銀行

「どうも、ありがとうございました。」
光一はスマホを手に取り、ストップウォッチの停止ボタンを押した。
「2分1秒。」
「なるほど、まあこんな感じか。」
「そうだね。」
「今早くなったりはしてなかったよな?」
「うん。なんならいつもよりゆとり持って話してたと思う。」
「それなら、問題ないか。」
「そうだね。まあ、おろしたての頃よりもネタ磨いてきた分、荒さもなくなってきたと思うし、あとは練習あるのみでしょ。」
「そうだな。」
「よし、じゃあ練習しよう。」
「おお。あ、でもあと1時間くらいしたら帰ってもいいか?」
「ああ、まあまだ期間はあるからいいけど、どうかしたの?」
「銀行行かなくちゃいけないんだよ。」
「銀行?なんでまた。」
「ほら、短期でバイト始めるかもって話、この前しただろ。」
「ああ、そうね。」
そういえば光一はこの前のライブの際に敦からそんな話を聞かされていた。
「で、説明会?、的なのを聞いてきたんだけど、俺が普段使ってるのと違う銀行がいいみたいに言われてさ。」
「ええ、面倒くさいな。」
「だろー?まあでも別に断るほどのことでもないし、バイトもしたいから登録しなきゃ行けなくて。」
「なるほどね。」
「口座開設ってなるとやっぱり銀行行かないとだろ。」
「まあそうなのかな。」
「だから、15時までには行かなきゃいけなくてさ。できたら今日終わらせちゃいたいのよ。」
「なるほどね、分かった。それにしてもそんなことしなくちゃいけないなんて面倒だね。」
「なあ、本当だよ。なんか大学生の頃にも、それこそ夏休みかなんかに旅行行きたくて短期バイト入れたことあったんだけど、そんときはそんなことなかったんだよな。」
「まあ、会社っていうの、そこが違うでしょ。」
「まあな。」
「で、短期バイトとは言うけど、どんなことするの?」
「どうだろうな。それこそ昔やったようなのだと、ライブ会場の設営とか。」
「ああ、よく聞くね。短期バイトとかしたことないから分からないんだけど、現場によっては楽とか聞くよね。」
「うーん。そうらしいけどな。俺が今まで行った現場は、普通に疲れた。」
「普通に疲れるのか。」
「そりゃあそうよ。なんか普段生きてたら見ないようなデカい板っていうの、多分その上にアーティストたちが乗るようなの何人がかりとかで運ぶんだぜ。」
「ああ、普通に重そう。」
「重いんだよ。だから、疲れる。」
敦は熱弁した。
「それにさ、こんなこと言うのもあれだけど、なかなか変な人も多いぜ。」
「はあ、そういうもんか。」
「うん。なんか自分勝手というか、いやまあ別に仲良くなろうなんて思っちゃいないけど、それでも一緒に仕事する上で円滑な関係ではありたいわけじゃん。」
「まあその日限りとは言っても、仕事はするわけだもんな。」
「そう。でも、なかなか癖ある人もいてさ。」
「そういうもんなのか。まあでもその日さえ我慢すれば、なあ。」
「それがそうもいかねえんだ。」
「どういうこと?」
「基本的にひとつの会社に登録して派遣してもらうから、また次の現場で被ることがあるんだよ。」
「な、なるほど。それは、キツイな。」
「だろ?一回目はさ、まあこんな人もいるか、で行けるけど、二回目被るとその人知ってる分、来るぜ。」
「一度怖さを知ってしまってる分ね。」
「そうそう。」
「でもそれならなんで?普通のバイト増やす方が良くないか?」
「まあなんだ、そういう人に出会う目的でもある。」
「え?どういうこと?」
「まあ、ネタ探し。」
「はあ、職業病だねえ……」
「まあ、その肝心の職業で食えちゃいないからバイトしてるんだけどな。」
「なんか、少しうまくて、悲しいな。」
「二人はなんだか少しブルーな気持ちになった。」
「まあとりあえず、1回戦、頑張ろう。」
「おお、行くぞ!バイトを辞めるために!」
「うん。まあでもまずは、バイト減らすところからだな。」
「そうだな。」

二人の決戦の日は近い。

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