謝罪の必要性

下の動画内でやりましたコント??のもう少し長めな小説版です。
現代社会の風潮に一石を投じる内容となっております。
すみません、過大評価しすぎました。



 時刻は既に日付を回っている。すっかり春の陽気を見せてはいたが、やはりこの時間ともなるとまだ肌寒いものだ。
 そんなある飲み屋街で、路地裏に身を潜めるものが一人。さっきからずっとこうしているのだ。何を狙っているのだろう。
 と、その男が急に動き出す。飲み屋から出てきた男に目星をつけたらしい。
「すみません、俳優の由比 慶(ゆひ けい)さんですよね。」
「え……あ、はい。」
「私、週刊真実の清野(せいの)と申します。」
 路地裏に身を潜めていた男・清野は雑誌記者だったのだ。
「雑誌の記者さんが急に、何ですか。」
 由比は警戒した。
「単刀直入にお聞きします。由比さん、あなた不倫されてますよね。」
「え?」
 由比は少しばかり動揺した様子だった。
「三年前に元女優の奥さまと結婚され、二年前にはお子さんが産まれましたね。」
「はい。」
「しかし、私は知ってるんですよ。去年の秋頃から何人かの女性と夜な夜な密会されていますよね。」
 清野はそう突き付けた。
「ああ。」
 曖昧な反応をする由比。
「なんですか、その反応は。はっきり言ってください?」
「はい。」
「はい?え、不倫を認めるんですか?」
 由比の思わぬ返答に面食らう清野。
「はい。」
「え、不倫を認めるんですか?」
「ええ。」
 由比は怪訝そうな表情で清野を見た。
「なんで理解できないって顔してるんですか。」
「いやだって、こうやって突撃してくるってことはちゃんとした証拠があるんですよね。」
「そうですよ。ホテルに入っていく写真に、相手の女性からの証言だってあります。」
 清野は自信満々に言った。
「じゃあ、はい。」
「じゃあはい、ってどういうことですか。」
「いや、それだけ証拠があって嘘付けます?」
 由比は少し開き直っているようにも見えた。
「え、逆に聞きますけど、ここまで詰められてるのにどんな言い訳しろって言うんですか。」
「僕が怒られてます?」
「教えてください。浮気が完全に発覚、衝撃の言い逃れ方法とは?」
「大喜利みたいのやめてください。」
 由比は首をかしげた。
「なんで首傾げてるんですか。あのね、大体、あなた何をしたかわかってるんですか?」
「不倫ですよ。」
「不倫ですよって、あなたね!」
 清野が呆れていると、そこにまた男が一人近づいてきた。
「何かございましたか?」
「ああ、永田さん。」
「お知り合いの方ですか。」
「はい。私由比のマネージャーをしております永田です。」
「マネージャーさんですか?私、週刊真実の清野です。」
「ああ、雑誌の記者さんでしたか。でも、特に取材の予定などはございませんでしたよね?」
 永田はスマホを取り出すと何やら確認してから尋ねた。
「はい。今日は、由比さんが不倫をしているという噂を聞きつけ、突撃取材に参りました。」
「不倫?」
 永田は由比の方を見た。由比ははい、と頷いた。
「ああ、そうか。」
「でも、今更取り繕うとしてもダメですよ。先ほど由比さんがしっかりと不倫の事実を認めましたから。」
「すみません。」
「まあまあまあ。」
 永田は由比の方をポンポンと叩いた。
「まあまあまあ?もしや、不倫の事実を事務所も既に把握してたんですか?」
 清野は切り込んだ。
「いや、そんなわけないじゃないですか。逆に聞きますけど、今の時代、芸能事務所が不倫容認することなんてあります?」
「なんであなたもその感じで来れるんですか。」
「教えてくれますか。浮気がOKになったまさかの理由とは?」
「なんでどいつもこいつも大喜利振ってくるんですか。ちょっとはビビったりしないんですか?」
「もしかしたらそういう人もいらっしゃるかもしれませんけど、こんなところに突撃してくるということはしっかりと証拠を持ってらっしゃるってことですよね。」
「そうですよ。先ほど由比さんにも説明しましたけど……」
「ホテルに入っていく写真に、女性側からの証言もあるそうです。」
「なんで自分で言うんですか。」
 由比が自分から言ったことに驚きを隠し切れない清野。
「それなら隠さない方がいい。」
「はい。」
