ジム

「意外と二人で帰るって珍しいですよね。」
 真壁はふと思いついたように呟いた。
「ああ、そうか?」
「はい。それこそ普段なら清志くんがいたり、他の人がいたりするじゃないですか。」
「ああ、まあ確かにそうか。」
 石嶺少し納得したように答えた。
「たまにはいいっすよね。」
「そうだな。」
 真壁はそんな他愛もない話をしたところで詰まった。
 さっきも言ったように真壁と石嶺が二人きりになる機会はそれほどなかったため、ここにきて話す話題がなくなったのだった。
 いや、正確に言えば、何か話そうと思えば話せるだろう。今の石嶺の仕事について尋ねてもいいし、学生時代の話を聞いたっていい。
 それでも、やはり何を話せばいいのか詰まってしまったのだった。
 今日に限って家の事情で練習を休んだ清志の大切さに改めて気づいた。
「ああ、そうだ。」
 真壁はわざとらしく話し始める。
「ん?」
「いやさっき着替えてるときに思ったんですけど、もしかして最近鍛えてたりします?」
 石嶺の頬が少し緩む。
「おお、気づいた?」
「はい。」
 いい話題を見つけたことに嬉しくなり、真壁も頬を緩めた。
「最近ちょっとダイエットしてるって話はこの前したよね。」
「はい、聞きました。」
「で、まあとりあえず目標くらいまでは体重減ったんだけど、せっかくならちょっと鍛えてみようかなって思ってさ。」
「へえ。」
「で、はじめはさ、それこそ今どきYouTubeとかでもいっぱいそう言う動画とか上がってるじゃん?」
「結構見ますよね。」
「そう、だからはじめはそういうのでちょっとやってたんだけど、ちょっと本格的にやってみたいなと思って。」
「本格的ですか?」
「そう。それこそマシーンとか。」
「ああ、あのこういうやつですか。」
 真壁は重量挙げのダンベルを持ち上げるようなポーズをした。
「そうそう。他にもいろいろあるんだけど、そういうのに興味が出てきて、でもああいうのって自分で買ったら高いし、場所も取るだろ?」
「なんかすごいデカいイメージありますね。」
「そう、だからジムに入ったのよ。」
「ええ、マジすか。」
「うん。あの、駅前にあるじゃん。」
「ああ、はいはい。あそこですか。」
「そう。で、いざ入ってみたらなんか結構楽しくなっちゃって。」
「ええ、きつくないんですか。」
「始めはな。でもやってくうちにさ、自分で鏡とか見てて、あれちょっと筋肉ついてきた?、みたいな実感があって。」
「ああ、結構わかりやすいもんなんですか。」
「はじめは微々たるものよ。自分だから気付けるみたいな。」
「ああ。」
「でも、何かそう言う成功体験ていうか、成果が見えるとやる気になってくるのよ。」
「まあなんでもそういうもんですよね。」
「だろ。」
「それで、ずっと通い続けてると。」
「そう。だから、前に話した時よりももっと食事とか気にしてるの。」
「ええ、じゃあもう絶対飲みに行けないじゃないですか。」
「いやいや大丈夫だよ。」
「だって前より気にしてるんですよね。」
「いやでも職場の付き合いとかもあるから、行くって前もって決めてたら、その日はオッケーみたいな。」
「ああ、そうなんですか。」
「徹底的にやりすぎても疲れちゃうからな。」
「なるほど。じゃあ事前にちゃんと誘えばオッケーなんですか。」
「もちろん。」
「分かりました。じゃあちゃんと誘います。」
「よろしく。」
 石嶺はにこやかに答えた。
「じゃあ、ここらへんで。」
 駅前に着くと、石嶺が言った。
「ああ、もしかして……」
「ジム行く。」
「いってらっしゃい。」
 真壁は少し笑いながら見送った。

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