跳び箱

 授業の終了を告げる鐘が鳴ると、生徒たちは何やらがさがさと自分の荷物やロッカーを漁り始めた。
「まっつん、次って体育だったよね。」
 陽介が勇樹の席に近づき尋ねる。
「ああ……」
 しかし、勇樹の返事からはどこか元気が感じられない。
「九十九っち、次って体育だったよね。」
 陽介は英一にも尋ねる。
「うん……」
 英一もどこか元気がない。
「菅原、体育であってるぞ。」
 先ほどの陽介の質問を聞いていたのだろう。圭祐がそう答えた。
「ありがとう。」
「おお。」
「じゃあ、二人とも早く行こうよ。」
「ああ……」
「うん……」
 やはり元気がない二人。
 勇樹たちの学校では、体育の前後は体育館のそばにある更衣室で着替えることになっていた。
 更衣室に行き、そこで着替えてから授業内容によって校庭や体育館に行くため意外と時間が限られており、体育の前は素早く行動しなければならなかった。
「ほら二人とも、行くよ。」
 いつもなら急ぐ勇樹と英一がちんたらしている姿を見るに見かね、陽介は珍しく二人にそう声をかけた。
「ああ……」
「うん……」
 還ってくる返事は先ほどから同じ。とりあえずはと、二人の背中を押しながら陽介は向かうことにした。
 教室を出ると、スピードこそ遅いがさすがに歩き始めた二人に陽介は尋ねた。
「二人ともどうしたの?」
「ああ……」
「うん……」
 やはり要領の得ない返事しか返ってこない。
「なんだよ、もう。」
 珍しく陽介も少しイラっとしてきた。
「じゃあ聞くけど、今日の体育は何やるか知ってるか?」
 やっとのことで勇樹から返事が返ってきた。
「え、なんだっけ……先週まではサッカーだったけど、ああ、跳び箱だ。」
「そういうことだよ。」
 吐き捨てるように呟く勇樹。
「え?」
 陽介はどうにも理解できなかった。
「分かるでしょ?」
 英一もどこか攻撃的な口調だ。
「いや、何が?」
「だから、跳び箱だよ。」
 勇樹はやはり怒った口調で言った。
「うん……あ、跳び箱苦手なの?」
 陽介はやっと二人の言わんとしていることが分かった。
「当り前だろ。」
「言わせないでよ。」
「まあ、落ち着いてって。」
 興奮した二人をなだめる陽介。
「大丈夫だって、ジャンプ台のところまで走っていって、ぴょんって飛べばいいだけだから。」
「それができないから悩んでるんだよ。」
「あと、正しくはロイター板な。」
 陽介は反論されたり、細かい訂正をされたりで、何とも言えない感情になった。
「練習すればできるようになるからさ。」
「いや無理だ。跳び箱なんてそれこそ小学生の頃から授業でやったりしたろ?」
「ああ、そうだね。」
「そん時からできないんだ。急に今になってできるわけないだろ。」
「いやそれは分かんないじゃん。」
「第一、怖いもんね。」
「その通り!」
 勇樹と英一は握手をした。その光景を見て思わず呆れてしまう陽介。
「もう、先行っちゃうからね。」
 陽介はそう言うとつかつかと歩いていく。
 そんな陽介の背中を見たのち、二人を顔を見合わせ、いやいやながらついていくのだった。

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