 なぜか納得をする二人。
「いやあのね、さっきから話を聞いてるとおかしいですよ。」
「何がですか。」
 永田が尋ねる。
「不倫をしたっていうのに、謝罪の言葉がないじゃないですか。」
「いや、さっき謝りましたよ。」
「それはマネージャーさんにでしょう?まだ私や、読者の皆さんには謝罪がないじゃないですか。」
 清野は語気を荒げた。
「なんでですか?」
「なんでですか、ってなんですか。あなたは分かりますよね?」
 清野は永田に尋ねる。
「いや、私も由比と同じ意見です。」
「本気ですか?あなたは妻子がある身ながら不倫をした。いけないことをしたら謝罪をするのは当然でしょう。」
「えっと、分かります?」
「いや、全くわからない。」
 まだ納得していない様子の二人。
「なんで二人そろって分からないんですか。」
「あのそもそも、誰が謝罪を求めてるんですか。」
 永田は尋ねる。
「だから、読者の皆さんですよ。」
「皆さんって、読者全員ってことですか。」
「全員というか……」
 口ごもる清野。
「というか?」
「大多数の方がです。」
「ああ、じゃあまず、読者全員と捉えられるような発言をしたことを謝罪してください。」
「はあ?僕が?」
 永田からのまさかの発案に思わず大声を出す清野。
「ええ、あなたが私たちに虚偽の発言をしたわけですから。」
「いやね……」
「いけないことをいしたら謝罪をするのは当然でしょう。」
 由比もここぞとばかりに応戦する。
「おま……」
清野は思わずキレそうになったが、スクープを掴むという一心で心を鎮めた。
「行き過ぎた発言をしてしまい、申し訳ございませんでした。」
「はい。大丈夫?」
「はい、OKです。」
 思わず舌打ちをする清野。
「で、もう一つ尋ねたいのですが、本当に大多数の読者の方が謝罪を求めてるんですか?」
 永田はさらに追撃する。
「そうですよ。」
 今度こそはと自信ありげに答える。
「では事前にこの件についてしっかりと調査を行ったうえで、大多数の方がうちの由比が不倫について謝罪すべきだとおっしゃったということですね。」
「いやそれは……」
「違うんですか?」
「いや……そもそもそういう話をしてるんじゃないんですよ。」
「それは清野さんの意見ですよね。でも私はそういう話をしてるんです。」
「僕もです。」
 なぜか胸を張る由比。
「いや……それは調べてないですけど。」
「調べてないんですね?」
「いや待って、待ってください。」
「なんですか?」
「こういう不倫の報道が出ると、謝罪を要求する旨のコメントが多く寄せられるんですよ。」
「それは、今までの場合ですよね。うちの由比に関してはまだ報道が出てないわけですし、実際そのような意見が寄せられるとも限らないじゃないですか。」
「じゃあ、意見が寄せられないと言い切れるんですか?」
「いいえ。でも、意見が寄せられるとも言い切れないですよね。」
永田は決してひるまない。
「実際、不倫をしても炎上しないどころか、それを武器にするタレントさんだっていらっしゃいますよね。」
「まあ、いますね。」
「じゃあ、謝ってください。」
「はあ?」
 本日二度目の大声を出す清野。
「傷ついた。」
 由比は俯いてそう呟いた。
「なんだこいつ。」
 小声でつぶやく清野。
「あなたの勝手な憶測のせいで、うちの由比が心的ストレスを負うかもしれないんですよ。」
「まだ負ってないですよね?」
 負けじと食らいつく清野。
「だから、かも、と言いました。」
 やはり負けない永田。
「分かりましたよ、謝ればいいんでしょう?」
「それが謝る態度ですか?」
 声にならない声を出す清野。
「はい、どうぞ。」
 清野は一息深呼吸をした。
「この度は、私の勝手な憶測で発言してしまい、誠に申し訳ございませんでした。」
「謝るなら始めからするなよ。」
 子供みたいな由比の言葉に怒りをあらわにする永田。
「まあまあ。でも、一理ありますよ。」
「なんでそっちのフォローもするんですか。」
「あなたのような言葉を扱う仕事をしている人が、こうやって軽率に人を傷つけるのはあまりよろしくないように思えるので。」
「それだって、憶測じゃないですか。」
「いえ、私個人の意見です。」
 永田はピシャリといった。
「で、もういいですか。」
