。
石嶺は自作の弁当を手にすると、一人休憩室へと向かった。
以前までなら買ってきたもので済ませたり、外に食べに行くことも多かったが、ここ最近筋トレなどに精を出すようになってからは、手作り弁当を持参することが多かった。
バラバラに休憩をとる関係上、常に誰かと一緒に居るわけではなく、また中には以前の石嶺のように外食しに庁舎の外へ出る者も多かったので、最近の石嶺は一人でお昼休みを過ごすようになっていた。
今日も自作の弁当を開け、食べ始めていると、誰かが石嶺の肩をポンと叩いた。
「おお、石嶺じゃん。」
振り返るとそこに居たのは、佐古 慶悟(さこ けいご)だった。
「うい。」
石嶺と佐古は今は働いている課こそ違ったが、同期入社の同い年ということもあり、定期的に飲んだりしていた。
最近はそういう機会も少し減ってはいたが、会えばこうして声をかけ合う中ではあった。
「隣いい?」
「ああ、もちろん。」
石嶺は少し自分のお弁当などを寄せた。
「あれ、石嶺は弁当?」
「うん、そう。」
「え、彼女さんが作ってくれたりとか。」
「いやいや、彼女とかいないから。これは普通に、自作。」
「自作?マジか、すげえな。」
「すごくないよ。」
「俺はほら。」
そう言うと佐古は、庁舎の近くにあるお弁当屋さんの袋を机の上に置いた。
「らんちぼっくす木崎の。」
「いや、いいじゃん。美味しいし、ボリューム満点だし。」
「もちろん、全然いいよ。でもなんか手作り弁当を見ちゃうとなあ。」
「いやいや、まあまあ食べようぜ。」
「おお。いただきます。」
佐古が買ったのは、らんちぼっくす木崎の人気メニューであるハンバーグ弁当だった。
ここのハンバーグはお弁当にもかかわらず、肉汁がたっぷりで、冷めても美味しいと根っからの評判だった。
「いいね、ハンバーグ弁当じゃん。」
「そうそう、木崎といえばこれだよね。」
「分かる、何度食べたことか。」
美味しいものを美味しいと言えるのは、大切なことである。
「石嶺のそれは、何?」
佐古は石嶺のお弁当を見ながら尋ねる。
「あ、これ?これは、鶏ササミの梅しそ巻き。」
「え、ササミ?パサパサするじゃん。」
「いや、梅しそで巻いたら美味しいんだって。」
「いやいや、ササミなんて筋トレする人が食べるやつじゃん。」
「そうだな。」
「いやいや……え、あれ。」
佐古が一瞬止まる。
「なんか、前よりデカくなったというか、筋トレしてる?」
「まあ、そんな感じ。」
「ええ、そういうこと?」
「そう。」
「だから……あ、確かに。よく見たらヘルシーなものばっかじゃん。」
佐古は改めて石嶺の弁当を見て呟いた。
「まあね。」
「なるほどね。だから、売り物とか外食じゃなくて、自分で色々気をつけた弁当を持ってきてるってわけだ。」
「うん、そんな感じ。」
「なんか、カッコイイな。」
「え?」
「いやいや、なんかそういうしっかり節制してる感じ、いいよ。」
「ああ、ありがとう。」
石嶺は少し照れくさかった。
「俺も筋トレはじめようかなー。」
「おお、いいじゃん!」
急にテンションの上がる石嶺。
「なんだよ、急にびっくりするな。」
「ああ、ごめん。」
「いやいいけど。」
「じゃあ今度さ、ジム一緒に行かない?」
「ああ、体験的な?」
「そうそう。」
「うーん、行ってみるか。」
「おお、いいね!じゃあいつにする?」
「そうだな……今日は行くの?」
「まあ、行くけど。」
「よし、思い立ったが吉日。今日行ってもいいかな?」
「おお、いいねえ!行こう!」
「じゃあ終わったら、また。」
「うん、そうだな。」
石嶺はジム友が出来るかもしれないと、密かにウキウキするのだった。

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