「いやよくないですよ。」
「まだなにかあるんですか?」
「もう帰してください。」
 由比も続けた。
「いや、まだです。」
 ここで帰っては無駄骨と、清野は決して諦めようとはしない。
「今すぐにでも帰って、記事が出る前に妻に謝罪しないとなんです。」
「それですよ、それ。謝罪です。」
「謝罪ですか。」
「はい。ですから、こういう記事が出ると、怒りをあらわにする人が絶対出てくるんです。」
「絶対?」
 絶対という言葉に怪訝そうな表情を浮かべる由比。
「絶対です。一人はいます。一人はいるでしょう?」
 なぜか永田に尋ねる。
「まあ、いるとは思う。わけはわからないけど。」
「わけがわからないって……」
「じゃあ、はい。」
「だから、その方への謝罪です。」
「えっと、その人はなんで怒ってるんですか?」
「不倫したからですよ。」
「その方は僕の知り合いなんですか。」
「知り合いの可能性もありますし、そうじゃない可能性もあります。」
 謎の問答が繰り広げられる。
「じゃあ、知り合いで、それこそお仕事でお世話になってる方であるならば、あなたのような記者の方が押しかけてご迷惑をおかけすることもあるかもしれないので、直接謝りに行きます。」
 由比は嫌味たらしく言った。
「僕みたいな?」
「はい。直接謝りに行ける方であれば、紙面で謝るよりもそっちの方が気持ちが伝わりますよね?」
「まあ。」
 納得せざるを得ない。
「一緒に菓子折り持っていこう。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、知り合いじゃない方へ謝罪してください。」
 負けじと切り込む。
「それは、なんでですか?」
「怒ってるからです。」
「なんで怒ってらっしゃるんですか?」
「だから、不倫したからです。」
「僕が不倫をするとどうして怒るんですか。」
「だから、その……」
 またしても不毛な問答の時間。
「僕とその人は他人ですよ?何も迷惑はかけていません。」
「その人は不愉快に思われたかもしれないじゃないですか。」
 ここまでくると最早言いがかりの領域である。
「不愉快に思われる度に謝ってたら、表舞台に立てる人間なんて誰一人いなくなりますよ。」
「いやでも、あなたは不倫したんです。奥様にも申し訳ない気持ちはあるでしょう?」
「そりゃあありますよ!」
 今日一番の声量の由比。
「だから、妻にも子供にも、マネージャーを始めとした会社の方々、ドラマや映画のスタッフさんたち、もちろんスポンサーさんまで、ご迷惑をおかけした方々にはしっかりと謝りに行きます。僕が裏切ってしまったんですから。」
「そこまで分かってるんなら……」
「でも、その記事を見てワーワー騒いでらっしゃる方々には、なんら謝罪の必要性を感じないので謝りません。」
「あんた正気か?」
 思わぬ開き直りに驚く。
「よく言った。」
「あんたも!」
 マネージャーの追い打ちに完全に呆れたようだった。
「子供の頃に言われませんでしたか。なんで謝るのかわかるって。」
「ああ、あったな。」
 うんうん、と頷きながら永田は答えた。
「あれですよ。意味も分からず謝罪をするくらいなら、僕は謝罪しない。」
「それでこそ由比慶だ。」
「あんたら狂ってるよ!」
「本当に狂ってるのは、なんでも炎上させる人たちの方でしょう。」
 由比は皮肉たっぷりにそう言い放った。
「じゃあ、せめて、俺に謝れよ!」
 暴論もここまで過ぎると笑い種である。
「なんでですか?」
 思わず半笑いになる由比。
「いいから、謝れよ。」
「それはおかしいですよ。私はむしろ、こちらからの謝罪どころか、あなたに感謝してほしいくらいですよ。」
「感謝?」
「確かに。彼が不倫したおかげで、あなたはお金を稼げるわけですから。」
 二人の思わぬ連係プレイに面食らう清野。
「何だお前ら。もういい!覚えとけよ!」
 そう捨て台詞を残して、清野は再び闇夜に消えていくのだった。
 清野がすっかり見えなくなると、永田はぽつりとつぶやいた。
「よし、キャラ変えるぞ。」
「はい。」
 これから由比がどうなったのかは、また別のお話。

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